半分だけだとあしゅら男爵みたいだ
被服研究会の部室は、特別棟の一階にあった。
教室内にはミシンやら裁縫道具やら、果てはマネキンまでもが転がってる。
そんな被服研究会の教室前方に俺と
「こ、恋中いろは。そ、それはちょっとくすぐったいぞ……それに、人に化粧をしてもらうのは……な、なんだか恥ずかしくてたまらない」
「ちょっと動かないで。アイライン引いてるの。ああもう、瞬きしないで。パンダみたくなる」
恋中と鬼武は
椅子に座った鬼武に対し、恋中は女性向け雑誌をチラチラと見ながらメイクを施している。今はアイラインとやらを引いているのだが、先ほどまでは眉を描いたり、美術用の筆みたいなので肌に何かを塗っていたりと色々やっていた。
ちなみに化粧道具も雑誌も被服研の備品だ。被服研では部活の一環としてファッションショーを開催したりするらしく、メイク道具が揃っているらしい。それを恋中が被服研の部長に貸して頂いているというわけだ。
しかし、なんで化粧道具ってこんなに数があるんだろ。あんなに必要なのかしらん。いや、もしかして男が無駄に工具を集めるのと同じなのかもしれない。
「はい、アイライン乾いた。じゃあ次はビューラーするから伏目にして……そう、その感じ」
「なるほど、武道の
そうこうしているうちに鬼武のメイクが完成に近づいたようだった。恋中は鬼武にウィッグを取り付け、ふうと息を吐く。
「できたわ。一応雑誌の通りにはしたから……かわいい系になっていると思うけど」
恋中が鬼武の正面からどいたので、俺がひょいと鬼武の顔を覗き込むと……すげえことになっていた。
鬼武の顔は……なんと言うか、ゆるふわナチュラル可愛い女子だった。短かった髪はウィッグによって肩付近まで伸び、目はクリクリとしていて可愛らしく、唇はぷるんと弾力が良さそうに見えるメイクが施されていた。そして制服も適度に着崩されている。
しかも、だ。鬼武に施されたメイク、言ってしまえば男ウケを狙ったメイクになっており、恐らく女の子が可愛いと思うメイクとは別のように思える。その辺りのことを読み取り、雑誌の中から男ウケのよさそうなメイクをチョイスしてしまうあたり、恋中のセンスの高さが窺える。
が、俺の口から「くっ……くくく」と笑い声が漏れてしまった。見ると恋中も「ふふふっ」と笑っている。別段、鬼武にそのメイクが似合ってないというわけではない。ただ、メイクが
鬼武の、顔右半分だけ可愛い系メイク。顔左半分は元の顔のまま。
「いや、鬼武……似合ってるぞ……ふふっ」
「ちょっと、日ノ陰くん。笑ったら失礼でしょ……くくっ。アナタが提案したのよ、これ」
そうやって2人して笑いを堪えていたが、鬼武が手鏡を持ち出し、自分の顔を見た瞬間、
「おお、確かに可愛いな。しかし……半分だけだとあしゅら
なんて言いやがったので俺だけ爆笑してしまった。なんで知ってんだよ鬼武。ファンなの?
恋中と鬼武に冷たい視線を向けられ、俺は「んんっ」と咳払いをして誤魔化す。
「ま、鬼武。お前が可愛い系を目指すとそんな感じになる。比較してるしわかりやすいだろう」
「なるほど、確かにわかりやすい。そうか、ここまで違うものなのか。うむ、参考になるぞ」
言って鬼武は、まじまじと手鏡に映る自分の顔を眺めていた。
なんで左右でメイクを分けているかって、そんなのは簡単だ。比較対象があったほうが分かりやすい。ビフォーアフターを見せた方がその効果を実感できる。通販番組の『どんな頑固の脂汚れも落とす洗剤』なんかの実演と同じだ。
ふと、そこで窓の外に眼を向ければ、野球部連中がグランドでトンボ掛けをしている姿を見た。そして目を凝らしてみれば、遠くからでもイケメン度が伝わってくる人物、二階堂らしき人間の姿を発見した。
二階堂らしき人間は、今俺達がいる校舎に向かって歩いて来ているようだった。つか、野球部が撤収しているってことは、もうそんな時間か。
ま、とにかく。鬼武をプロデュースは一長一短でどうにかなる話ではない。それに今日は鬼武の『かわいい系』に対する抵抗を無くすことができた。それだけでも充分な収穫であろう。
「鬼武。今日はこのくらいにしよう。かわいい系になった自分もなんとなく理解できただろうし、続きはまた今度だ」
すると鬼武は「うむ」と頷いて椅子から立ち上がり、恋中はメイク道具を片付け始めた。
「それじゃ、手洗い場に移動してメイク落としましょうか。オニムー、化粧落としは私の貸してあげるから」
そして俺と鬼武、恋中は被服研の部長に礼を言ってから教室を後にして、そのまま校舎横に設置されている手洗い場へと向かう。
俺と恋中が横並びに歩き、後ろに鬼武がるんるんとした足取りで着いてくる。
鬼武は偉く上機嫌らしく、「ふふん♪ 誰かに見せてびっくりさせたいなー。ああっ、しかし。とてもではないがこんな姿、
にしてもメイクの力ってスゲぇな。さすが『化』けて、『
と、そんな事を考えていたからこそ、ちょいと疑問に思ってしまう。
「なあ、恋中。それにしても手馴れすぎてねぇか? よくわかねぇけど、化粧って自分にするのと人にするのとじゃ
すると恋中は「ああ、もしかしたら」と呟く。
「昔、競技ダンスしてたのよ。大会になるとメイクしたりするから、子供のころからメイク道具は触れてたし、他の子にしてあげたこともあった。だからかもね」
「競技ダンス……なんか似合うな」
言ってやれば恋中は「そう」と、そっけなく言って口を閉じる。
しかし、競技ダンスか。映画の「Shall we ダンス?」みたいな感じなのだろうか。いや、あれは社交ダンスか。なにが違うんだろ。
そういや、この学校のプロムも最後にワルツとか躍るんだよな。
なんならこの学校、プロムのために二月になると体育の授業が問答無用でダンスになるし、この学校に通う奴ならワルツの簡単なステップなら誰でも踏める。が、俺は生まれ持った才能によりマジで踊れない。なので昨年度のプロムは、体育館の壁際でジッとしてた。
ちなみに、ダンスパーティーにおいてそういう男のことを壁のシミ、と言うらしい。対して女は壁の花。
そうこうしていると、校舎外に続く扉に差し掛かる。ちょうど、眼の前にある扉から校舎の外に出れば、すぐそこが手洗い場になる。
ところが俺と恋中は校舎の外に出てたところで……二人して歩みを止めてしまった。
なぜならその手洗い場に、先客が居たからだ。
ソイツなにやらイケメンであり、爽やかであり、連絡先は他校の生徒の間で高値取引されていると噂の男。二階堂凛久であった。
二階堂は野球部のユニフォームを着ており、練習で掻いた汗でも流しに来たのか、両手に溜めた水で顔をバシャバシャと洗っていた。毛先、鼻先や顎先についた水滴が夕日に照らされキラキラと輝き、水も滴る良い男に仕上がっている。
蛇口から流れ続けている水のしぶきが、俺の足下にまで飛んできた。
「――――しまッッ!」
瞬間、身体は勝手に動いていた。
反射的に上半身を後方へ捻ると、そこには、顔の半面だけ可愛い系メイクが施された
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