恋愛偏差値5の女

「お! やっと帰ってきたな日ノ陰ひのかげえにし恋中こいなかいろは! いったい全体、なんの話をしていたのだ? 実は2人は付き合っていて、だからちょっとキスして来たとか、そういうことだったりするのか?」


 そんなことを言って鬼武おにたけは「ははっ」と笑った。すると恋中は

「そんなことあるわけないでしょー」と言ってクスクス笑う。

 俺と恋中はそれぞれ、元々座っていた席に腰を下ろす。


「それで、恋中いろは。結局どうすれば二階堂にかいどう凛久りくに好いてもらえるのだろうか。……できればその……押し倒すのは無しの方向で頼む」

「わかってるわ。そうね、まずは……」


 恋中はあごに手を当て黙り込む。しかしあの行動はただの考えるフリである。なんたって恋愛偏差値5の女。それが恋中いろはなのだ。

 そしてあんじょう、恋中は俺をチラリと横目で見て「どうしよっか」みたいな顔をしてきた。


 ふむ。恋愛マスター(笑)は役には立たない。となれば俺がどうにかするしかあるまい。といっても俺も恋愛偏差値20(推定)ぐらいの童帝。なんの役にも立たない。しかし、

 頭を悩ます必要などない。というか鬼武の問題はもう明白めいはくなのだ。

 それには童帝が誇るべきは加速度的に人がってゆく妄想力と、自己弁護べんごのために存在する詭弁きべん。それを駆使すれば大丈夫。童帝に不可能はない。


「そうだな鬼武。とりあえず……もっと可愛い系になってみようぜ」

「可愛い系……というのはどういうことだ?」


 案の定、鬼武は怪訝けげんそうな顔で俺を見て来る。


「そうだな。鬼武はカッコイイ系の女だ。で、それも災いして男共から女として見られていない、って可能性もある。だったらメイクとか髪型を可愛い系の……言い方はアレだが男ウケする方向にもっていけばいい」

「ふむ……言っていることはわかるが、実を言えば私は今の自分の姿が好きだ。それに可愛い感じの女の子には憧れはするが……そもそも似合うかどうか……」

「馬鹿野郎!」


 俺はわざとらしく声を荒げた。瞬間、恋中と鬼武がビックリした顔で俺を見て来る。


「鬼武、てめえは何もわかってねえ。いいか? 可愛いものに、男ってのはめっぽう弱い。俺は、可愛いっていうのは、そんなに美人でもないヤツが男を落とすための手段だと思ってる。言っとくが鬼武、別にお前がブスだって言ってんじゃねえぜ」


 突然、滔々とうとうと語り出した俺に呆気あっけにとられた顔をする鬼武。そして恋中は笑いをこらえているのか、手で口を押さえていた。まあ、童貞がナニを言っとんじゃって話だわな。


「で、だ。鬼武。だからこそ、お前はもう少しばかり可愛くならなきゃいけねえ。いいか? 可愛いは正義なんだ。可愛いさえあれば問題ないんだ。だから鬼武、可愛くなって二階堂を落とそうぜ」


 そんな事を言ってやると鬼武は「ううっ」と唸った。


「し、しかし日ノ陰縁。そうやって、あたかもイメチェンすると、なんだか必死な感じがして嫌われないだろうか。それならいっそ、今の私のままで二階堂にかいどうに受け入れてもらうように……」

「馬鹿野郎!!」


 またしても怒鳴ってみれば、鬼武はビクンと肩を震わせる。


「鬼武……てめえホントアホだな」

「なっ……なぜそんなに酷いことを言うのだ! 私は必死に――」

「それのどこが必死なんだよ。いいか鬼武。ありのままの自分を好きになってもらおうとか、思っちゃいけねぇ。好きになってもらうための努力を、放棄しちゃいけねえ。そして相手に好きで続けてもらうためには努力し続けねえといけねえんだ」


 俺は言葉を区切り鬼武をジッと見つめる。


「ソイツのことが本当に好きなら、相手に好きになって貰えるよう自分を変えることをいとわない。そうでなけりゃ好きとは言えないだろ。違うか? 鬼武」

「そ、それは……」


 鬼武はしゅんとした表情で肩を丸め、そして何かを乞うようにして俺を見つめてきた。その眼はうっすらと濡れている。

 だからこそ俺は言ってやる。鬼武雫の眼を見て、ちゃんと言ってやるのだ。


「それに鬼武……そうやって、自分のために可愛くなる努力をしてくれた女の子を、男は愛おしく思うもんなんだぜ」


 言って俺は、鬼武にフッと軽く微笑んでみせてやった。すると鬼武は顔をうつむかせ「ううっ」とうなる。


 と、そこでチラリと恋中を見れば、彼女は机に突っ伏すようにして、肩を震わせていた。なんなら机がガタガタ音を立てている。笑いを堪えているのだろう。

 ま、恋中は悪くねえ。はっきり言って自分でもなにを言っているのかマジ意味不明。童帝の類まれなる妄想力を駆使して、恋愛上級者が言いそうなことを創造しただけだ。ま、こんな言葉で鬼武が納得するわけが……


「分かったぞ日ノ陰縁! その申し出、試してみよう!」


 ……え?

 鬼武の発言に、俺の口から変な声が出た。机に突っ伏し笑っていた恋中も顔を上げた。


「確かに日ノ陰縁の言う通りだ。私は好きになってもらうための努力をおこたろうとしていたのだ。しかし、なぎなた部の部長がこれではいかんな。武道も恋愛も同じだ。修練なくして結果はない。よし、私は可愛くなるぞお!」


 鬼武は椅子から立ち上がるのと同時に、天井に向かって拳をガッと突き上げた。やるぞー、と声を発しながら。

 そんな光景に顔を見合わせる俺と恋中。恋中は「えぇ……」という顔をしている。


「ちょ、日ノ陰くん。どうするのよ。オニムーやる気満々なんだけど」

「え、いや。だって俺適当に言っただけだぞ。どうもこうも、この先どうしようもねえよ。なんだ可愛くなるって。なにすりゃ可愛くなんの? どうすりゃ男ウケが良くるとか 俺知らねえよ? だって童貞だぜ?」

「私だって知らないってば。あそこまで言い張ったんだから責任とりなさいよ」


 俺と恋中がお互いにディスリ合っていると、鬼武が「ときに!」と言って俺達のコソコソ話を中断させた。


「ところでどうやったら可愛くなるのだ? 何をすれば可愛くなるのだ? 髪型か? メイクか? それとも話し方なのか? 語尾に『ふぇぇ』とか付ければ可愛くなるのかふぇぇ?」


 可愛さの方向性を勘違いした女、鬼武雫が爆誕していた。しかも語尾が全然可愛くねえどころか腹が立って仕方がない。

 くっそお、もういい。ここまで来たら貫き通すしかねぇ。これで失敗しても鬼武を非モテのダークサイドへと誘ってやれば問題はない。居場所さえあれば人間は生きていけるのだ。

 俺は鬼武に向かって「ちょっと待て」と言ってから、恋中にコソコソと話しかけた。 


「なぁ恋中。たぶんだけど、お前って基本的になんでもできる人間だよな?」


 そう聞いてやると恋中はコクリと頷く。


「それってさ、例えば教本とか読んだら一発で出来るくらいスゴイのか?」

「うん。見れば出来るわ。聞けば出来るわ」

「でも恋愛だけは出来ないんだよな」

「うん。恋愛偏差値は3くらいね」


 自分で言っちゃうのかよ……まあいい。話は簡単だ。なんだかんだ言ってハイスペック人間、恋中いろはがいれば大丈夫。だが、準備が必要だ。


 俺は恋中に対しこれから「なに」をするかを伝える。すると恋中は「それならわざわざ買わなくても、あの子が色々と貸してくれるハズよ」と言いながら携帯電話を取り出した。

 そして恋中は携帯電話のコールボタンを押し、しばらく会話をしてから話をまとめ終わる。


 そして俺達は3人連れ立って教室を後にする。目指すは、被服研究会の部室である。

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