花咲さんのお尻の温度

 自宅から浜ノ浦はまのうら高校までは、自転車で40分ほどの距離がある。


 自転車通学の距離か怪しいところであるが、それでも俺は自転車を選ぶ。ペダルを回す、風をきる、流れゆく景色を見るのは実に気持ちが良いからだ。


 春のポカポカ陽気の中ペダルをこぎ続け、通学路をかっとばしていると浜ノ浦高校の生徒を見かけるようになった。最寄り駅である浜ノ浦公園前駅が近くにあるために、ここらは通学路になっているのだ。

 そして同時に、お手手を繋いで登校している生徒などこの辺りからあの学校の校風が漂い始める。


 ああいうカップル共は周りが見えてないからダメだ。2人して並び歩くってこと自体、歩道の狭いことで有名な深津ふかつ市にとってじゃ迷惑千万めいわくせんばんな行動。深津市は「カップルで並び立って歩くことを禁ずる。コレを犯したものは悪即斬あくそつざん」って条例を制定すべき。


 そんな光景を横目にスルスルと自転車を飛ばし、自転車用通路口から校内に入り、駐輪場で自転車を止めてから昇降口へ向かう。

 教室へ向かう途中でも恋愛至上主義の洗練は続く。

 下駄箱で邪魔くさく睦言むつごとを交わしている奴等もいるし、階段でグリコをして遊んでいるカップルもいれば、踊り場にて別れを惜しむ二年生&三年生アベックもいる。


 むろん全員がそんなヤツではなく、俺と同じく隙あらばそういう連中を階段から突き落としたろかという眼付をした奴等もいる。そしてそれは、俺の椅子に座りやがっている野郎もその手のヤツかもしれない。


 俺が教室に入り自分の席に向かうと、ヤツは居た。廊下側後ろから二番目という不人気席。そこは俺の席であるはずなのに、頭部の後ろで髪を団子にまとめ、高校生であるにも関わらず髭を蓄えた新海しんかい春樹はるきが座っていた。


「おい、なんで俺の席に座ってやがる。ぶっ殺すぞ」

「な、なんと。ここが日ノ陰ひのかげの席だとは全く知らなかったのだ。許せ。許せヒノカゲェ……」

「いいや許さない。とっと自分の教室帰れ」

「ぬうううううううっ! どうして貴様は俺に冷たいのだ! 否、それはできぬ! いま俺の椅子には花咲さんが座おるのだ!」


 強制的に新海を立たせ、入れ替わるようにして俺が椅子に座る。妙に椅子が温かくて気持ち悪い。座っていたのが女の子だったらなんの問題もないし、なんならその温もりを堪能たんのうするのだが、いかんせんこの温かみ新海春樹しんかいはるき。キツイ。

 足元を見ると、そこには新海のものらしき鞄が置いてあった。大方、登校して席が占領されているのを知りそのままここに来たのだろう。


「てか新海。お前の席に花咲さんが座るってことは、近くに花咲さんの友達の席があんのか?」

「そのようだ。俺の右隣にはクソビッチ女子がおって、そやつと花咲さんは友人らしい。まったく、なぜ花咲さんはあんな腐れビッチとつるむのか分からぬ。しかし花咲さん……俺の席に座るということはやはり俺のことが好きなのだろうか」

「……なあ新海。いまさ、花咲さんがお前の椅子に座る理由、自分で言ったぞ?」

「なななんと。やはり俺のことが好きというわけか?」

「……じゃあそうなんだろ。両想いってヤツだ。ヨカッタナー」


 そんな感じで新海の野郎をあしらっていると、視界に写る女子生徒の動きが気になった。

 丁度俺の机がある列の一番前。廊下側の最前列という超不人気な席にて、女子生徒2人がチラチラと視線を飛ばし会話をしていた。

 視線の先をたどれば、教室後方でお喋りをしている二階堂にかいどう桐生きりゅう、神木の三人組。彼等の会話こそ聞こえないものの、先ほどの女子生徒の会話が耳に入ってくる。


「二階堂くんと恋中さん。このあいだ一緒にデートしてたらしいよ」

「え? ホント? でもさぁ私、二階堂くんがヒナサカって子とデートしてたって聞いたけど」

「なにそれ? どうなってんのかな?」


 どうなってんだろう? と俺も首を傾げる。そういえば朝方、愛莉も同じようなことを言っていたのを思い出す。

 と言ってもその原因は、俺と恋中、雛坂でショッピングモールを訪れたことに起因きいんしているのだろう。あの喫茶店の一件を偶然目撃した誰かが、噂の発端となる話を広めたってとこか。


 しかし、いつも思うが恋愛絡みで起きるアレコレは、小学校の頃に起きる恋愛のアレコレと本質は変わらない。特に噂話系など関しては、皆が大好きなゴシップネタである。


 例えば、いま教室の中央付近で話をしている男子二人組。

 やたら声が大きいし、会話の形式が微妙にお笑い芸人のソレっぽいし、どことなく「俺達面白いこと言ってるよな」という匂いがする。そして、男子二人組の内の一人は恋中をチラチラ見てるあたり、あれは好きな子の気を引きたいがためのアピールなのである。これもまた、本質的には小学生が好きな子にちょっかい出す心理と変わらない。

 と、そこで新海が「むう」とうなり、腕を組んだ。


「なあ日ノ陰。花咲さんに俺を意識してもらうために、これ見よがし生け花の教本でも読んでみようと思うのだが……どうだろうか。花咲さんは華道部であろう?」

「……新海。お前って好きな子にちょっかい出すタイプの小学生だっただろ」

「おいおい、日ノ陰。貴様、よくわからんところで勘が働くな。その通りだ」


 驚きに満ちた目を向けてくる新海。だが俺は警告のつもりで言ってやる。


「新海。意識させるとか、そういうのはその相手が自分に気があるなら効果抜群だ。その子に自分を意識させるために、ワザと別の女の子になびくフリをするとかな。でもお前、花咲さんから認知すらされてないだろ」


 そう言ってやると新海は「ダメか」とあきらめたような顔をしてくれた。まあ実際、認知はされているはずだ。同時にすげぇ嫌われてけど。


「な、ならばインパクトを大切にして、花咲さんが座っていた椅子に俺の頬を――」


 言いつつ新海が顔を上げた瞬間、ヤツは急に黙りこくり、机に視線を落とした。まるで、なにかと視線を合わさないようにしているかのようだった。

 なんじゃい、と俺は肩越しに振り向く。するとそこには、


「――――っい」


 あの、鮫島さめじまほたるが立っていた。しかも俺のすぐ後ろに立ち、ジッと見下ろしてくる。

 童貞は女の子の視線に敏感で、勘違いしやすい。だが、この距離でなら勘違いも思い違いも思い過ごしもあり得ない。明確に、俺と新海を見ていたのだ。

 すぐさま顔を正面に戻し、新海と同じように机に視線を落とす。蛇に睨まれたカエル状態だった。


「おい、新海。あのビッチになんかしたのか。すげぇ見てくるぞ」

「なにもしておらんわ。なぜ、あのビッチがボッチの俺を見てくるのか皆目見当もつかない」


 などと小声でやり取りをしていると、スッと横を鮫島が通り過ぎて行った。重苦しかった空気が一気に緩む。


「ふふん日ノ陰。アレはなんだったのだ?」


 そんな新海の質問に「さあな」と答えてやると、そのタイミングで花咲さんが教室に帰ってきた。そして新海は「ではな、怖いから帰る」と言って去って行く。


 ……しかし、マジでなんだったのだろうか。鮫島のヤツ。

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