これが童帝力だ
そして向かえた日曜日。
俺が休日に外出することを家族から珍しがられながら家を出て、一路、
そうこうしていると船乃橋駅に到着する。電車を降りて改札を抜け、東口に降り立った。そのままテクテクと歩いて行き、『桃の木』なるモニュメントの前に立つ。
周囲には俺と同じように待ち合わせをしているのか、私服姿の人間が目立つ。恐らくここにいる人間の大半は、俺と同じくショッピングモールへと向かうのだろう。県下有数の規模を誇り、かつ、駅近くから無料シャトルバスが出ているためなおさらだ。
と、そこで。視界にある人物を見つけた。
なにやらゴスロリ系の服を身に纏い、
ふと視線を腕時計に落とせば、時刻は午前十一時過ぎ。ふむ、彼女は遅刻だ。だが、これは予定通り。
「―――ごめん、待った?」
その声に顔を上げれば、ヤツはいた。
髪をポニーテールにまとめ上げていることもあり、スラっと長い首筋が強調されている。
白のトップスに、ブルーのスカート。
俺は恋中の服装を見て「さすがリア充」なんて思ってしまった。もう、立ち姿と服装からして陽キャ感が半端ない。完全に服を着こなしているのだ。
ちなみに俺はストライプシャツの上にネイビーのニット。黒のスキニーとローファー靴。「うっわ、マジ陰キャ」などと言われないであろう最低ラインだ。たぶん。
俺は気を取り直し、用意してきた言葉を恋中にかける。
「イヤイヤ、ゼンゼン待ってないヨー。その服にニアッテルナー」
「ありがと。ごめんね、ちょっと準備に時間かかっちゃった」
「ゼンゼン、キニスルナ。ハハハ」
「ふふっ」
「「……」」
俺と恋中は顔を見合わせ、お互いに苦笑いを浮かべる。まったく、なぜこんなセリフが必要なのか理解できない。
数日前の打ち合わせの際、恋中が今まで陽キャから見聞きした『デートにありがちなセリフと、その状況』をいま実践しているのだ。だがマネしているだけで、なぜこんなセリフが必要なのかは知らん。
「なあ、恋中。いまのセリフなんの意味があるんだ?『待った?』って聞かれたら正直に『待った』って言うべきだと思うぞ」
「そんなの私に聞かないでよ。それに、女の子同士で服を褒め合うのは分かるけど、なんで異性から褒められてお礼を言うのかさっぱり分からない。服って自分が可愛くなるためものでしょ?……それより
恋中は俺をジッと見てくる。
「デートは男がリードするものらしいけど……日ノ陰そういうこと、できるの?」
心配そうな顔をする恋中。だが、まあ、そうだろう。いくら知識や事前情報があるとは言え、それが実践できかどうかは別。知識と実践とはそういうものだ。知識を蓄えただけの童貞にデートなんぞできるわけがない。だからこそ、恋中は心配そうな顔を俺に向けてきたのであろう。
だが、俺はそこら童貞とはわけがとは違う。
「恋中。俺が童帝だってこと……忘れたのか?」
ふっ、と笑ってやると、恋中は「はぁ?」みたいな顔をしてきた。まあ意味わからんわな。
「そもそもだ、恋中。非モテがなぜ非モテなのか。なぜ彼女ができないのかわかるか?」
「顔?」
「顔の話は止めろ。でだ。非モテが非モテなのは、それはそいつが非モテだからだ。言ってしまえばモテるヤツの対極的な立場にいるということだ。光があれば闇がある、表があれば裏がある、白があれば黒がある。つまり、対局にいるからこそ反対側の事も手にとるようにわかる」
「……日ノ陰、今日帰ったほうがいいんじゃない? なに言ってるのかわらないんだけど」
「だろうな。でも大丈夫。そう、例えばだ。例えば、これから俺達はショッピングモールに向かうために、ちょこっと道を歩いてシャトルバスの停留所に向かうな?」
すると恋中は「そうね」と言って、駅から離れた場所にあるバス停に目を向けた。
かのショッピングモールに向かうシャトルバスは、駅のロータリーから出発するわけではなく、駅前の道路から出発することになっている。そのため、今いる『桃の木』のモニュメント前から離れ、歩道を歩いてシャトルバスの停留所に向かう必要がある。
「それで、俺がデートで女の子と連れ立って歩くなら、てか誰かと一緒に道を歩くなら、俺は間違いなくソイツを車道側に立たせるだろう。車とか突っ込んできたときに自分だけは助かりたい。なんたって俺は自分の命が惜しいからな」
俺の言葉に「うわ……」という顔をする恋中。ガチな軽蔑の色がこもっていた。
「でだ。恋中、俺は非モテだ。非モテというのは、その存在が非モテだ。その
俺は右手を伸ばし、恋中の左手をガッと掴んだ。そしてそのまま、恋中を引き連れるようにして歩き出せば、「ちょ、ちょっと日ノ陰」と言いながら彼女は着いてくる。
俺は恋中の左手を目線の高さまで持ち上げた。
「例えばこの手のつなぎ方。俺はなんてつなぎ方か知らないが、すんげぇ指先が絡んでるな」
「え、ええ。そうね……。でもこれがなんだって言う――」
「聞け、恋中。これも言ってしまえば、非モテの逆をゆく手のつなぎ方だ。普通、童貞や非モテが女の子と手を繋ぐとすれば……そもそも手なんて握ら、ない!」
俺はぶん! と恋中の左手を放り投げる。
簡単な話だ。童貞は、女子の手など怖くて握ることなどできない。手汗、
つまり、手を握らないという選択の真逆の選択、肌の接地面積が一番大きい手の握り方こそが、世間一般的に正しい選択になる。だからこそ、やたら指先を絡める手のつなぎ方をしたのだ。
すると恋中の顔が、ふるふると震え始める。
「そ、そんな。たしかに、恋人同士は指を絡めて手を握ると、恋人持ちの子から聞いたことがあるけど……それを日ノに教えてない。なのに、なのにわかるなんて」
「そうだ。これが童帝だけに許された能力。その名も
そう言ってやると、今回の恋中は「ダサい」とか言わずに俺の話を聞いてくれた。うん、今回はダサいと思うだけどなこのネーミング。ちなみにビッグ・クランチはビッグ・バンの真逆を指す言葉だ。宇宙の終焉の事を言うらしい。
と、そこで俺は更にたたみかける。
「さらにだ、恋中。さっきの話に戻るが、いま俺達は、車道側を恋中が歩いて、歩道側を俺が歩いているな。宣言通りに」
「そ、そうね。たしかに私は車道側を……ま、まさか日ノ陰。あなた……」
「ああ、そのまさかだ。この俺の行動も非モテのそれだ。そして。この真逆の行動とはつまり!」
俺は大きく足を踏み出し、左手を伸ばして恋中の右手を掴むと、一回転するようにして車道側に移動した。まるでワルツのステップを思わせる、美しい足運びだった。
俺が車道側を歩き、恋中が歩道側を歩く。そして恋中と繋いだ手はナメクジの交尾みたく絡みあっている。
「……どうだ恋中。これが正解なんだろ。男は車道側を歩くという行為が正解なんだろ。理由は分からねえが……そうなんだろ恋中?!」
問い詰めるように恋中を見れば、彼女はワナワナと震え出す。
「な、なんてことなのかしら。確かに『彼氏は車道側を歩いて欲しい』と友達が言っていたけど、それを私は、日ノ陰に教えて……ない」
恋中は信じられないモノを見たという目になった。
「これが……これが、童帝の力だというの」
「ああ、そうさ。 リードは俺がしてやる、だから、ちゃんとリードされろ」
そう、妄想はいつも俺を助けてくれる。童帝が誇るはその類まれなる空想力と妄想力。経験すら
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