鮫島ほたるに俺の純潔が狙われているらしい
告白応援委員会の教室までやって来て、中に入る。
入ってすぐの場所には段ボールの山があり、ちょっと進めば文化祭に使ったのであろう備品や、プロムで見たような室内用装飾がぶち込まれた収納ボックスが積み上げられている。
恋中はまだ来ていないらしい。そして、先ほど話にあがった新海もいなかった。
突如、積み上げられた段ボールの一角がゴロっと崩れた。めんどくせーな。なんで何もしてないのに崩れんだよ。
俺は段ボールを拾上げ、元あった場所に戻そうとした、その時、身体が、止まってしまう。
なぜなら、ぎょろっとした眼球が、山になっている段ボールの切れ間から、覗いていた。白目に走る血管が、やたら浮立っている。その眼が、俺をジッと見て来るのだ。
そして自分の口から声が出かかった、その瞬間、——ガラッッ!
「「うおっわかぢじゃ!」」
突然の音と共に、ヘンテコな声が教室に響き渡り、段ボールの山がはじけ飛んだ。
「ごごごごごごごご、ごめんないさい。ごめんなさい。どうかどうかお情けををををを」
俺はその震える声に恐る恐る眼をやる。すると段ボールの山の中で土下座をしている男子生徒がいた。後頭部に団子頭の…‥‥頭の‥‥‥‥。
「日ノ陰。なにをやっているの」
突如後ろから声を掛けられ、ビクっとしながら振り向けば、そこにいたのは恋中いろはだった。恐らく俺が驚いた先ほどの音は、恋中が扉を開けた音だったのだろう。
「ああ、恋中。いや、なにって。ほら、そこ。いるじゃん。新海」
「はぁ?……ああ、ホントだ。居るわね。何してるの?」
二人して顔を向けると、土下座状態の新海春樹がガバっと面を上げた。ヤツは顔を青くして、歯をカチカチと打ち鳴らしている。
「どどどどど、どうか助けててててててて。俺ののののの」
「おい、落ち落ち着けって。できそこないの侍言葉を使って喋れよ」
「そうよ新海くん、落ち着いて。まず呼吸を十秒間吸って、それからずっと止めておきなさい。落ち着くから」
「おい恋中。新海が死んじゃうよ?」
すると新海は、どうにか身体の震えを止める。ただその顔は疲弊しきっていた。
「すまぬ。すまぬ。実は助けて欲しい。助けて欲しくてゴミの山の中にいたのだ」
「あ? 助けてほしくてゴミの中?もうちょっと詳しく事情を話せよ」
「そうよ。ゴミの中にゴミがあるなんて普通なんだから、全然驚かないわ。それとも自分もゴミだと自覚して死にたくなったとか」
「なあ恋中、お前、新海のこと嫌いすぎだろ」
恋中はできれば新海に死んでほしくてたまらないらしい。まあ気持ちワルいしな、新海。
と、そこで突如、新海がガッと俺の足にすがりついてくる。
「たのむ日ノ陰ぇ……助けてくれ! このまままでは俺は……俺は」
そしてがばっと面を上げ、
「鮫島ほたるに、童貞を奪われてしまうのだ!」
言って新海はさめざめと泣き出した。
しかし、
新海が「よし」と言って顔を俺達に向ける。
「……聞いてくれ。どうやら鮫島ほたるに……俺の純潔が狙われているらしい」
「あー……それはさっきも聞いたが、つまり……単純に狩られそうってことか?」
「うむ、そうだ。実は先ほど、G組の教室に鮫島がやって来て『私の男にしてやる!』と俺に宣言したのだ。そして鮫島の取り巻きに襲われかけたがなんとか
そう新海に説明されたものの、俺は首を傾げてしまう。ふと恋中を見れば、彼女もまた
「新海くん。それは鮫島さんが、あなたに好意を持ってる……ってことになると思うけれど、そもそも鮫島さんと交友はあったのかしら?」
「あるわけなかろう。怖いから廊下ですれ違ったときも視界に入らぬようにしている」
「それじゃ新海。鮫島に好かれるようなことでもしたか?」
「するわけなかろう。むしろ何かしたら殺されるわ」
新海がそう言い切ったために、俺と恋中は二人して黙り込んでしまう。
つまり鮫島は新海に対し、なぜだか知らんが好意を持っているということになる。一目惚れやら、実は昔から好きだったとか、告白ドッキリという可能性も捨てきれないが……新海春樹というネームバリューには、その全ての可能性を
恋中が「それで」と言って脚を組み替えた。
「事情は分かったけど、この組織は恋愛のサポートをするのが仕事。新海くんの貞操を守るなんて活動範囲外なのだけど」」
「ぬうっ! そこをなんとか! 俺は花咲さんと添い遂げる必要がある! あんなクソビッチに俺の純潔を奪われてたまるか!」
「別にいいじゃない。男として株が上がるかもしれないし」
「決してそのようなことはないわ! いや、ではなく。どうかお頼み申す。俺は花咲さんに思いの丈すら告げておらんのだ。人の恋路を守ることが組織の理念から外れると言うのか!」
すると恋中の顔が「ふむ」という表情に変わった。
たしかに、新海の言葉にも一理ある。人の恋路に介入していく組織であるならば、新海の恋路を守るというのも活動としてはアリだ。
というより、その手の依頼はいつ来ても可笑しくはない。
「なあ、恋中。別にいいんじゃねえのか? 恋愛絡みの問題だし」
「それは、そうだけど……」
「あ、そうだ新海。お前を助ける代わりにどっかで絶対に借りを返せ。それでどうだ」
「ふむ……よかろう。だが……金は無理だぞ」
ぶんぶんと首を振る新海。現金なヤツだった。
そして恋中に「票のためだ」と小声で言ってやれば、仕方なしと言った顔になる。
「わかった。それで、具体的に私たちはなにをすればいいのかしら」
すると新海が「うむ」と頷く。
「事の真相を明らかにしてくれ。恐らく鮫島は、俺を誰かと勘違いしているのだろう。でなければ、俺を好きになるはずもない」
新海はフッと笑う。その笑みにはちょっとだけ自虐が混じっているように思える。童貞特有の「俺のこと好きになるヤツなんているわけねーだろ」という
「わかった。勘違いならすぐに誤解は解けるだろ」
「頼んだ。こうなっては学校をサボるのも一つの手だが、俺の親は
そしてその後、ガラクタの山からダンボールと台車を引っ張り出し、段ボールに新海をぶち込む。そして新海の入った段ボールを台車に乗せ、なんとか校舎の外に運び出し事なきを得た。
途中、新海入り段ボールを運んでいる際、鮫島の
……鮫島か。しかし正直なところ、俺達の手に負える話なのだろうか。
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