ねえ、日ノ陰。あなたって性欲おばけよね
すると恋中は、やや頬を膨らませようにして「なによ
「あのさ。恋中。お前、何か悪いもので食べたのか? それとも、押し倒せってばっか言ってるあたりマジで欲求不満かなんかなの? ムラムラしてんの?」
「そりゃ私だって生き物だし欲求くらいあるわよ。でも今は関係ないし、欲求不満じゃない」
「なら、なんであんなアホみたいなアドバイスするんだよ。お前恋愛マスターなんだろ。流石に童貞の俺でもあれはマズいってわかるぞ。てか恋愛経験豊富なら、もっと有益なアドバイスしてやれ。そりゃ恋愛経験豊富な恋中なら押し倒すだけで結ばれるのかもしれねぇけどよ」
なんて、俺はちょっと嫌味ったらしく言ってやった。
まあ、でも。もしかすると恋中は恋愛をそつなくこなせるからこそ、モテないヤツの気持ちなんてわからないのかもしれない。モテるからこそ、モテてしまうからこそ、異性を落とすための方法を知らないのかもしれない。
つか、そうであるなら恋中は恋愛マスターってよりも、恋愛強者って感じだ。野生的な強さだ。自分の強さに無自覚なのだ。
すると恋中は「はあ?」と言って顔をしかめ「アドバイスなんて出来るわけないじゃない。だって私……」と、そこで言葉を区切り、
「私、誰とも付き合ったことないもの」
……え?
瞬間、自分の体が硬直したのがわかった。なに言っちゃてんのコイツ。
「いや、そんな冗談は別に―――」
「冗談ではないわ。私、誰とも付き合ったとないの。なんならそういう経験もないの」
「……待て。ちょっと待て。俺はてっきり恋中はいままで何人もの男と付き合ってきて、恋愛経験が豊富だからこそ他人の恋愛に的確なアドバイスができて。でも、昔に恋愛で手痛い目にあったから恋愛を恨むようになって、だからこそアンチ恋愛になったと思ってたんだけど……」
そこで俺はジッと恋中の顔を見つめ、たっぷりと間を置いてから質問を繰り出した。
「違うのか?」
「違う」
とんでもねぇ事実が発覚した。いや、まだだ。まだあきらめるな。まだ聞くべきことがある。
「じゃ、じゃあ恋中。今まではどうしてたんだ? 色々と恋愛相談を受けてきたのは事実なんだろ? そのときはどうした。てか人様の恋愛を成功に導いたからこそ恋愛マスターなんて呼ばれているんだろ」
「別に私はアドバイスなんてしてないわよ。そもそも人に相談するときって、自分の中で答えが決まっているものじゃない。だから私は『へえ、そう』とか『うん、いいんじゃないかな』とか言ってただけ。なのにそれがどんどん成功するもんだから、最後には恋愛マスターなんて呼ばれることになったの。悪い?」
なぜか恋中は逆ギレしてきた。なんでなん? 俺も悪くないはずだけど。よし、一度状況を整理しよう。恋中いろはは、恋愛経験、ZERO、以上。いやあ、ダメだろこれ。
つまり、だ。恋中は恋愛経験がないにもかかわらず、その容姿から『恋愛経験豊富そう』なんて思われてしまい、恋愛相談をよくウケるハメになった。恋中は適当に相槌を打っていたものの、それがなぜか次々と相談者の恋を叶えることになり、果ては恋中神と呼ばれ、そして恋愛マスターへと相成った。そして今更『いやあ、実は恋愛経験ゼロの捻くれ処女なんですぅ』なんて言えなくなり、現在に至る。というわけである。うん、やっぱダメだこれ。
「……じゃあ恋中。告白応援委員会の活動どうするつもりだったんだ。お前が的確なアドバイスができないなら、いったい誰がアドバイスするつもりだったんだ?」
そんな、まず一番初めに思い付くかのようなことを質問すると、恋中は無表情のまま「あ」と声を出し、眼をあちこちに泳がせ始めた。
……なんてことだろう。俺はとんでもねぇポンコツ女の話に乗ってしまったらしい。
告白応援委員会の表の活動は「生徒の恋愛を応援する」という寒気の走るようなもの。と、なればここに恋愛マスターの存在は必要不可欠。が、しかし。今いるのは童帝である俺と、どう見積もっても恋愛偏差値5ぐらいの女、恋中いろはである。
例えるなら、蕎麦屋を始めたけど麺の打ち方が分からないどころか、店主が『実は蕎麦アレルギーで蕎麦とか食べたことないんだよね、テヘッ♪』とか言っちゃうようなものである。
「……帰る」
そう言って俺はきびつを返し、その場を後にしようとする。
すると、そんな俺の行動を制するかのようにして、背中に声を掛けられた。
「どこへ行くの、日ノ陰。あの日交わした握手も、そのとき感じた胸の高鳴りも、あの誓いのキスさえも、全ては嘘だったのかしら」
「J‐POPみてぇに言ってんじゃねえ! そもそも恋愛オンチの二人が集まってなにができるって言うんだ!」
「なんだってできるじゃない。それに日ノ陰、あなた……」
恋中は右手を腰に
「
「―――なッッ」
俺は言葉を失った。童帝としての……誇り。思わず身体が打ち震える。
「だってそうじゃない。恋愛至上主義が嫌いと言っておきながら、恋愛はただの性欲の言い換えだと言っておきながら、今のアナタは恋愛至上主義という名の敵と戦わずに逃げようとしている。それが童帝としての、いえ、一度は王を目指そうとした男の姿だって言うの?」
「それは……」
なんてこった。たしかにそうだ。童帝と名乗っておきながら、恋愛というものを憎んでいながら、童貞の王たるこの俺が、背を向けてよいのか。ここで逃げ出してしまうことこそ、恋愛至上主義は絶対正義と認めてしまうことではないのか。恋愛とは、性欲の言い換え表現でしない。それを、俺が逃げ出すことで、認めてしまうことになる。それは俺の信念を打ち捨てるということにならないだろうか。信念を抱かない童貞に、一体なんの価値があるのというのか。
口は勝手に動いていた。
「……帰る」
そう言って俺は再び歩き始める。
んな安い挑発に乗るヤツとかいねえだろ。なんだよ童帝としての誇りって。誇りなんてねえよ。あ、でも変なプライドや誇りがあるからこそ童貞なのか。
だが、そこで「まって日ノ陰」と声がして、突然俺の右手が後ろに引かれる。振り返ってみれば、そこには顔を俯かせる恋中の姿があった。
ふと、恋中の肩が震えていることに気が付く。もしや、泣いているのだろうか。だが、
すると恋中は声を振り絞るようにして喋った。
「もう……こうするしかないの。こうするしか、私には手がない……だから、だから」
恋中は俺の右手首をぎゅっと握ってくる。恋中の柔らく、ほっそりとした指先が俺の手首に食い込んできた。そして、
「逃げたら日ノ陰が童帝だとバラす」
とんでもねえことを言いやがった。恋中は顔上げ、俺に向かってニコリと微笑んだ。
「ついでにあなたに図書室で襲われたと言うわ。唇まで奪われたとも言ってやるから」
その言葉を聞いて、俺の口から「へっ」と苦笑いが漏れた。この女、見た目は美人だが、中身は人間としてクズだった。性格ブスで性格クズだ。
だが、そんなことをされたら俺の高校生活が終わってしまう。おそらく、
「……はい。わかりました。協力させ頂きます」
なんて言って俺は恋中に頭を下げた。すると恋中は「よろしい」と言って俺の右手を離す。
……しかし、なんだかなぁ。さっきまで恋中とは恋愛アンチという共通点で結ばれ、一蓮托生、以心伝心みたいな変な信頼関係があったが、これが脅し脅されの関係だとモチベーションが上がらない。正直乗り気じゃない。
そんな考えが俺の顔に出ていたのか、恋中は「ふむ」と顎に手を当て考える素振りを見せた。
「やっぱり脅されるのって嫌よね、日ノ陰」
「当たり前だろ。一年かけての大仕事を脅されたままこなすなんて正直キツイぞ」
「ふぅん……ねえ、日ノ陰。あなたって性欲おばけよね」
「いや、性欲お化けって……まあそうかもしれんが」
たしかに大抵の女の子には欲情する。童貞が女の子をすぐ好きになる勢いで発情する。
すると恋中はスッと眼を細め、ジト目で俺を見てきた。
「私の胸に?」
「ムラムラする」
「私のお尻に?」
「ドキドキする」
「私の太ももに?」
「挟まれたい」
「私の身体のどこに一番興奮する?」
「首筋とうなじと顎先かな」
「じゃあ日ノ陰、もし全てが成功したらヤらせてあげる」
「なるほど……ウェェェェェェェェ?!」
自分でも驚くほどに声が出た。え? それはその……
「え、え、え、え、えっと……恋中。それってつまり……」
「だから、そういうことをさせてあげると言っているの。脅すのは私としても不本意。だからご褒美をあげましょう。これで対等よ」
「い、いや、それは……その、さすがに」
「なに? 私の身体じゃ不満なの?」
恋中は前のめりになって、胸を突き出すように協調してきた。露骨だった。
嫌っていうか。なんて言うか。ええ? それっていいのか? まてまて童帝として、童貞の王としてそれは正直言って……。
口は勝手に動いていた。
「よろしくお願いします!」
がばっと! と俺は頭を勢いよく下げる。
「じゃあ日ノ陰、戻ろう。オニムーが待ってる」
そうして恋中は歩き出し、俺もその後を追う。やっぱ勝ねぇな、エロいことには。
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