童貞は死ね!

 そして迎えた最終戦。なし崩しに俺VS鮫島さめじまになる。

 両チーム共に一本ずつ獲得しているため、この勝負の勝敗がチームの勝敗を決定することになる。

 俺は頭に防具を被りつつ、そんな事を確認した。


日ノ陰ひのかげぇ! 頼むから勝ってくれ! でなければ俺の貞操が死ぬ! 純情が死ぬ! 助けて、お願い!」


 鬱陶うっとうしくすがってくる新海の顔は、恐怖の色に染まっていた。でもね、新海くん。勝っても負けてもどのみち鮫島とデートするのは変わらないんだぜ ?だから別に俺は勝たなくも――


「おいヒトカゲぇ! 負けたらT R P G研の痛いオタクを、テメェが学校にいる間ずっとまとわりつかせてやるからな! あたかも『ヒトカゲも仲間です』って感じに仕立て上げて、周りの痛い視線を晒してやるからな!」


 勝つしかなくなった。復活した雛坂姫にそう言われたので勝つしかなくなった。そんなことをされたら好奇の目で死ぬ。

 ま、だけど大丈夫だ。正直、勝てると思う。


 相手は鮫島。スポーツが得意だという話も聞かないし、なれば運動センスも俺と同じくらいだろう。ではどこ勝負がつくかと言えば、結局は性差による体力。とにかく逃げ回って鮫島の体力を削る。で、弱ったところで頭に喰らわせる。野生動物が狩りをするのと同じだ。

 ふっ。気分がいい。今日狩られるのはテメェだ、鮫島。


 俺は得物を選ぶ。ぼうやり・長剣・小太刀こだち……そして今まで誰も使っていない盾と、さきほど花咲さんと雛坂が使用した、短刀が地面に転がっていた。


 だが、そこで「おおおッッ!」と声が上がり、鮫島陣営が活気づいた。

 見れば鮫島。長剣をブンブン振っている。が、その振り方はやたら綺麗だった。

 ゾクッと、背筋に冷たいものが走る。……不味い。体育武道で剣道を選択しているからわかる。……あれは、


「お、もしや鮫島ほたるは経験者なのか? 上手いじゃないか」


 鮫島の素振りに気が付いたらしい鬼武おにたけが問う。すると鮫島は「まぁねー」と何気なく呟き、面打ちを放った。


「小学生の頃やってたから。ちょっと大会出て、中学に上がる前に辞めてそれ以来だけど」


 よし。落ち着け。鮫島は経験者とは言えブランクがあるようだ。そして俺は一応、体育武道で剣道の授業を取っている。であればまだ、僅かに勝機はある。

 だが鬼武は「む」と首を傾げ、鮫島の顔をまじまじ見たあと眼を見開いた。


「もしやっ、鮫島ほたるとは、あの鮫島ほたるか?! 『サメの顎』の異名を持つ、第30回深津市ちびっ子剣道大会で大番狂わせを演じた、あの鮫島ほたるか!?」

「……なんで知ってんの?」

「当たり前だ! その大会は私も出場していたのだ! そして決勝で戦った相手こそ私だ。そして、知っての通り……私は敗れている」

「……ああ、アンタあんときの」

「ははっ! そうなのだ! いや、しかし残念だ。剣道を辞めていたとは。今まで私が才能とセンスがあると思った人間は、鮫島ほたるだけだったのでな」


 勝機は無くなった。あの鬼武にそこまで言わせるとは、鮫島はただ者ではないらしい。

 ふと自陣を見れば、明らかに諦めムードが漂っている。新海は正座をして顔を青くしているし、雛坂は涙目でメンチを切ってくる。

 そして恋中こいなかは……ジッと俺を見据みすええ、そのまま俺の元までやって来た。


「……日ノ陰、勝てる?」

「勝てるかって……普通にやったら勝てないだろうな。ただ‥‥‥」


 俺の視線を宙に浮かんだ。妄想と推論すいろんと空想が頭の中で入り混じっているときの癖だ。

 時々、妄想加速装置と妄想減速装置は実在しているのではないかと思う。勝利への道程どうていが、ふつふつとした感覚と共に、天啓てんけいのように降ってくるのだ。否、感覚的にはいてくるに近いかもしれない。


 この状況で鮫島に勝つためには、すきを突くしかない。それも、大きな動揺を伴う隙だ。そしてその隙を作る方法を、思い付いている。

 ただ、その隙を作るため準備が俺にはできそうになかった。


 「日ノ陰くん」


 その声に意識が引き戻される。見れば恋中が、俺を見ていた。

「私と日ノ陰は共犯者。ある意味ではパートナーなのよ。だから日ノ陰、手伝えるなら私も協力する。言いなさい。……言ってくれないと、わからない」


 そう言って、あまりにも力強く俺を見てくるもんだから、つい任せてしまいそうになる。それに彼女のその眼は、有無を言わさず手伝わせろと言ってくるようで、断ることも難しいだろう。てか、そもそも俺だけの力じゃ無理だ。


「……恋中。頼みがある。フォローしてくれ」

「ええ、いいわ。しっかりリードしなさい」


 そして俺は、恋中にその策を伝えた。





 得物を手に取った。

 右手で長剣を握り、ボクシングミットみたいな盾を左手に装備する。そして


 試合場へと向かう。すると鮫島も真正面から歩いてきて、互いに数メートルの間隔を空けて向かい合う。が、そこで鮫島がいぶかしげそうな顔をした。


「……つか、なんで恋中さんもいんの? なに? 一緒にたたかうわけ?」


 そう、俺の隣には恋中がいる。だがもちろん、一緒に闘ってもらうわけじゃない。恋中はあくまで俺のフォローだ。


「えっとね、鮫島さん。ちょっと提案しにきたの」

 恋中がそう言って微笑むと、鮫島は「はあ?」みたいな顔をした。

 だが恋中は間髪入れず、なんの脈略もなしに「ねえ、二階堂にかいどうくん」と呼びかける。


「この勝負、一本先取でどうかしら? スリルがあって面白そうだと思わない?」


 二階堂は不思議そうな顔をした。


「それは……そうかもしれないけど。なんでまた突然?」

「んー…‥とね。この場所を長時間占領せんりょうするのもマズいでしょ? ほら時間‥‥‥」


 室内に設置されていた時計を恋中が指させば、その場にいる全員が時計を見る。完全下校時刻までいくらかあるが、この勝負が長引けばちょっと怪しくなる。


 さらに恋中は「でしょ? オニムー」と鬼武おにたけに問えば、「うむ。確かにそうだ」と賛同する。するとどうだろうか。周囲にいる人間が「たしかに」みたいな顔をし始めた。

 そして恋中は「だからね」と言って、ニコリと笑った。


「一本先取のほうがいいと思うの。……それから、二階堂くん。雛坂さんと野々花みたいな試合になったら危ないし……審判お願いできないかな?」


 恋中のもっともらしい提案のためだろうか、「そのほうがいいかも」という趣旨しゅしの言葉がポツリ、ポツリと聞こえ始めた。

 すると、黙って聞いていた二階堂がふっと笑って破顔し、肩を竦める。


「恋中さんがそう言うなら。でさ鮫島、どうかな?」


 既成事実的きせいじじつな色合いがある言葉のためか、鮫島はなんら考える素振そぶりも見せず「まあ、いいけど」と簡単に承諾しょうだくする。

 恋中は「じゃ、二階堂くんよろしくね」と言って新海陣営に帰って行き、入れ替わるようにして二階堂が俺と鮫島の元までやってきた。


 そんな一連の流れを見て俺は思わず、恋中のしたたかさに舌を巻いた。

 いま恋中がやったのは、気遣いに見せかけた、自チームに有利な状況作り出すということ。

 時間不足という大義名分を用い、審判の必要性をもっともらしい理由で説明し一本勝負に持ち込んだ。そしてなおかつ、二階堂を鮫島の近くに引き寄せたのだ。

 そしてこれこそ俺が恋中を頼んだこと。一本勝負及び、二階堂を審判にするということ。これだけが俺に出来そうになかったのだ。だが、恋中がやってくれた。だから後は、やるだけだ。


 周囲からは声援が飛んでくる。


 花咲私兵隊は鮫島を応援しているし、雛坂騎士団は俺に向かって「負けたらわかってんな」という野次と共に、「でも負けてもいいよ」という色を含んだ視線を飛ばしてくる。

 鬼武と花咲さん、蜂谷と蛸島は鮫島を応援しているし、新海と雛坂は俺を応援してくる。

 そして恋中は、俺を静観していた。

 と、そこで突如、鮫島が口を開く。彼女はチラチラと二階堂に目配せをする。


「ねえ、二階堂」

「ん? ……なに鮫島?」


 二階堂が優しく微笑んだ。その笑みは男である俺でもカッコイイと思ってしまうくらいだ。


「二階堂ってさ……あたしのこと、ちゃんと見てる?」

「見てるって……それってどういう――」

「見てないならいい。でも、いつかはちゃんと見て欲しいから」


 鮫島は「この話はこれでお終い」と言わんばかりの顔をして、スッと刀を中段に構えた。剣道と同じく、両腕で刀を持つ型だ。


 そんな二人のやり取りを見て、確信した。これは、十中八九そうだろう。最初こそ自分でも信じられなかったが、もう間違いない。だからこそ、勝機はある。


 俺も構える。左手に持った盾を突き出し、右手に持った長剣を腰に引き付けるようにして構える。西洋騎士がする構えと同じだ。

 意識して盾の前面を鮫島に向ける。前面は鮫島に向け続ける必要がある。


「とっととやるよ。ま、私経験者だしすぐ終わっちゃうだろうけど」

「へぇ。そうか。ならかかってこいよ。俺はぜってぇ負けねえぞ。このクソビッチ――」


 俺が言い終えた直後、鮫島が動いた。両手で持った長剣を、袈裟斬けさぎりに振り下ろしてきた。俺の左側頭部を捉える軌道だろう。


「――くっそ!!」


 俺は盾を頭上に構え、鮫島の長剣を受け――られるはずはなく、足をもつれさせながら後方へと下がる。

 が、鮫島は一歩踏み込んできて、俺の顔面に向かって突きを放って来た。だが鼻先寸前すんぜんのとこで剣先がピタリと止まる。ぎりぎり、キルゾーンからは脱していたらしい。

 鮫島は長剣を引っ込め、小馬鹿にするような顔を俺に向けてきた。


日陰ひかげ、あんたの動きマジでキモい。だからモテないんだよ」

「……うるせえよ鮫島。関係あんのかそれ」

「だって女慣れしてないヤツの動きって、なんかみんな同じでキモイじゃん」

「くっそ! 微妙に心当たりがあるから言い返せねえ!」

「自覚あるんなら直せよ! あ~もうっ! キモイから童貞は死ね!」


 鮫島が突っ込んできた。長剣を振るい、めんち、胴打どううち、小手打こてうちを繰り出してくる。

 俺は盾を使い、長剣を使い、ときに逃げ出す形でそれらの攻撃を受ける、流す、かわす。


 ――全く身体が動かない、というより、ついていけない。腰は引けるは、足さばきはフェンシングみたいだはで、もはやジャパニーズチャンバラではなかった。


 でも、俺は逃げる。逃げる。だが絶対に、盾の裏側を鮫島に見られてはいけない。だからヤツに、背は向けられない


 と、見れば鮫島は脚を止め、口を大きく開け呼吸を繰り返している

 まあ、そうだろう。あれだけ動けばそうなる。だがそれは俺とて同じ。そこそこの距離を自転車通学していても体力なんてさほどつかない。つまり脚が、生まれたての小鹿ちゃんだった。

 だからこそ、張っていた気がゆるんだ。


「――っのぉ!逃げんじゃねぇ!」


 鮫島が一気に俺のふところまで踏み込んで来る。


「――なっ」


 遅かった。俺が反応した時にはすでに、鮫島に長剣を振るわれていた。俺が右手に持つ長剣の柄に、刀身が叩き下ろされたのだ。

 俺の右手から長剣が弾き飛ばされ、遠く真横へと飛んでいく。

 俺はそのままの地面に片膝をついてしまった。

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