恋中いろははなんだかんだ言っても陽キャ

「私の名前は雛坂ひなさかひめ。2年I組、TRPG研究会所属。部員には姫と呼ばれているの」

「私の名前は恋中こいなかいろは。2年H組、告白応援委員会所属。で、そっちにいるのが日ノ陰ひのかげえにし


 恋中がついでに俺のことも紹介してくれたので、俺は「よろしく」と一言だけ言って、眼の前に座る雛坂を眺める。

 俺と恋中はいつもの場所に座り、雛坂は俺たちの正面にある椅子に腰を下ろしている。

 雛坂はブスっとした顔をして、やや身体をねじって椅子に座っていた。おそらく、先の一件のためにバツが悪いのだろう。


 あの廊下での一件、雛坂が言うには「TRPGのヤツらが私の後を着いてきたのかと思ったの。私、あの部活でたった一人の女の子だから大切にされてるの」とのこと。つまり俺を、TRPGの男部員だと勘違いしたのが、事の始まりらしい。

 まあ、簡単に言えば雛坂という女は、オタサーの姫、という奴なのだろう。


 以前、昼休みにアニメの話で盛り上がる紅一点の集団を見かけたことがあったが、あれがこの雛坂勢力だったのかもしれない。ただ、その様は凄まじく「てめえら姫を守るナイトなの?」ってレベルで女を警護けいごしていた。


 と、そこで恋中がいつもの感じで雛坂に質問する。雛坂で三人目の依頼者ということもあってか、どことなく手馴れた感じがある。そう、手馴れている……はずだった。


「それで、雛坂さん。なにか用事があってここに来たのでしょう?」

「あ、うん。そうだった。私って新海しんかい春樹はるきくんのことが好きで、だから春樹くん付き合っていて、それで春樹くんとそろそろデートに行こうかと――」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って」


 恋中は右手を突き出し雛坂の言葉を遮る。そしていぶかし気な目を俺に向けてきた。

 まあ、その気持ちはわかる。俺だって椅子から落ちそうになってしまった。だけど、ちょっと落ち着こう。一応、同性同名の別人という可能性もある。

 俺と恋中はこくりと頷き合った。


「なあ雛坂。春樹って、あの新海春樹だよな。サムライヘアの」

「うん、そうだよ。むしろ新海春樹って名前の人、他にいないでしょ」

「あの気持ち悪い新海春樹くんかしら?」

「うん、そうだよ。あの気持ちワ――ああっ?! 気持ち悪かねぇかよ!!」


 雛坂は声を荒げ、ヘドバンのように姫カットの髪をブンブン前後させる。

 だが俺と恋中は顔を見合わせ、再び頷き合う。正直、信じられない。

 今度は恋中が、雛坂が落ち着いたのを見計らい質問を繰り出す。


「あの、雛坂さん。もう一度聞かせて欲しいのだけど、新海くんと付き合っているというのは……本当なのかしら」

「だから、 付き合ってるの。私たち幼馴染で小学生の頃から遊んでいて、でもでも中学で別々になって疎遠になったけど私の恋心は消えないで、でもでも高校生なったら偶然に再開して……それで付き合うことにしたの」

「……なあ雛坂。カップルってのは「付き合いましょう」って言葉があって、それを相手に了承して貰えたら付き合うもんなんだぞ? その辺りの話を新海としたのか?」

「なんで? だって私、春樹くんの彼女だよ? そもそも春樹くんと私の間にそんなものは必要ないだよ。だからお願い、今度春樹くんと初デートするから、デートやり方を教えてくれないかな? それがここに来た理由だよ?」

「……」


 つい黙り込み、恋中を見た。すると恋中も俺を見てきたので、二人して黙りこくる。

 同時に、恋中の眼が恐怖の色に染まっていることに気が付く。まあ、無理もない。だって雛坂、たぶんヤバイやつだもん。


 そもそも新海の野郎に彼女がいるだの、そんな話を聞いたことがない。不本意ながらヤツとそれなりに親しい俺が言うのだから間違いない。が、雛坂の中では新海と付き合っていることになっているらしい。そして雛坂がここを訪れた理由は「初めての春樹くんとのデート♪ でもでも私、デートとかしたことないからやり方教えてー」ということらしい。まったく意味がわからない。

 俺は意を決し、恋中に提案する。


「なあ、恋中。世の中には関わっちゃいけない頭おかしい奴がいると思うんだ。その筆頭ひっとうが雛坂だと思うんだ。新海の野郎はどうでもいいけど、俺は単純にこの女が怖いと思うんだ」

「おおん?!  聞こえとるぞおい!!」


 ギロリとにらんでくる雛坂。血走った眼と姫カットが相まって呪いの人形みたいだ。怖い。

 ところが恋中は、顎に手を当て雛坂をジッと見つめていた。


「ねえ雛坂さん。ここに来たのは誰かの紹介?」

「ん? 別にー。この教室のこと、噂で聞いただけだけど?」


 すると恋中は思案する素振りを見せたあと、俺に向かって『日ノ陰。できれば関わりたい。出雲先生経由じゃない初めての依頼だし』と、耳打ちをしてくる。続け様に『評判にもつながる』と付け加えて。……なるほど。


 そもそも、告白応援委員会は「私、愛のキューピット」てな感じで人様の恋愛を手伝う組織。が、その実態は「恋中の人気を高めるために、多くの人間に恩を売る」という組織。

 現在、ここを訪れた人間は鬼武おにたけ、新海の二人。

 そしてこの二人、やつらの話を聞く分には出雲先生からの紹介だし、なんなら俺か恋中の身内だ。だが、眼の前にいる雛坂の話を聞く分には出雲先生経由ではなく、誰からの紹介もなくここを訪れた人間。だからこそ、こういった人間に対してこそ恩を売るべきだし、雛坂が「あの組織役立つよー」と周囲に宣伝してくれたら万々歳。より多くの人がここを訪れ、結果、恋愛賛美の風潮をぶっ壊すという目標に近付くのだ。

 ならば、これは戦略的に見ても進んで関わっていくべきなのだろう。


 俺は返事の代わりにコクリと頷き、恋中の意見に了承した。すると恋中は「わかった」と雛坂に返事を返す。


「雛坂さん。どこまで力になれるか分からないけど、お手伝いさせてもらうわ」

「受けてくれるんだ! ありがとう! よろしくねー」


 そしてニコニコ笑い合う恋中と雛坂。俺も満足気に笑みを浮かべておいた。まあ、意味はない。

 するとそこで、雛坂が仕切り直すようにして椅子に座り直す。


「でさ、さっそく教えて欲しいんだけど、デートってなにをすればいいのかな?」

「デートなぁ。……つっても、こういうのって教え教えられるもんなのか?」

「たしかに。そもそもデートのやり方を教えるって、なにをどうすれば教えればいいのかしら」


 場繋ぎのつもりで言った俺の言葉に同調し、腕を組んで「うーん」と悩む恋中。

 すると雛坂が「ん?」を疑問形の言葉を発する。


「でもでも恋中さんってモテるんでしょ? ならデートの一つや二つくらい……あっ! そーだ! いいこと思い付いた!」


 勢いよく立ち上がる雛坂。

「別に教えなくてもいいからさ、デートしているとろ見せてくれたらいいんだよ! 恋中さんとヒトカゲがお手本デートするの!  で、私はどこからか2人を見てるから!」

「ああ、なるほどな。それいいかもしれ……おい、待て。ヒトカゲって誰だよ。俺のことか?」


 なんだよヒトカゲって。語感は似てるけどそんなポケモンみてぇな苗字じゃねぇだろ。てか初代御三家ごさんけとか俺らの世代じゃねーだろ。

 するとその提案に恋中も「なるほど」と頷く。


「そのほうがいいかもね。デートなんて教えるってことでもないでしょうし、見て倣えってヤツね。それに、見ればなんとなくわかるでしょう」

「おっけー!! じゃあ決まりね! よ~し!! 恋中さん。連絡先交換しとこ!」


 そして、今後の連絡手段として恋中と雛坂は連絡先を交換しはじめる。


 ……しかし、同意はしてみたもののデートのお手本を見ただけで、雛坂がデートについて学べるのか甚だ疑問でではある。恋中は「見ればわかる」なんて言ってるが、そりゃ恋中みたいなハイスペック人間だけだ。雛坂までもがそうかと言えば……そうではないだろう。 

 そんな雛坂はスマホをしまいつつ、満足気な顔で「よし!」と口にした。


「んじゃあ、連絡先も交換したし私は帰りま~す! 詳細が決まったら教えてねー!」


 言ってから勢いよく教室を飛び出して行く雛坂。

 教室内は一気に静まり返り、静寂が訪れる。同時に俺は、倦怠感を覚えた。雛坂には関わるだけで疲れてしまう騒がしさがあるのかもしれない。

 だがそれもつかの間、俺は横目で恋中を見た。トントン拍子びょうしで話は進んだ。のだが、問題がある。というか、問題しかない。


「でさ、恋中。俺もうわかってるんだけど、お前ってデートとかしたことねぇよな?」

「そうね。女友達、男友達の混合で遊ぶことはあっても、デートとかの経験はないわ」

「でさ、恋中。いま思ったんだけどこの方法って結構厳しいよな」

「そうね。雛坂さんにとっては全く役に立たないと思う。ちなみに日ノ陰、デートの経験は?」

「ないよ?」


 二人して黙り込む。まぁね。分かってたよ。たぶん恋中はデートとかしたことないんだろーなーって。やれやれって。でも俺もデートした経験がないのよ。どうすんだこれ。そもそもどこに行って、なにをすればデートになるのかすらわからない。恋愛ハウツー本でも買うか?

 だが、恋中は「ふう」と息を吐き、何食わぬ顔で腕を組んだ。


「でもね、日ノ陰。私の周りにいる人間のほとんどは、デートをしたことがあるのよ?」

「あ? だろうな」


 なんだかんだ言っても恋中は陽キャ、リア充と呼ばれる存在。そして恋中の周囲にいる友人、知人は皆そのような経験があるのだろう。

 すると恋中がふふん、と勝ち誇ったように笑い、びしっ! と俺を指さした。


「だから日ノ陰、私にはわかるわ! デートというのは、なんだかよくわからないけど、大型レジャー施設でするものなのよ! もしくは街中で遊んで、一緒にご飯を食べたりいするの!」

「なっ、そ、そうなのか!! さすが恋中!! 無駄にリア充しねえじゃねえか!!!」


 俺は初めて恋中を尊敬した。そうかそうか。なぜ気が付かなかったのだろうか。そもそも恋中はリア充であり、そういった彼氏彼女の色恋沙汰を多く見ている。つまり恋中には経験がなくても、知識だけはあるのだ。

 気分よくなったのか、恋中は「ふふん」と鼻歌交じりの返事を返してきた。


「それで日ノ陰。それらの情報を鑑みて、大型レジャー施設でデートのお手本を雛坂さんに見せてあげましょう。ちなみに大型レジャー施設を選ぶ理由は簡単。映画も買い物もごはんも全て同じ場所できるから、とっても便利……らしいわ」

「すげええええ!! お前やっぱリア充だわ! さすがだぜ! よし、それで行くか!!」


 そしてその後、恋中は「知り合いのカップルはこうやってデートしている」という情報を述べ、俺はひたすら「さすがリア充!」と反応するというやり取りを繰り返した。

 結果、『今度の日曜日、俺と恋中が大型レジャー施設でのデートのお手本を実践する。それを雛坂が遠くから見る』ということが決定し、その旨を雛坂に伝えた。


 いや、しかし。さすがだな、恋中。俺知らなかったぜ。デートって現地集合じゃねえんだな。駅からスタートなんだな。もしくは彼氏が彼女の家に迎えにいくこともあるとか。

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