文化祭や体育祭の後にカップルが増える現象


 あんじょう。というか、なにがどう転んだらそうなるのかさっぱり分からない。


 一夜明け、学校に到着した俺が聞き耳立て集めた情報によると、「鮫島さめじま新海しんかいが付き合っている」ということになっていた。

 今しがた思い出したが、昨日、自販機であのカップルが話していた「鮫島がG組のオタクを狙っている」という話は、どうにも新海と鮫島を指していたのではないかと思う。

 おけまに昨日の時点では「鮫島がG組のオタクを狙っている」という話だったのに、今日には「鮫島と新海は付き合っている」というものに変化している。変化が急激すぎる。


 現在、お昼の休憩時間。

 俺は、教室後方に陣取って食事をする鮫島・蛸島たこしま蜂谷はちたにの姿を確認して席を立ち、教室後ろにある自分ロッカーまでやって来て、ゴソゴソと中を漁る。そして意識的に困り顔を作った。   


 これで周囲には「教科書忘れちゃったみたいだけど、自分を信じてロッカーを漁っているヤツ」といった感じに見えるはず。むろん鮫島達にも。

 チラリと視線を動かせば、食事を楽しみつつお喋りに興じるDTK童貞キラーの姿がある。


「ねぇ、さーちゃん。新海くんどうする? 昨日逃がしちゃったけど、今日はとっ捕まえるんでしょ?」


 と言ったのは蜂谷だ。彼女はチョココロネをモサモサかじり鮫島に顔を向ける。


「あたりまえじゃん。とっとと喰って、産まれたての小鹿こじかみたくさせてやるんだ」


 鮫島が「くくく」と笑って答えれば、蛸島が呆れ気味に笑った。


「しっかし鮫島。ここまでする必要あるか? これで振り向いてくれるか怪しいだろ」

「ああ? ここまで来たらやるしかねーから。ここまで噂広めりゃ、耳に入ってると思うし」


 言って鮫島はふるふると頭を振った。すると蜂谷が「ぷぷぷ」と笑う。


「やっぱ、さーちゃん。そういうこと不器用だね」

「蜂谷うっせぇぞ。さーちゃんじゃなくて、鮫島だし」


 なんて感じで3人は会話をしていた。それからしばらく聞き耳を立てていたが、途中でファッションの話やら最近喰った男の話になったので離脱し、自分の席へ戻る。


 鮫島はマジで新海を喰う気でいるらしい。なれば新海が提唱した『鮫島は新海春樹を別の男と間違えているんじゃないか説』は否定された。なんたって鮫島は「新海と鮫島は付き合っているという噂を広めた』、という趣旨の話をしている。それが紛れもない証拠だ。


 と、そこで視線を感じ、顔を動かしてみれば恋中こいなかと眼が合う。恋中は俺に向かってクイとあごを動かし、食事を共にしていたであろう鬼武と花咲さんに何か言ってから、教室を出て行く。恐らく「ちょっと付き合えや」といった感じだろう。

 俺も教室から出て恋中の後ろをついて行く。


 途中、新海しんかいが所属するG組教室の前を通りかかったついでに中を見てやれば、ヤツは数人の生徒に取り囲まれ、なにやら色々と聞かれているようだった。

 まあ、そうなるだろうよ。ビッチ鮫島とボッチ新海とかいうゴシップネタ。面白くないハズがない。あ、新海、ちょっと涙目だ。可哀そうに。


 階段の踊り場までやってきた。

 恋中は顎に手をあて壁際に立ち、俺は壁に背を預けてから腕を組んだ。


「で、日ノ陰。どうだった?」

「どうって……鮫島の勘違い、ではないな。あれガチで新海狙ってんだろ」

「やっぱりそうよね。私も色々聞いてみたけど、どうにも鮫島さん『私、鮫島ほたるは新海春樹に手を出します』って感じで宣言しているみたいね」

「宣言ねぇ。周りへの牽制みたいなもんか」


 女子の間でよくあるという牽制攻撃だ。「私、○○くんのことが好きだからぁ」と周囲にアピールすることで、他のライバルというか、同じグループとか教室内の女の子が、その男に手を出しづらくなるというわけだ。愛莉の持ってる少女漫画で読んだから間違いない。

 恋中は溜息を吐き、少しばかり憂いのある顔を浮かべた。


「もしくは鮫島さんが流した噂、ある意味策略かもね」

「策略?」

「ええ、策略。噂を使って『新海と鮫島が付き合っている』って既成事実的きせいじじつてきな空気を作りだしているじゃない。周囲の人間をあおりり立てて、結果、新海くんは「断れない雰囲気」を感じで鮫島さんの告白を受け入れてしまう、みたいな」

「サプライズ告白とか、ああいう感じか」

「似てるわ。あれ、私も何度かされたことあるけど、断ると周りがしらけるのよね。『こんなにお膳建てしてやったのに、なんでOKしてあげないんだ』って感じで」


 恋中がらしくない顔を見せる。いつもは自信に満ち溢れ堂々としているというのに、そのときだけは顔を地面に向けていた。


「ま、断る権利が私にもあるし、恋愛が嫌いな私としては断るけど。それでも、ときどき相手に悪いかな、なんて思ってしまうこともあるの」


 そう言って笑う恋中の顔は、どこか自嘲気味じちょうぎみだった。

 いまの彼女の言葉はひどく現実味を帯びていて、それはきっと多くの経験に裏打ちされているからなのだろう。人からの好意を断り続けるという経験に。

 だが別段、そこに恋中が負い目を感じる必要などない。恋愛なんてのはそんなものだ。


「はっ。別に恋中は悪くねぇだろ。雰囲気に流されて告白したり、告白をOKするなんて愚の骨頂だ。文化祭や体育祭の後にカップルが増える現象もアホのソレだ。そういう奴らはどうせ一ヵ月後には別れるんだよ」


 すると恋中は、ちょっとだけ嬉しそうに笑い「そうね」と俺を見てきた。いくぶんか柔らかくなった顔で、再び口を開く。


「でも、私みたく断ることができない人だったら、困ったことになると思うわ。雰囲気や空気に流されてOKしたら、望まない相手と付き合うことになるのよ。というか、その慣れの果てが昨年度プロムの公開告白の結果でしょ?」

「あー……たしかにな」


 昨年度のプロムの公開告白は失敗している。

 聞いた話では、クイーンとキングに輝いた男女は周りに煽り立てられる形でプロムに参加。で、周りのおぜん立てあってクイーンとキングに選ばれ公開告白。

 だが実際、クイーンになった女側は最初からその気があったらしいのだが、男側は最初からそんな気はなかったらしい。そして男子生徒は女子生徒からの告白に困り、果てはステージ上で泣き出してしまう地獄を見た。

 ちなみにプロムの公開告白は、伝統的に女のほうからすることになっている。浜ノ浦高校の豆知識だ。


 しかしアレだ。恋愛至上主義の校風があるこの高校では、周りの雰囲気に流されて付き合うなんてヤツも多いのかもしれない。

 恋中のようにきっぱり断ることができるのなら良いが、自己主張が苦手な生徒はどうだろうか。そしてそんな生徒であるのをイイことに、それを悪用し、周囲の人間を煽り立て、無理やり付き合うような方向にもっていこうとする人間もいるかもしれない。

 そしてそれは、今まさに起きようとしていることなのだろう。


 と、そこで「戻ろっか」と言って恋中が歩き始め、俺も後を着いて行く。時間的に見れば、そろそろ昼休みも終わる時間だ。


「放課後まで時間はあるし、お互い解決策を考えましょう」

「わかった。なんか思いついたら教える」


 そして俺は恋中の後に続くようにして教室に入る。

 自分の机に向かう途中、ふと鮫島を見れば、彼女は不自然に視線を動かしていた。その視線を辿った先に居るのは、二階堂にかいそう

 ……鮫島の目くばせ。あの、抗えない力に流されるような目の動きに、俺は心当たりがあった。ともすれば、鮫島の行動も理解できるのだが……しかしそんなことはあり得ないだろう。ビッチの鮫島に限って、それはない。


 まあそんなことより、今は新海を救う手立てを考えよう。恋愛至上主義的な校風だからこそ生まれた、この事態を解決できる手立てを。

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