プリクラってデートで撮るものなの?

「つまりだ雛坂ひなさか。デートってのは男のリードで始まる。男と女はリードとフォローの関係なんだ。だから男に全部まかせとけ。それで大丈夫」


 俺が眼の前にいる雛坂を見ると、彼女は「ふむふむ」と頷きメモを取る。


「つまり春樹はるきくんがリードしてくれるってことね! わかった! なんでリードされるのか全然わからないけど、わかったことにする!」

「そうだ。意味がわらなくても大丈夫。これがデートだから」


 と、そこで恋中をチラ見すれば、彼女はしたり顔をしてウンウン頷いている。全く、なにもわかってはいないだろうに。


 いま、俺と恋中こいなか、雛坂がいるのはショッピングモールのインフォメーション前。

 あの後、シャトルバスに揺られ20分ほどでショッピングモールに到着。入ってすぐの場所で、後方から着いてきていた雛坂に呼び止められたのだ。なんでも『男が歩道側を歩く理由』を知りたかったらしい。ま、俺も恋中も理由なんて知るわけねーので、テキトーにお茶を濁しておいた。

 すると雛坂は走らせていたペンを止め、メモ帳から顔を上げる。


「でさ、これからなにをするの? こういう場所にきたらなにをすればいいの?」

「あん? あー……そうだな。これからか……。デートだから――」

「――雛坂さん。そんなことを知らないの?」


 俺の言葉を引き継ぐにようにして「ふふん」と笑う恋中。その顔はなぜだか勝ち誇っていた。


「いい雛坂さん? デートと言えば…………プリクラよ」

「え、プリクラ? プリクラってデートで撮るものなの? 私、部活の下僕共としかったことないよ。なんか意味があるの?」

「大アリよ。いい? 雛坂さん。デートでのプリクラには大きなメリットがあるの。思い出作りという理由もあるけどそれ以上に、プリクラなんてのは恋人同士らしいことの代名詞。だから『ああ、私たち、恋人なのね』と悦に浸ることができて、さらに仲が深まるというわけ」

「な、なんですって~。デートでのプリクラってそんな意味があるんだ! 目から鱗~!」


「ほへー」と感心する雛坂に、「そうじゃろ」と自慢げな顔をする恋中。

 たしかに、恋中の言うことには一理ある。「恋人らしいこと」を行うことによって、「お互いが恋人同士である」という自覚をより強固なものにする。ま、言ってしまえばアレだ、好きでい続けるための努力ってやつだ。知らんけど。

 しかし恋中のヤツ。自慢げな顔をしているが、周囲にいる恋人持ちから聞いた話を雛坂に伝えているだけだ。まったく恋中は偉くない。


「んじゃ、プリクラ撮りに行こうぜ! レッツゴー!」


 言って雛坂がルンルンと歩き出してしまったので、俺と恋中は後に続く形でショッピングモールの中を進む。


 休日ということもあってか、モール内はでにぎわっている。

 それに、今いるエリアは若者向けの店が多いためにか、カップルらしき男女とよくすれ違う。うふふと笑い、あははと微笑み、楽しそうにデートをしていうる。その点、対照的に俺達がしているのはデート、の練習。


 が、そのうち景色が変わってきて、UFOキャッチャーやコインゲームが入るフロアに到着した。そのまま奥へ奥へと進んで行けば、ギュインギュイン、ガガガガガッッという電子音が鳴り響き、アーケード型対戦ゲームが多いエリアであることを知る。

 このあたりの客層は大人しいらしく、深津市凩山こがらしやまモンキーパークのお猿さんのように奇声を上げる人間は誰ひとりとしていない。てか、そんなことをするのは南深津みなみふかつにあるゲーセンにいる連中だけ。奴等はフツーに台パンやらシャゲダンしてくる。


「よ~しッ! じゃあプリクラ撮るぞー! デートでのプリクラの取り方教えてー!」


 眼の前を歩いていた雛坂が、クルっとターンしてこちらに向き直る。いつの間にやらプリクラ機が入るエリアまでやってきたらしい。


「それじゃ雛坂さん一緒にプリクラ撮ろうか。あと日ノ陰ひのかげくんも」


 恋中に眼を移せば、彼女はプリクラ機の外に設置されたパネルをピコパコと操作している。どうやらカメラ設定的なものをしているらしいが、よく分からん。

 恋中と雛坂は共にプリクラ機へと入って行き、俺もその後に続く。


 しかし、プリクラか。撮ったことがない。それにスマホで撮った写真を加工できるアプリは五万とあるし、それをTwitterやInstagramに上げる人間も多い。そう考えると恋人持ちのリア充はプリクラになにを求めているのか、わりかし謎である。


 暖簾みたく垂れ下がる分厚いシートを潜り、中に入る。すると部屋用の照明みたいなのが数個壁に設置されていた。恐らく撮影用照明なのだろう。そして全面の壁は真っ白なのは、レフ版みたいな役割を果たしているらしい。

 そうこうしていると、「よーし、んじゃあ撮るよー!」なんて声がして、見れば雛坂、カメラレンズに向かってピースサインを繰り出している。なんだか撮りなれているご様子である。

 そして雛坂の隣にいる恋中に眼を移せば、彼女は右手で頬を引っ張り「いー」という顔をしている。恋中は恋愛偏差値5の女であるものの、顔面偏差値は80くらいのリア充女。男女の友人と遊んだ経験が多いのであれば、場慣れしているのも頷ける。


 と、その瞬間「いっくよ~」という電子音じみた掛け声がして「3……2……1」とカウントダウンが始まり「カシャリ」と音がした。……なにこれ。


「ちょっとヒトカゲ! なんで突っ立ったまままの! ウチの下僕でももっとまともなポーズとるんだけど!」

「え、え、え。なになに。俺なんか変なことしたか?」


 見れば雛坂、前にあるモニターを指さし激怒している。そのモニターに眼を向ければ、可愛らしいポーズをとる恋中と雛坂。そして棒立ちの俺が表示されていた。

 隣にいた恋中もあきれ顔を向けてくる。


「日ノ陰くん、もう少しまともなポーズ取とりなさいよ。プリクラ、撮ったことないの?」

「いや、どうやったら撮る機会に出会うんだよ。普通に生きてたらそんな機会ねーだろ」

「……あなた、本当にそういう方面にうといのね。まあいいわ。とにかく、証明写真と同じ……でもないけど、原理は同じよ。気楽にポーズ取りなさい」


 恋中が説明してくれたので俺は「なるほど」と頷く。へー、プリクラって証明写真なのか。なら簡単だな。

 それからしばらくの後、再びカウントダウンが始まったので、俺は背筋をスッと伸ばし、えりを正し、顎を引き、カメラを見据える。そして最後に……腰を落とした。


 カシャリと音がすれば、眼の前にあるモニターには可愛らしいポーズの恋中と雛坂、そして空気椅子をしている俺がいた。眼が全く笑っておらず、50社落ちた就活生のような目をしている。これぞ証明写真だった。


「だからヒトカゲ!! おかしいだろ! なんで空気椅子してんだテメェ!」

「え? 違うのか。プリクラって証明写真みたいなもんなんだろ? てかなんでプリクラって椅子がないの?」

「証明写真!? 椅子ぅ!? なに言ってんのか意味わかんない! てか、そうじゃなくて!」


 雛坂は、ふんふんと頭を振る。


「デートっぽいプリクラの撮り方、恋中さん教えてよ! 私、あの下僕の男の子と写真を撮ったことないからわかんないの!」


 恋中を見上げる雛坂。その眼には尊敬のような眼差しが含まれているように思えた。恐らく、雛坂も「恋中は恋愛マスター」という噂を信じているのだろう。

 すると恋中は顎に手を当て、横目で俺をジッと見て来る。その眼は、ややうれいをびているように思えた。というか単純に嫌そうだった。


「…‥‥なに」

「いえ、恋人とかデートっぽいプリって結構恥ずかしいポーズが多いじゃない。日ノ陰くん、そのあたり大丈夫?」

「多いじゃないって……大丈夫だろ。……たぶん。てか、なんか問題でもあんの?」

「ほら……私って、とっても美人さんじゃない。だから、好きになっちゃないか心配で」


 おっと、ぶん殴ってやろうかと思った。自分で自分のこと可愛いと思っている女は多々いると聞いてはいたが、自分で自分を美人さんだと言う女がいるとは驚きだ。


「へっ、ねーから。俺、恋中のこと性的な目でしか見てないから。むしろ身体にしか興味ない」

「ええぇ…‥ヒトカゲ、恋中さん。あんたらってどういう関係なの。私、怖いよ」


 俺達の会話を聞いていたであろう雛坂が「ええぇ……」という顔をする。わりとガチで引かれているらしい。

 と、そこで「いっくよ~」と声がしてカウントダウンが始まり、恋中と共に撮影体勢に入る。

 しかし、恥ずかしいポーズとはいったいどんなもので――なんて考えていた、その瞬間。

 ガバっと! 俺の右腕に恋中が抱き着いてきた。


「ちょおおおおおおっ! その芳醇ほうじゅんな乳に負けて危うく好きになっちゃうだろうが!」

「は? 恋愛感情なんて信じてないんでしょ? それにこんな普通よ。カップルとか付き合う直前の2人組なら、腕に抱き着くらいはフツー……のはずよ」

「え……世の中の男と女ってそんなことしてんの? 付き合う前から、腕とか抱き着いちゃうわけ? この国の貞操観念ていそうかんねんぶっ壊れてんじゃねえの?」


 だが、右腕に感じる柔らかな感触と、鼻先をくすぐるサボンの香りに、危うく俺の貞操観念が瓦解がかいしそうになった。


 そして「カシャッ」という音がしてシャッターが切られる。モニターには俺の右腕に抱き着いている恋中、端っこの方で「なーるほど」という顔をしている雛坂が映し出される。そして俺はと言えば、右腕の感触が気になって仕方なかったのだ。視線が恋中の乳に向いていた。

 だがそれは無理もない。なぜ山に登るのかと言えば、そこに山があるから。なぜ乳を見るのかと言えば、そこに乳があるから。むしろ見ないと失礼だろ。乳に。

 すると雛坂が「おっけー! わかった!」と声を発する。


「な~るほど! よくわかった! なんで身体を密着される必要があるのか全然だけど、よくわかった! んじゃあ、私の崖っぷちおっぱいを春樹くんに押し当ててみるね!」


 そして雛坂は「うっし!」と言って、俺の左側に素早く周り込んで来た。つまり俺は、恋中と雛坂に挟まれる形となる。


「……なにしてんのおまえ」

「ヒトカゲ。あんたでいいや、春樹くんのときに失敗したくないから、練習相手になりな!」


 瞬間、ガバっ! と俺の左腕に抱き着く雛坂。火サスを思わせる崖乳が押し当てられる。


「ちょおおおおッッ! うっかり好きになってニーソに乗っかった肉を思わず摘まんじまったらどうすんだ!」

「はあ? ニーソ? そんなことばっか考えての? あーあーあーあー、ここに変態がいまーす。ぶっ殺してくださーい!」


 なんてやり取りをしている間に「カシャ」という音が鳴り、モニターに表示された写真の出来は酷いものだった。なぜなら俺の顔は驚いた顔を通り超し、白目になるギリギリ直前の、アへ顔になっていた。


 プリクラ……童貞にはハードルが高すぎんだろ。

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