これが童帝力だ

 そして向かえた日曜日。

 俺が休日に外出することを家族から珍しがられながら家を出て、一路、船乃橋ふなのばし駅を目指す。最寄り駅からは乗り換えを含めて数駅。そう遠い距離はない。

 深津中央線ふかつちゅうおうせん、言わば深津市の主要公共交通機関であり、JRと並びなにかとお世話になることが多い。また、船乃橋駅のある線路沿いにはイベント施設が密集していることもあり、休日であれば電車な内が混雑するのは必至だ。

 そうこうしていると船乃橋駅に到着する。電車を降りて改札を抜け、東口に降り立った。そのままテクテクと歩いて行き、『桃の木』なるモニュメントの前に立つ。


 周囲には俺と同じように待ち合わせをしているのか、私服姿の人間が目立つ。恐らくここにいる人間の大半は、俺と同じくショッピングモールへと向かうのだろう。県下有数の規模を誇り、かつ、駅近くから無料シャトルバスが出ているためなおさらだ。

 と、そこで。視界にある人物を見つけた。


 雛坂ひなさかひめ

 なにやらゴスロリ系の服を身に纏い、街路樹がいろじゅの影からコチラを見ている。今日一日、俺は彼女に監視され続けることになる。デートのお手本を見せるために。

 ふと視線を腕時計に落とせば、時刻は午前十一時過ぎ。ふむ、彼女は遅刻だ。だが、これは予定通り。


「―――ごめん、待った?」


 その声に顔を上げれば、ヤツはいた。

 髪をポニーテールにまとめ上げていることもあり、スラっと長い首筋が強調されている。

 白のトップスに、ブルーのスカート。織羽はおったったアウターのロングシャツが大人っぽい落ち着きを与え、足下のスリング・バック・シューズがすらっとした脚を印象付けてくる。

 恋中こいなかいろは。今日の待ち合わせ相手。

 俺は恋中の服装を見て「さすがリア充」なんて思ってしまった。もう、立ち姿と服装からして陽キャ感が半端ない。完全に服を着こなしているのだ。


 ちなみに俺はストライプシャツの上にネイビーのニット。黒のスキニーとローファー靴。「うっわ、マジ陰キャ」などと言われないであろう最低ラインだ。たぶん。

 俺は気を取り直し、用意してきた言葉を恋中にかける。


「イヤイヤ、ゼンゼン待ってないヨー。その服にニアッテルナー」

「ありがと。ごめんね、ちょっと準備に時間かかっちゃった」

「ゼンゼン、キニスルナ。ハハハ」

「ふふっ」

「「……」」


 俺と恋中は顔を見合わせ、お互いに苦笑いを浮かべる。まったく、なぜこんなセリフが必要なのか理解できない。

 数日前の打ち合わせの際、恋中が今まで陽キャから見聞きした『デートにありがちなセリフと、その状況』をいま実践しているのだ。だがマネしているだけで、なぜこんなセリフが必要なのかは知らん。


「なあ、恋中。いまのセリフなんの意味があるんだ?『待った?』って聞かれたら正直に『待った』って言うべきだと思うぞ」

「そんなの私に聞かないでよ。それに、女の子同士で服を褒め合うのは分かるけど、なんで異性から褒められてお礼を言うのかさっぱり分からない。服って自分が可愛くなるためものでしょ?……それより日ノ陰ひのかげ


 恋中は俺をジッと見てくる。


「デートは男がリードするものらしいけど……日ノ陰そういうこと、できるの?」


 心配そうな顔をする恋中。だが、まあ、そうだろう。いくら知識や事前情報があるとは言え、それが実践できかどうかは別。知識と実践とはそういうものだ。知識を蓄えただけの童貞にデートなんぞできるわけがない。だからこそ、恋中は心配そうな顔を俺に向けてきたのであろう。

 だが、俺はそこら童貞とはわけがとは違う。


「恋中。俺が童帝だってこと……忘れたのか?」


 ふっ、と笑ってやると、恋中は「はぁ?」みたいな顔をしてきた。まあ意味わからんわな。


「そもそもだ、恋中。非モテがなぜ非モテなのか。なぜ彼女ができないのかわかるか?」

「顔?」

「顔の話は止めろ。でだ。非モテが非モテなのは、それはそいつが非モテだからだ。言ってしまえばモテるヤツの対極的な立場にいるということだ。光があれば闇がある、表があれば裏がある、白があれば黒がある。つまり、対局にいるからこそ反対側の事も手にとるようにわかる」

「……日ノ陰、今日帰ったほうがいいんじゃない? なに言ってるのかわらないんだけど」

「だろうな。でも大丈夫。そう、例えばだ。例えば、これから俺達はショッピングモールに向かうために、ちょこっと道を歩いてシャトルバスの停留所に向かうな?」


 すると恋中は「そうね」と言って、駅から離れた場所にあるバス停に目を向けた。

 かのショッピングモールに向かうシャトルバスは、駅のロータリーから出発するわけではなく、駅前の道路から出発することになっている。そのため、今いる『桃の木』のモニュメント前から離れ、歩道を歩いてシャトルバスの停留所に向かう必要がある。


「それで、俺がデートで女の子と連れ立って歩くなら、てか誰かと一緒に道を歩くなら、俺は間違いなくソイツを車道側に立たせるだろう。車とか突っ込んできたときに自分だけは助かりたい。なんたって俺は自分の命が惜しいからな」


 俺の言葉に「うわ……」という顔をする恋中。ガチな軽蔑の色がこもっていた。


「でだ。恋中、俺は非モテだ。非モテというのは、その存在が非モテだ。その一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが非モテだ。だから、その真逆を考える。つまり、俺が普段から女の子に対してとる行動と、全く真逆の行動こそが、モテる人間・彼女持ちが常日頃から女の子に対してとっている行動になる……つまり!」


 俺は右手を伸ばし、恋中の左手をガッと掴んだ。そしてそのまま、恋中を引き連れるようにして歩き出せば、「ちょ、ちょっと日ノ陰」と言いながら彼女は着いてくる。

 俺は恋中の左手を目線の高さまで持ち上げた。


「例えばこの手のつなぎ方。俺はなんてつなぎ方か知らないが、すんげぇ指先が絡んでるな」

「え、ええ。そうね……。でもこれがなんだって言う――」

「聞け、恋中。これも言ってしまえば、非モテの逆をゆく手のつなぎ方だ。普通、童貞や非モテが女の子と手を繋ぐとすれば……そもそも手なんて握ら、ない!」


 俺はぶん! と恋中の左手を放り投げる。

 簡単な話だ。童貞は、女子の手など怖くて握ることなどできない。手汗、汗腺かんせん、体温、握力、指圧度数、その他諸々もろもろ気にしてしまい、というか「そもそも手なんて握っていいわけねぇだろ」とか考えてしまい何もできないのが童貞である。だからこそ非モテなのだ。


 つまり、手を握らないという選択の真逆の選択、肌の接地面積が一番大きい手の握り方こそが、世間一般的に正しい選択になる。だからこそ、やたら指先を絡める手のつなぎ方をしたのだ。

 すると恋中の顔が、ふるふると震え始める。


「そ、そんな。たしかに、恋人同士は指を絡めて手を握ると、恋人持ちの子から聞いたことがあるけど……それを日ノに教えてない。なのに、なのにわかるなんて」

「そうだ。これが童帝だけに許された能力。その名も妄想減速装置ビッグ・クランチ)だ」


 そう言ってやると、今回の恋中は「ダサい」とか言わずに俺の話を聞いてくれた。うん、今回はダサいと思うだけどなこのネーミング。ちなみにビッグ・クランチはビッグ・バンの真逆を指す言葉だ。宇宙の終焉の事を言うらしい。

 と、そこで俺は更にたたみかける。


「さらにだ、恋中。さっきの話に戻るが、いま俺達は、車道側を恋中が歩いて、歩道側を俺が歩いているな。宣言通りに」

「そ、そうね。たしかに私は車道側を……ま、まさか日ノ陰。あなた……」

「ああ、そのまさかだ。この俺の行動も非モテのそれだ。そして。この真逆の行動とはつまり!」


 俺は大きく足を踏み出し、左手を伸ばして恋中の右手を掴むと、一回転するようにして車道側に移動した。まるでワルツのステップを思わせる、美しい足運びだった。

 俺が車道側を歩き、恋中が歩道側を歩く。そして恋中と繋いだ手はナメクジの交尾みたく絡みあっている。


「……どうだ恋中。これが正解なんだろ。男は車道側を歩くという行為が正解なんだろ。理由は分からねえが……そうなんだろ恋中?!」


 問い詰めるように恋中を見れば、彼女はワナワナと震え出す。


「な、なんてことなのかしら。確かに『彼氏は車道側を歩いて欲しい』と友達が言っていたけど、それを私は、日ノ陰に教えて……ない」


 恋中は信じられないモノを見たという目になった。


「これが……これが、童帝の力だというの」

「ああ、そうさ。 リードは俺がしてやる、だから、ちゃんとリードされろ」


 そう、妄想はいつも俺を助けてくれる。童帝が誇るはその類まれなる空想力と妄想力。経験すら凌駕りょうがし、天啓てんけいじみた答えを導き出す。これが童帝力だ。

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