ソレを指差し鬼武に問う
数日立っての、放課後のこと。
一日の授業が終わり、放課後に突入した。俺は告白応援委員会の教室に向かう前に、体育館前にある自販機へと立ち寄る。
五時間目の授業が体育武道であったことも関係してか、HR辺りで喉の
だが、先客が居たのでヤツらの後ろに並び、じーっと待つ。
「ねぇ、どれにしよっか? あ! これ恋愛おみくじつきだって~」
「ホントだ。うっわ、黒色が出たら喧嘩する、だってよ」
「え? 買う? 買わない? 買う? 買わない? 買う? 買わない? うふふっ!」
「ん~
と、バカップルが俺の存在に気が付き、「お先にどうぞ」と順番を譲ってくれた。なので俺はありがたく申し出を受け取り、自販機に硬貨を投入していく。
うむ。いいカップルだ。これで俺の存在に気が付く「どれにしようか」と悩み続けていたら絶対に許さないところだった。まあ、許さないだけでなにも言えないし、言う勇気もない。そもそもこの学校には恋愛がなにより尊いものという認識がある。恋愛絡みの迷惑行為なら多少は許されてしまうふしもある。マジでくたばりゃいいのに。
ボタンを押すと、ゴトンと音がして取り出し口にペットボトルが覗いた。しゃがみこみ、取り出す。選んだのはソウルドリンクという名のご当地ドリンク、ペパーミント味だ。
「ねえ、そう言えばさ。
「あ。それ俺も聞いた。なんかオタクっぽい奴な。雑食すぎだろ鮫島」
そんな会話を尻目にすっと脇の逸れ、2人に自販機の順番を譲る。
……なんだろうか。最近、鮫島という人間の存在が周りを漂っている感じがする。しかし鮫島……オタクもイけるのか。意外だ。
なんて、そんなことを考えていたからか、いや、体育館横だからこそヤツ来た。
「おっ! そこにいるのは
誰かが俺を呼ぶ声がして、というか俺をフルネームで呼ぶ知り合いは一人しかいない。
「教室では全く話かけてくれないし、かと言って私から喋りに行くとなんだか負けた気がするから話をしなかったのだ! しかしやれやれ、というわけでハグをしてやろう!」
「どういうわけだ!」
瞬間、素早く振り返りソウルドリンクを手から離した。
するとすでに、俺の両側に
だが、甘い。俺は両腕をL字に曲げ、両脇に持ってくる。鬼武の抱き着こうとする腕と、俺の腕がぶつかった。そしてそのまま、互いの腕で
「――なっ。やるではないか日ノ陰縁!この短期期間で成長したというのかッッ」
「そりゃ成長するだろ! つかマジであれイてぇんだよ! 止めろ!」
「ははっ、それはできない相談だ!君は気が付いてないだろうが、身長差のせいか超絶抱き心地がいいのだ。つまり私と日ノ陰縁は身体の相性がピッタリなのだ!」
「誤解を生むようなこと言ってんじゃねえ!」
と、そこで勝敗は決した。さすが武芸者。身体の使い方を心得ていた。
鬼武は「ははっ」と笑ったまま、俺の両腕を押し曲げ、そのまま抱き着いて来たのだ。
「いやあああああああ!」
女みたいな声が出た。俺の口から。
バキバキと背骨が鳴り、肺の中の空気が空になる。そして思う存分抱き着いた鬼武は、それからしばらくして俺を開放する。
鬼武は腰に手を当て、「ところで」と不思議そうな顔をした。
「ときに日ノ陰縁。告白応援委員会へ行かなくてもいいのか? 恋中いろはが首を長くして待っているだろう」
「別にそんな間柄じゃねぇよ。ちょっとジュースでも買って、それからあの教室に行こうかと思ってただけだ。そしたらテメェが現れたんだよ。クッソ」
「おいおい、そんな汚い言葉を話してはいかんぞ? ところで日ノ陰縁。先ほどは意識しておっぱいを押し当ててみたのだがどうだろうか? おちんちんは勃起しただろうか?」
「自分の言葉に責任持てよ!」
なんだんだコイツ。数秒前どころか、コンマゼロゼロ秒前の言葉を忘れるなんて鳩ぽっぽでももっと賢いぞ。
思わずため息をつき、顔が地面に向かう。と、そこで棒状のものが視界に映る。
長さ1メートルほどの棒、2メートルほどの棒、そして50センチほどの棒、それから四角形をしたボクシングミットのようなもの。そのどれもこれもが、なにやら柔らかい素材で出来ているようだった。
「それは?」
指差して鬼武に問うと「おっと、いかん」と言って地面に落ちていたソレを拾い始めた。
「これはスポーツチャンバラ用の道具だ。ウチは薙刀部であるのだが、ときどき地域のちびっ子を集めてチャンバラ大会の催しを開催していてな。今その準備をしていたのだ。いやいや、運んでいる最中に日ノ陰縁と出会ってしまったから思わず放り投げてしまった」
「ふぅん。たぶんお前アホだな? てか、変わったことしてんだな」
「ははっ、そうだな。まあ、うちの高校は私立だし、学校側としては宣伝の目的もあって開催しているのだろう。……と、これで最後か」
鬼武は自分がぶちまけたものを全部拾いあげたらしく、「うむ」と頷き、立ち上がった。
「部活行くのか?」
「もちろんだ! 部活に遅刻すると私は全裸にされたうえ、この棒で部員から全身を叩かれるハメになるのだ!」
「イジメだぞそれ?! ええ、イジメられてんの?!」
しかし俺の言葉をよそに鬼武は「さらばだ」と言って駆け去って行こうとして‥‥‥ふと脚を止め、振り向いた。
「……ときに日ノ陰縁。先ほどパチモン侍が青い顔をして、君を探していたぞ。『鮫島が』とか『
「……パチモン侍? いや、約束は……してない」
パチモン侍とは、おそらく
そのとき、ヒュルりと吹いた風が頬を撫でた。春の風にしてはやけに湿っている。
と、鬼武が「で度こそさらばだ」と言ってサササっと駆けて行った。
俺はソウルドリンクを拾い上げ、告白応援委員会への脚を向ける。思わず、速足になった。
……嫌な予感がする。腹の底を蛇の舌でチロチロ舐められている、そんな感覚。これは、いったいなんだ。
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