それは銃が悪いのか、銃を使う人間が悪いのかみたいな議論

 5時間目が過ぎ、6時間目が過ぎ、HRが終わり、放課後になった。

悠久の時を思わせるような長い長い授業時間であったが、終わりはじきに来る。そして俺は、新海を救う手立てを何ら思いつかないでいた。

……おかしい。ラノベやアニメの主人公ならここらで一発逆転劇を演じられる策を思いつくはずだ。だけど、なーんにも思いつかないの。自分でもびっくりしちゃう。

 だが仕方あるまい。ああいう主人公的なヤツらはなんだかんだ言って地頭が良いのだ。

 なんて考えながら俺は、HRが終わると速攻で鞄を手に取って教室の出入り口へと向かう。

 新海と合流するためだ。

 HR前に「これ無理じゃね?」という結論を恋中と共にはじき出し、今日も今日とてダンボーin新海で鮫島の魔の手から逃がすことにしたのだ。

 だが、教室を出る直前に恋中を見れば、花咲さんに右腕をガッチリ掴まれている。恋中は「ええ……」と顔を引きつらせ、花咲さんなんだか涙目になっているように思う。

 気にはなるが、今は新海だ。恋中はどうせ後で来る。

 そして続けて鮫島に視線を動かせば、彼女は今まさに席から立ち上がろうとしていた。両脇に蜂谷と蛸島が立っており、その様子はまるで、これから狩りに赴くべく玉座から立ち上がる王と、その時を待つ侍従。童貞狩りの王はそこにいた。

 俺は教室を出て、すぐ隣のG組の教室を覗く。もうHRは終わっていた。

予め新海には『HR後すぐに告白応援委員会の教室に行け』と連絡してあるが、それでも念のために覗いてみたものの新海は居なかった。どうやら、すでに教室へと向かったらしい。

 それを確認してから俺は足早に廊下を進み、特別蓮4階の最東端教室、告白成功愛好会にたどり着く。

 そして俺は、念のため周囲を確認してから戸を開ける。すると、

「だらしゃああああ! やっと来たな?!ああ?!」

「うっわ!なんだテメェ!」

「うるせぇぇぇぇ! いいから春樹くんを渡せよ! 私の下僕に春樹くんを守らせるからとっとと引き渡せや!」

 突然、眼前に飛び出してきたのは雛坂姫。興奮しているのか鼻息が荒く、捲くし立ててくる。おまけに俺の襟首をつかんでブンブンして来るが、いかんせん身長差のために上手くいっていない。

「あ? 新海?新海ならこの教室に——」

「居ねぇから聞いてんだよ! とっとと出せよ! このままじゃ鮫島に私の春樹くんが取られるから! そうなったら私メンヘラになるぞ! 春樹くんと鮫島を刺し殺して、ヒトカゲも殺す!」

「なんで俺も殺してんだよ!可笑しいだろ!」

「うっせぇ! 私は生きてやる! 生きて春樹くんのぶんまで幸せになるんだ!」

「それ殺したヤツのセリフじゃねえからな!」

 そしてちょっとの間、雛坂と言い問答をしていたとき、

「縁くん。なにしてるの?。こんなところで」

 ぽわぽわ温かい声がして、振り向いてみればそこには花がいた。綺麗な花だった。綺麗で可愛い花咲さんだった。教室の外に立っている花咲さんは、にっこりと微笑みかけてくれる。たぶん花咲さん、俺のこと好きだわ。

「花咲さん。なんか用か?」

「ん~……用っていうかちょっと面倒ごとっていうか。相談‥‥‥みたいな」

 花咲さんは「えへへ」とバツの悪そう笑う。

 するとそこで「日ノ陰くん」と声がして、花咲さんの後ろから、恋中がひょっこり姿を現す。

「……恋中もいるのか。てことは、花咲さんはお前が連れてきたのか?」

「んー……そうなるわね。取りあえず中に入れ貰えるかしら?」

 恋中は俺の返事を待たずして、花咲さんを押し込むような形で教室の中へと入ってくる。そのため、教室入ってすぐの場所で花咲さん・恋中・雛坂がエンカウント。花咲さんは小首を傾げ、雛坂はむすっとした顔をして、恋中は「あれ?」と声を出した。

「雛坂さん。なんでここにいるの?」

「なんでって……春樹くんを探しに来たの! 教室居なかったからここかと思ったけど居なかったし! ヒトカゲ!どこに隠してんの!」

「いや、だから俺は——」

「あら、新海くんこの教室に居ないのね。それはちょっとだけ都合がいいわ」

「ああ?恋中さん!テメェなんつった!」

「え、新海ってあの気持ちワルい人?! 嘘。思い出してだけで吐きが。やだ。嫌、あ、あ」

 突如、「うっぷ、うっぷ」し始めた花咲さんに、俺達は慌てふためき、花咲さんを椅子まで運ぶことになった。



 一旦いったん仕切しきなおし、俺と恋中こいなかはいつもの席へ座り、雛坂ひなさか花咲はなさきさんを横並びに椅子に座らせる。雛坂はソワソワしているし、花咲さんの顔は青い。


 俺はスマホを取り出し『どこにいる?』と新海しんかいにメッセージを飛ばそうとして‥‥‥そこで気が付いた。新海からメッセージが届いていたのだ。急いで開いてみれば、


『旧館 きゅう準備室にいる、たたすけにきてくれ』


 とある。なんでそんな場所にいるんじゃい、と思ってみたが新海の場所は把握できた。無事であるらしい。


 チラリ、と眼だけで正面を見る。

 正直、俺がいますぐ救援に行くのは難しいだろう。段ボールin新海をするには恋中という人手が必要だ。だが、その恋中は『野々花に泣きつかれたの。話を聞いてあげて』ときたもんだ。 

 

 さらに眼の前には雛坂ひなさかひめもいる。ここで俺が退出すれば、恐らく勘繰られてさらに状況はこじれるだろう。だから、とっとと花咲さんのお話とやらを聞いてあげた後、どうにかして雛坂もろともお引き取り願おう。新海の元を向かうのはそれからだ。


 そんな感じで算段を立てていると、恋中が「ほら」と花咲さんを促す素振りを見せた。


野々花ののか。日ノ陰くんにお願いしてみなよ」

「ちょっと! そんなことより春樹くんどこにいるのか教えてよ! じゃないとあの鮫島ってクソビッ――」

「雛坂ちょっと黙ってろ。いま新海にメールしたから、そのうちどこに居るかわかる。黙っててくれたら新海の居場所を教えてやる」

「うん! OK! わかった!大人しくしてるー。ずっと黙っとく!」


 ビックリするくらい聞き分けが良くなった雛坂だった。

 と、そこで花咲さんが指先をもじもじと動かし、意を決した顔を俺に向けてきた。


「あのね縁くん。実はし‥‥‥うっぷ、しんか……おえっ…‥‥新海くんのことだけど……うっぷ……どうにかして、私に近付かないようにお願い、して貰えるかな」

「あ? どういうこと? 新海の野郎が花咲さんになんかしたのか?」

「あ……縁くん。その名前を、……できるだけ出さないで。気持ち悪くて、気持ち悪くなって吐きそうになるから。あの気持ち悪い人を思い出しただけで」


 そこでドン! と音がして、口を一文字に引き結んだ雛坂が床にかかと落としを喰らわせていた。だが、黙っている。俺との約束をないものにはしたくないらしい。

 花咲さんが「おえおえ」言いながらも、説明を続ける。


「ほんとダメなの。あの気持ち悪い人、なんか知らないけど、後ろを振り返ったらそこにいるし。視線を感じてそっち見たら、私のこと見てるし気持ち悪い! しかもだよ縁くん!」


 くわっ、眼を見開く花咲さん。思わず怖気づいてしまうほどには目が開かれていた。


「ときどきG組の友達と話すために適当な椅子を借りてるんだけど、それがあの気持ち悪い人の椅子だったの! しかもそれを知った切っ掛けがね、友達と話し終えてH組に帰ったけど、言い忘れたことがあってもう一回G組に行ったら……」


 花咲さんは言葉を区切り、眼と潤ませた。


「あの気持ち悪い人! 私の座ってた椅子に頬ずりしてたんだよ!」


 花咲さんの声が教室に響き渡った。そして彼女は「うっぷ、うっぷ」とえづきつつ「どうにかしてよぉ。助けて、いろはちゃん、縁くん……」と言って指先で涙をぬぐった。

 が、雛坂に視線を移せば、彼女は笑顔で自分の太ももをつねっている。額に青筋らしきものが見えてあたり、限界も近いのだろう。

 まあ、この花咲さんの一件。この間のもんじゃ焼き事件がトラウマになっているのだと思う。その時のことをいの一番に思い出すのが新海春樹という存在。つまり新海はトリガーだ。ゲロトリガーだ。


「……事情はわかった。でも恋中。これどうしろっていうんだよ? アイツの気持ち悪さはもう才能だぞ?」

「そんなの分かってるわ。だからせめて、新海くんと交友がある日ノ陰くんの口から『野々花ののかに一生近づくな』って言ってもらえた――」


 と、そこで恋中は「あ」と声を発し、あくどそう笑みを浮かべ、


「新海くんを鮫島さんの餌食えじきにするのはどうかしら。そうすれば女の子慣れして、野々花も「うっぷ、うっぷ」な雰囲気も消えると思うけど」

「そっ、それは……」


 なんとびっくりな対処療法。毒薬変じて薬となるみたいな感じだろうか。いや、違う。


「ダメだろ」

「……そうよね」


 恋中は肩をすくめる。さすがに冗談のつもりだったのだろう。

 ところが、その提案を全力で受け入れ、全力で支持し始めるヤツが現れた。彼女は「……そうか」とポツリと呟き、ぬっと立ち上がった……花咲はなさき野々花ののかだ。

「そうだ。そもそもあの気持ち悪いのが、気持ち悪いからダメなんだ。女の子と話す姿がキョドってキモイ。キョドらないようにするに女の子に慣れさせる。でも私じゃダメ、吐いちゃうから。そうだ、鮫島さめじまさんだぁ!!」


 がばッ! と顔を上げる花咲さん。ギロリとした眼が髪と髪の隙間すきまから覗いた。


「あの気持ち悪いのを狙ってるって噂! よ~しっ! 捕まえて鮫島さんに突き出してやる!」


 花咲さんが壊れた。「あははは」と高らかに笑い、「うふふ」と唸り始める。

 そしてもう一人、壊れた。というか元から壊れている。


「あああん!? オイてめえ! 私の春樹くんを鮫島に渡すつもりか?! んなことしてみろ! 頭丸刈りにしてやっぞ!」


 我慢の限界だったのだろう。ついに雛坂が感情を爆発させる。

 だが花咲さんは「うふふふっ」と笑い、雛坂の額を指でちょーんと小突く。


「だ~めっ、あんな気持ち悪い人は駆逐くちくしまーす」


 言って花咲さんはスマホを取り出して電話をかけ、「もしも~し」と通話を始める。


「あ、私です。ファンクラブの皆に伝えてくれるかな~。し‥‥‥しんか……うっぷ……新海春樹って……おろろ……人を見つけて、私のところまで連れてきて。あ、ちゃんと生かして連れてきてね。うん……そう……よし行け」


 花咲さんはスマホをしまい、ニコニコ顔になる。そして俺は、そんな花咲さんの姿につい半笑いになってしまった。


「……花咲さん。なにその物騒な電――」

「あははははっっ! キモオタは死ねぇ!!」


 花咲さんがバっと駆け出し、そのまま教室から飛び出して行った。


「あ! くっそ! あの女! ――っちぃ! 春樹くんが‼」


 今度は雛坂がスマホを取り出し電話をかけ始める。そしてワンコールもせずに通話を始めた。とてつもなく、早い対応だ。


「遅い! てめえ何してやがった! ああん? アニメは1話で切るか3話で切るかの議論だぁ?! うっせぇ! 全話見てから言えや! じゃなくてレッドアラート! 新海春樹くんを捜索して保護しろ‼ 以上!」


 そして雛坂は俺をキッと睨みつけてから、


「ヒトカゲ! メールあったら私に教えること! わかったな!」


 言ってそのまま駆け出し、教室を飛び出して行った。

 教室には俺と恋中が取り残され、――シンと静まり返り、静寂せいじゃくが訪れる。

 俺は天井を見上げ、まぶたを閉じる。そして深く息を吐いた。


 ……これは、もう無理かもしれない。鮫島に加え、雛坂と花咲さんが追手となれば、新海はじき見つかってしまうだろう。なれば、色々あって新海はオトナの階段を上ることになり、晴れて純潔じゅんけつを失う。しかし、新海も童貞じゃなくなるのか。脱童貞。あいつが非童貞……え?


 俺の目がヌッと開いた。


 ……まて。まてまて。アイツが非童貞になっちまったら、何だかんだ言って上から目線で「おいおい、日ノ陰まだ童貞なのか?」なんて煽ってくるんじゃね?

 今まで彼女がいなかった奴が、彼女できた途端とたん「おいおい、早く彼女作れよ」みたいにドヤ顔する現象を、新海の野郎が俺にしてくんの?

 え? 嘘嘘。あの新海に?  俺と同じ童貞だったはずの新海に? 俺が小馬鹿にされんの? それは……俺、許せるの? 俺は……俺は……。

 俺は一気に席から立ちあがる。


「なんてこった! 新海、いま助けに行くぜ! 着いて来い恋中! ヤツは旧準備室だ!」


 俺は、恋中の返事を待たずに教室を飛び出した。「ちょ、ちょっと日ノ陰!」と後ろから聞こえてきたがそのまま疾走する。


 待ってろ新海、ぜってお前の貞操ていそうを守ってやる!

 

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