優しくされるとすぐ惚れてしまうチョロい女
「それにしても、恋中いろは。私は正直、告白応援委員会は実在するのかと半信半疑だったのだ。てっきり
鬼武は「ははっ」を笑いつつ、周囲を見渡している。大方、この部屋の散らかり具合を見ているのだろう。
しかし、だ。先ほどから「出雲先生」の名前が鬼武の口から出ているあたり、あの人もこの組織に一枚噛んでいるらしい。また、鬼武の口ぶりから察するに、鬼武は出雲先生の紹介でここを訪れたことになる。まさかこの組織、一言さんお断りなのだろうか。
と、そこで恋中が咳払いをして、皆の注目を引いた。
「じゃあさオニムー、取りあえず最初から話してくれるかな?」
問われた鬼武は「じ、実はな、恋中いろは」と言って、こくりと喉を鳴らす。だが決心のつかないのか、しばらくしても口を動かさない。
ふと恋中に眼を向けてみれば、彼女は何度か足を組み替えていた。過激なアンチ恋愛にとって、こういう状況ですら腹が立つのかもしれない。
ようやく鬼武は決心したのか、パッと顔を上げ一気に言い放った。
「私は、
瞬間、ぎょっとした顔になる恋中。
「え……オニムー。二階堂くんって……ホントに?」
「そのようだ。私は二階堂凛久に恋をしてしまった。この溢れんばかりの気持ちを抑えることができない」
「はぁ……、毎度のことで慣れてはいるけど。よりによって二階堂くんなのね」
そんな恋中の反応を、俺は疑問に思った。
「なあ、恋中。さっきから『またか』とか『毎度のこと』とか言ってるけど、そりゃどういう意味なんだ?」
そう問うと、恋中の代わりに鬼武が答えてくれた。
「簡単な話だ、日ノ陰縁。私は男子に優しくされるとすぐ惚れてしまうチョロい女なのだ。だから誰彼構わず人を好きになってしまうのだ」
「チョロいって……。自覚あんのかよ。つか、優しくされただけで惚れるって恋愛に不慣れすぎんだろ」
ハハン、と童貞の俺が肩をすくめると、鬼武は不思議そうな顔を向けてくる。
「ん? そうだぞ。私は男性経験がない生娘なのだ。告白してはフラれ、告白してはフラれを繰り返しているのだ。まったく誰も私と付き合ってくれない、このままでは私は! 私は!」
そこで突然、鬼武はガバっと机に突っ伏し「このままでは、いつまでたっても男と付き合えないのだ!!」と言って唸り始めた。
と、恋中にクイクイと手招きをされ近づいてみれば、こう耳打ちされる。
『オニムーは小・中女子校だったのよ。だから男の子に耐性がないの。で、ちょっと優しくされただけですぐその人を好きになる。今回はそれが二階堂くんだったみたい』
「はん。なるほどな。らしい理由だな。でもよ恋中」
俺は言葉を区切り、チラリと鬼武を窺う。
「数うちゃ当たるってのはオカシイかもしれないけどよ、鬼武の容姿なら正直引く手あまただろ。なのに、なんで全部の告白が失敗してんだ?」
「ああ……日ノ陰。それはね――」
「そうだ! そうなのだ! 自分で言うのもアレなのだが私の容姿は悪くないのだ
鬼武がガバっと顔を上げ、ぐんと身を乗り出してきた。泣いていたのだろうか、ちょっとだけ目が血走っていた。
「お、おう……。たしかに容姿は悪くないと思うぞ。カッコイイ系で……それになんというか話しやすくて友達みたいな――」
と、自分でそこまで言って気が付いた。ああ、なるほど。鬼武がモテない理由はそれか。
「あー、つまり鬼武。お前はアレか。男に女として見られないってやつか」
「そうなのだ! 日ノ陰縁! そうなのだよ日ノ陰縁! 日ノ陰縁ぃ!!」
すげぇ名前を連呼された。ここまで自分の名前を、しかもフルネームで叫ばれたのは初めてだ。てか、鬼武って基本人を呼ぶときフルネームだけどそれって大変じゃねえのかな。 寿限無みてぇに長い名前のヤツいたらどうすんの?
まあでも、鬼武みたいな奴っているよな。男勝り(笑)なんてものではなく、異性という枠を超えて野郎共と仲良くなれる女の子。ああいう女の子って基本良い奴が多いんだよな。クラスでも人気者だし。でもそれが付き合うかって話になると……男共は首を縦に振りはしない。
すると鬼武はついに、おいおいと泣き始める。
「うぐっ……男に女として見られない……私にとってはとても辛いのだ。ううっ……女という生き物として認められていないような気がしてたまらないのだ」
「オニムー、そんな泣かないでよ。一応生物学上はホモサピエンスのメスなのよ。だからちゃんとしたメスよ。ね? 日ノ陰くん? 性欲お化けの日ノ陰くんなら、オニムーを単純にメスとして見れるわよね?」
「おいなんだよ。性欲お化けって。でもな恋中。異性に異性として見られないってのは――」
と、そこまで言ってやめた。そんな俺を不審に思ったのか、恋中は怪訝そうな顔をする。
まあ、恋中にはわかるまい。異性から、異性として見られない辛さというものが。恋中いろはは異様にモテる。モテるというのは、異性から異性として見られていることの筆頭であろう。
異性として認めらえないという事実はハッキリ言って、なかなか心にくるものがある。まるで自分の存在そのものを、生物としての存在を、否定されているような気にさえなってしまうのだ。
「頼む、恋中いろは。どうか今度こそ男と! いや、二階堂凛久と付き合えるようにしてくれ!」
鬼武はそんなことを言って、ばっと恋中に抱き付いた。
「ああ、もう! わかったから離れなさいよ。鼻水、鼻水ついてるじゃない、もう!」
だが鬼武を引っぺがす恋中の顔は、そこまで嫌そうではなかった。恋愛が嫌いとは言え、友人である鬼武に信頼され、頼られているという事実は嬉しいことなのだろう。
まあ、その信頼を恋愛至上主義をぶっ壊すのに利用しようとしている辺り、とんでもねえ女であることには違いないのだが。
そこで一旦仕切り直し、鬼武が落ち着きを取り戻すのを待ってから、本題に入ることにした。つまり、どうやって鬼武の恋愛を成就させるかということである。
と言って俺は非モテであり、恋愛に関しては全くの門外漢。恋愛偏差値20をほこる俺を舐めないでいただきたい。こんな男に恋愛の助言を求めるなどまったくの無意味。野球選手にサッカーのアドバイスを求めるようなものである。
だがしかし。その点は全く問題ない。なぜならこの告白応援委員会には、恋中いろはという恋愛マスターがいる。この女の活躍、暗躍、跳躍によって結ばれた男女の縁は数知れず。その神業じみた行いによって果ては恋中神などと呼ばれているらしい。この女であれば、どんな無理難題な恋愛相談もきっと解決に導いてくれることだろう。
なんて考えていた矢先、とんでもねえ問題が起きた。
「簡単よ、オニムー。押し倒せばいいの。押し倒して関係を持ってしまえば、もうこっちのもの。それで付き合えるわ」
そんな言葉に俺と鬼武は固まっていた。
なぜなら鬼武が「具体的にはどうすれば二階堂凛久に好いて貰えるか教えて欲しい」と恋中にアドバイスを求めたところ、返って来た答えがそれだっただからだ。
鬼武が焦ったような顔になる。
「い、いや恋中いろは。それはさすがにどうかと思うぞ。そ、それに私のような生娘にそんなことできるわけ……」
「できるわよ。だって押し倒すだけだもの。オニムー、なぎなた部の部長でしょ? 体力も力もあるでしょう? だったら二階堂くんぐらいなら余裕よ」
無表情で言う恋中の言葉に、再び固まる俺と鬼武。だが、さすがに見かねて俺は、恋中に耳打ちをした。
『恋中それはアドバイスじゃねえだろ。つかなに? なんでそんな身体で迫ってんの?欲求不満なのかお前?』
すると恋中に「はあ?」という顔をされる。
『だって男の子って性欲お化けなんでしょ? だったらその欲を満たしてあげればいいじゃないの。そうすれば付き合える、ハズよ。恋が芽生える、ハズよ』
と言われ、俺は首を傾げる。……ハズ? ハズとは何だ? なんで恋愛マスターである恋中がそんな不確定な言い方をするのか。てか「付き合いたい男の子がいます」という問いかけに対して「押し倒しちゃえ♪」なんてアドバイスがまずおかしい。童貞の俺でもわかる。
つかなんだ? ネットでよく見る『男の子が女の子のどこに惹かれるか調査してみました! 結果は……わかりませんでした! でも、男の子は女の子のおっぱいに惹かれるようです』みたいなクソみてぇなアドバイスみたいなんだが?
とにかく、このままではまずい。一度、恋中を正気に戻す必要がある。
すまん、鬼武。ちょっと席を外させてくれ。すぐ戻るけど時間大丈夫か?」
すると鬼武は「うむ」と頷き、
「今日は部活を休んでここに来たのだ。時間ならたっぷりある!」
と言ってくれたので、俺は恋中を引き連れ教室を出た。
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