5章 童帝 - The King is the Cherry!

二階堂先輩と恋中先輩が付き合ってるって噂

 ボーっとする頭を抱えながらリビングに入り、両親に挨拶をしてから席に座る。


 朝のリビングルームはよい香りに包まれ、つけっぱなしのテレビからはニュースキャスターが天気予報を読みあげる声が聞こえる。どうやら今日の深津市は、春らしいポカポカ陽気の一日になるらしい。


 朝のテーブルでは、すでに父と母が朝食を摂っている。いつもであれば、少しくらいなら俺を待ってくれたりするのだが、さすがに今日は惰眠だみんをむさぼり過ぎたらしい。

 すると視界の端に影が映り、朝食が盛られた皿が眼の前のテーブルに置かれる。

 食パンにターンオーバーの目玉焼き、ベーコンにサラダ。そしてグラスには並々と注がれたオレンジジュース。良い香りに思わず喉が鳴った。


「兄貴。とっとと食べて」


 ぶっきらぼうな声に顔を上げれば、妹の愛莉あいりがテーブル横に立っていた。

 ひとみの奥が笑ってない感じが、俺によく似ていると思う。容姿は可愛いよりも、ちょっとカッコイイに近い。そして特筆すべきは俺と身長が全く同じ。なんなら愛莉のほうがちょっと高い。


 サンキュ、と愛莉に礼を言って朝食をとりり始めれば、愛莉も席につき朝食を再開する。

 ちなみに日ノ陰ひのかげ家のテーブルはもう一つ空きの椅子があるが、それは姉貴のものだ。だがサークルの用事とやらで昨日から家を空けているために今は不在。

 と、そこで愛莉に「ねえ」と呼びかけられた。


「兄貴、最近なんか部活にでも入ったの?」

「あん? なんで? 入ってないぞ」

「いや、なんか噂になってんだけど。あの恋中先輩と、日陰縁ひかげえにしってヤツが最近一緒にいることが多いって。部活がどうとか」

「へえ。そうなのか。苗字違うけど、それたぶん俺だな。でも俺部活は入ってないぞ。委員会なら入ったけど」


 俺はそう言ってオレンジジュースを飲む。濃縮還元のうしゅくかんげん100%のオレンジジュースだ。酸味が強いが、目覚ましには丁度いい。てか、なんで間違ったままの苗字が広まってるん?

 すると愛莉は「ふうん」と言って首を傾げた。


「てことは恋中先輩と一緒の委員会ってことか。で、なんて委員会に入ったのさ。兄貴」


 興味深々と言った感じで覗き込んでくる愛莉。ついでに父ちゃんと母ちゃんも俺の方をチラチラ見てくることに気が付く。

 今まで無気力の塊みたいな息子がいきなり委員会なんぞ入ったのだ。そりゃ気になるだろう。

 だが、言う気はない。というか言ったら絶対に爆笑される。なんだよ恋愛を応援する組織って。


「ま、そのうちどっかでお世話になるんじゃねぇのか。そしたら恋中がお前を助けてくれるさ」

「あっそ。まあいいけどさ、でも変なことしないでよね。日ノ陰縁が私の兄貴だって周りに知られたら恥ずかしいし。こんな兄貴だし。ああ、こんな兄貴だし」


 俺を肱で小突いてくる愛莉あいり。俺もお返しに愛莉を小突き返し、次第にヒートアップしていき、そろそろ喧嘩になるかなという直前で母ちゃんに叱られた。


 俺と愛莉は共に浜ノ浦はまのうら高校に通っている。学校で顔を合わせればお互いに無視、そのお陰か今まで兄弟だと気付かれたことがない。ただ、俺も愛莉も隠しているつもりはない。

 と、そこで愛莉は「はあ」と言って頬杖を突き、俺をジト目で見てきた。


「私、二階堂にかいどう先輩みたいな兄貴が欲しかったなー。イケメンだし、優しいし、どこぞのチビ兄貴より身長高いし」

「あのさ、その言い方だと俺すげえ低身長みたいじゃん。言っとくけど俺、高校二年生の平均身長ジャストだからな。テメエの身長がデカすぎるだけなんだよ。そのうち二階堂超すぞ」

「あ? んだよ。二階堂先輩なら身長が高い女でも愛してくれるさ。ところで兄貴ぃ……」


 愛莉はしおらしく上目使いをして、甘えるように俺の左腕に抱き着いてきた。


「兄貴って二階堂先輩と同じクラスなんでしょ? だったらおねが~い。どうにか紹介してくれないかな~。あ、それか恋中こいなか先輩でもいいよ! 私どっちでもイケる派だから!」


 言って俺の腕に頭をうずめ、グリグリと動かしてくる愛莉。

 朝シャンの香りが鼻をくすぐり、愛莉の髪の毛先が首を刺激してきてくすぐったい。が、そこになんら特別な感情を抱くことはない。所詮しょせんは兄妹である。てか「私どっちもイケルる派」って話、兄ちゃん初めて聞いたんだけど。まあ、どうでもいいや。


「あ、やっべ。俺、自転車通学だし、行かなきゃなー」

「この役立たず。てか、どーせ兄貴、陰キャだもんね。二階堂先輩に話けられないもんね!」


 そんな愛莉の声を無視して俺は席を立ち、食器を流し台に運ぶ。俺は自転車通学、愛莉は電車通学のために、家を出る時間にラグが生じるのだ。ちなみになぜ愛莉だけが電車なのかと言えば、女の子だから両親が心配してのことだ。

 俺がいそいそとリビングを出ていく途中、愛莉は独り言のようにして呟いた。


「む~。最近、二階堂先輩と恋中先輩付き合ってるって噂があるし。どうなんだろ~」


 そんな愛莉を尻目に俺は思う。それだけは、ないと。なんたって恋中いろはという女は、超過激なアンチ恋愛主義者だからだ。

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