無痛剣 蜻蛉返り

「……マジかよ」

 鮫島さめじまチームの千峰せんぽうは、俺達の予想を反して登場した、鬼武雫おにたけしずくだった。


 さすが薙刀なぎなた部ということもあってか、試合場へと向かう姿が様になっている。武道の心得があるのだ。

 両者は試合場まで歩み寄り、互いに停止した。しかし、鬼武が手にしている得物……あれは……。


 と、新海しんかいが右脚を半歩引き、刀の切っ先を鬼武おにたけに向ける形で、水平ハの字に構える。端的に言えばアニメキャラの二刀流スタイルだった。見ていて痛いヤツだった。

 すると鬼武が「ふふっ」と笑った


「おいおい、新海春樹はるきくん。その構え方では何もできないままやられてしまうぞ。悪いことはいわないから、刀は一本にした方ほうがいい」

「ふっ……なにを言う。貴様こそ、使い慣れている武器でなくてもよいのか? 仮にも薙刀部であろう。もしや、手加減のつもりか?」


 そう、鬼武が持っている得物。それは薙刀なぎなたの形状を模した武器ではなく、長剣だった。使い慣れていないのは鬼武も同じはずなのだ。


「いやいや、私は長剣でいい。それに、手加減はまったくしないつもりだ」

「そうか。ならよかろう。しかし貴様、先ほどから余裕ぶっておるが、よもや負けないなどと思い上がっていないか? 自分は武道経験者だから、こんなズブの素人には負けないと」

「……ほう」


 ピクリと鬼武の眉が動く。


「武道など所詮はルールに守られたスポーツ、遊戯、わっぱの遊戯よ。そして今、俺と貴様が勝負しようとしているコレは、いわばチャンバラ。聞けば武術のように無駄な型も掛け声も気迫などという無駄なものがいらぬ、つまり……最も実戦に近い競技」


 新海が勝ち誇った顔になる反面、鬼武は困ったような顔になった。


「新海春樹くん。君は恐らく武道の経験が……というより、あまりスポーツをやったことがないのだろう。だからそんなことを――」

「そのような戯言ざれごとは聞かぬ。言っておくが俺は趣味で殺陣たてたしなむ。しかも――」


 新海は右手で頭を押さえ「ここと」と言い、続けざまに「ここで」と言って胸を押さえた。


「かの剣豪の動きを想像し、創造することができる。シャドーボクシングならぬ、シャドー果し合いを毎日のように経験しているのだ。故に俺の実力は、かの剣豪と同等!」


 言って新海がクワッと目を開ければ、周囲の人間がざわめき立つ。

 そんな新海の言葉のためだろう、恋中が「ねえ、日ノ陰」と声をかけてきた。


「も、もしかして新海くん。すごく強かったりするの?」

「……いや、あれは……あれは」


 なんてこった。新海の野郎……まさか漫画とかに出てくる武術全力否定キャラだったとは。くそう、ぜってぇダメだ。そういうヤツは……すぐ負ける。負けてしまう! ああいうセリフはデバフのそれに近い。自分に掛けられるデバフなのだ。

 が、新海は止まらない。マインスイーパばりに死亡フラグを立てまくるのだ。


「つまりだ! 実戦に近いこの競技なら俺が有利! 実戦と練習は違うのだよ! むしろより実戦向きの経験を積んでいるからこそ俺は強いのだ! フハハハハハッッ!」

 笑い声の豪快さのわりに、口を全く動かさない新海。すると鬼武はフッと笑みを零した。

「わかった。それでは始めよう」


 鬼武と新海は向き合う。

 鬼武は、すっと頭を下げる。武芸者ぶげいしゃとして頭を下げるのが礼儀なのだろう。そして、それに対して新海も礼儀正しく頭を――――


「えいやあああああああ! すきありぃ!」


 突然、新海は右手に持った長剣を鬼武の頭に放った。まったくの不意打ちだった。


「てめえええ新海! なんて野郎だ!」

「試合開始のルールなど決めておらぬは! もう始まっているの‥‥‥なぬっ」


 新海の顔がゆがんだ。なぜなら新海の長剣が、鬼武が手にしている長剣で受け止められていたからだろう。頭部に当たる寸前で、防がれていた。


「ははっ! 確かに、実戦ならよーいドン、などあるまい! 私が甘かった! どれ、もっと打ち込んでこい!」

「くうっ!」


 新海の二本の刀からなる斬撃が、鬼武に向かって放たれる。頭に、脚に、腕に。

 鬼武はその乱打を、全てかわす。頭を逸らし、脚を引き、腕を返し、紙一重で躱す。最小限の動きのみで躱す。


「ははっ! どうした新海春樹! まったく当たってないぞ!」

「ぬうぅぅぅぅぅぅ!」


 と、そこで勝負が決した。新海が大振りに放った刀を、鬼武が刀でいなした。

 姿勢が崩れた新海に、鬼武は刀を振り下ろし、それが頭を直撃したのだ。パコンという音がして、誰の目にも明らかなほど綺麗に決まった。鬼武が一本先取。


「いやいや、しかし。実戦など私は経験したくはないな。なんたってこんな軽い刀じゃなく、もっと重い刀を使うのだろう? ならこんなにブンブン振り回せないだろうからな!」

「ぬううううっ」


 鬼武は一瞬にして、新海の「チャンバラって実戦向き説」を論破してしまった。

 新海のクズさにもビックリだが、鬼武の強さにもびっくりだ。カッコイイ。そして新海の二刀流、殺陣をやっているだけに見た目はカッコイイ。が、弱い。


 両者は元の場所に戻り、再び得物を構える。その途中に鬼武は声援を受け、新海にはブーイングを喰らっていた。味方であるはずの雛坂騎士団からも。

 と、鬼武が「よし、始めようか」と言って勝負が始まる。だが、一本を取られた新海にはもう後がない。

 すると突然、新海はバックステップで後方へ下がり、鬼武と距離を取った。


「ぬうううううっ! こうなれば、アレをアレを使うしかないのか! しかし……あれは俺の必殺剣。門外不出の……いや迷っていてはダメだ!」


 新海がそう叫び、苦悩するような素振りを見せる。


「あの必殺剣は俺の身体が持つかどうかわらぬ。連続斬撃をあの速度を放つことは……人間の身体の限界を超えているのだ。だが、それでもやらなくてはならぬ!よく見ておけ!だいたい三十連の斬撃からなる俺の必殺剣――」


 新海は二本の刀で十字架でも作るようにして構え、腰を落とす。その挙動に周囲の人間がざわめき、そして恋中も思うところがあったのだろう「ねえ日ノ陰」と聞いてきた。


「も、もしかして新海くんのアレ……強いの?」

「い、いや……あれは。新海のあれは……」


 なんてこった。新海の野郎。必殺技を持っていたのか。くそう! まずい! あんな風に自分で自分の必殺技を解説しちゃうヤツは……ぜってぇ負ける。負けてしまう!


「よせ! 新海! そんなふうに自分の必殺技を紹介したら――」

「くらええええ!必殺剣——南十字丗サザンクロス・ミソジ―ッッ!」


 新海は、飛んだ。刀を十文字に構え、鬼武に向かって飛来する。


「いえあ! これは十文字に構えた刀を素早く擦こり合わせることにより摩擦によって刀が着火しさらには俺の身体に乗せた運動エネルギーを――」


 ――パンと音がして、刀が宙を舞まった。飛ばされた剣は、周囲にいる人間の頭の上を飛び越し、体育館の端まで飛んでいってポテリと落ちる。

 飛ばされた刀の持ち主は、新海。

 新海は今、鬼武の前で右腕を振り上げたままの状態で固まっていた。左手にだけ長剣が握られている。


「あれ?」


 新海が不思議そうな顔をして首を傾げると、鬼武が「なるほど!」と顔を明るくした。


「そうか! 新海春樹は必殺技対決がしたかったのか! たしかに実戦を意識するのであれば、そのような場面も多かろう!」


 言って鬼武は、先ほどの新海同様バックステップを繰り出し後方へ飛んだ。ただ、その距離が尋常ではない。新海の飛んだ倍の距離はある。

 そして鬼武は居合抜きでもするかのようにして、左手で長剣の刀身を持ち、それを腰に引き付ける。どこぞの抜刀斎ばっとうさいみたいだった。


「あ、あの……貴様なにを」

「ん? さっきのアレは必殺技なのだろう? なら私も披露ひろうせねば礼を失するというものだ!」


 キョドりながら問う新海に、答える鬼武。鬼武の顔はがった髪の毛のため、どんな表情をしているかうかがい知ることができない。


「久しぶりゆえ見苦しかもしれぬがご勘弁を! ではいくぞ、鬼武家に代々伝わる秘儀――」


 鬼武がパッと、顔を上げた。そして髪の切れ間から覗いた眼は、人斬りのソレだった。



「――無痛剣、蜻蛉とんぼかえり」



 瞬間、鬼武の身体が新海の身体をすり抜けた。というよりも、いつの間にか鬼武は新海の後方へと移動し、残身の構えをとっていた。


「――――ぬ?」


 新海は首を傾げたそのとき——ピキッと音がして、新海が頭に付けていた防具の、無色透明な素材でできたのぞきき窓が割れた。


「ぬううううううう?!」

「ははっ。私の勝ちだな!」


 そうして鬼武は鮫島チームに帰っていき、新海も俺達のほうに帰って来た。

 だが、あまりのすごさに周囲の人間も、そして俺達すらも言葉が上手く出てこなかった。


「……日ノ陰、俺が相手したのは人間ではなかったのだが?」

「世の中にはああいうヤツもいるんだよ。化物がな」

「でもオニムー、実家は代々続く剣術家。仕方ないわ」

「「え」」


 そんな恋中の言葉に俺と新海は2人して固まってしまった。

 なぜこの女はそういうことを早く言わないのだろうか。まあ知ってたところでどうしようもなかったけど。

 しかし鬼武のヤツ。時代が違えば剣だけで飯が食えたぞ絶対。

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