リア充でもボッチでもオタクでもない、なんだか立ち位置がよくわからない日ノ陰縁くん
昨日あった出来事と、恋中の匂いを何度か思い出していると、いつの間にか一日の授業は終わってしまい放課後を迎えた。
そしてそれは、今日から
ふと視線を後方に向ければ、
しかし、二階堂と恋中って並び立つとすげぇな。美男美女って感じだ。あの二人、付き合ってたりするのかしらん。いや、ねぇか。恋中はアンチ恋愛主義者だ。それも超過激な。まあいいや。先に行ってしまおう。
俺は鞄を手にとって席を立ち、教室の前方の扉から外に出て、廊下をてくてくと歩く。途中、渡り廊下を経由して、昨日、恋中に指定された場所に到着した。
俺が横開きのドアに手をかけると――予想に反してドアがスライドする。てっきり鍵がかかっていると思っていのだ。そして俺が教室の中へと足を踏み入れると……
「ん?」
誰かが、そこにいた。女子生徒のようだ。
第二教室の中はまさにthe物置と言った感じであり、机や椅子が教室後方に乱雑に積み上げられている。さらには段ボールや収納ケース、果ては横断幕のようなものまで転がっていた。
どうやら文化祭や体育祭やらの学校行事に使う備品などを投げ込んでいるらしい。
しかし教室中央と、扉からそこに至るまでの道のりには備品が置かれておらずスルスルとそのまま進むことが出来そうだ。
そしてその人物がいたのは、そんな教室中央。こちらに背を向ける形で椅子に座っていた。
と、そこで女子生徒がパッと振り返り、席から立ちあがる。
「ここは
ソイツが軽く頭を下げると、短く切り揃えられた髪の毛が少しばかり揺れる。
何かを見据えたような眼に、ちょっとばかし固く結ばれた唇。シュッとした体形はスポーツマンのそれであり、ボーイッシュな女の子と形容してもよいだろう。キッチリと着こなされた制服が、なんとなく彼女の性格を言い表しているに思えた。
「私の名前は
鬼武とやらは早口言葉でも言うかのように自己紹介してくる。そして続けざまに「ところで君の名前はなんというのだろうか?」と俺に問うてきた。
んー……なんだろうか。ただの自己紹介のハズなのにこの鬼武さんとやらからは変人の匂いがする。
「は、はあ……
口ごもってしまい鬼武から目を
すると鬼武が「ん?」と声を発し、こちらに詰め寄ってきた。そして俺の眼前で止まると「おお」と驚いたような声をあげる。
「なんだ、日ノ陰縁くんではないか。同じクラスの、教室の隅でジッとしている、リア充でもボッチでもオタクでもない、なんだか立ち位置がよくわからない、日ノ陰縁くんではないか。いったい全体、なんで君みたいな人間がここにいるのだ?」
ひでぇ言われようだった。なんてこった。俺って教室でそういう扱いなの?
そんな事実に打ちひしがれていると、鬼武は続け様に口を開く。
「ここは告白応援委員会なのだろう? 日ノ陰縁くんのような人間がここの役員というわけでもあるいし……そうかわかったぞ! 私と同じように恋愛の手助けが欲しくてここに来たんだな? では私と同志だな! よろしく頼む!」
そう言って鬼武は右手をスッとあげ、そのまま握手、すると思いきや、突然、俺に抱き着いてきた。
「いやああああああああ!」
女みたいな声が出た。俺の口から。
ちょおおおおっ!! なにしてくれてんじゃあ! ちょっと話しただけで女の子のこと好きになっちゃう童貞にそんなことすんじゃねえ!
「挨拶代わりのハグだ!よろしく頼むぞ! 日ノ陰縁!」
鬼武のハグに俺の背骨がボキボキ音を立てる。プロレス技のようなものだった。端的に言ってしまえばマジで痛い。
「ちょ! やめて! やめて! お願いホントにやめて! Vの字になるぅ!」
「ははっ! たかがハグだろう。気にするな! ……と言っても、たしかに止めないといけないな。あまり長いことハグをしていると、日ノ陰縁を好きになってしまう可能性もある」
そう言って鬼武は、腕を俺の背中に回したままの状態で見上げてくる。その顔には、やや憂いのような感情が覗いたように思えた。いや、しかし。いまの発言はなんだ?
「なあ鬼武。それってどういう――」
「なにしてるの日ノ陰……くん。と、オニムー?」
その声に振り返ってみれば、開け放たれた扉の向こうに、苦笑いを浮かべた恋中がいた。
「おお、恋中いろはではないか! どうしたのだ? 恋中いろはも告白応援委員会に用事があって来たのか?」
鬼武はようやく俺を開放し、恋中に向き直る。
「私はここのメンバーなのよ。今日から活動が始まるから来たの」
「なんだそうなのか! 恋中いろはがここの役員なのか。いやいや、そうかそうか。さすが
言ってうんうんと頷く鬼武。
と、そこで。
「も~、いろはちゃん。さっきからなにやってるのー? そこで止まったら教室入れないよ~」
やや粘着質な声がして、恋中が横にグイと押され、女子生徒がひょっこり顔を覗かせた。
ミディアムヘアより少しばかり短い髪に、軽く当てられたパーマ。毛先がふわりと揺れるたび、丸みを帯びた目がランランと輝く。その小柄な身体を包む制服はやや着崩されているものの、過度な露出というわけではなく、可愛らしさを強調されるような着崩し方だった。
「あ~!
「む、
鬼武は言って軽く頭を下げる。すると恋中、鬼武、花咲の三人はお喋りを始めてしまった。
そんな光景を
……なんだこいつら? 今から恋中と色々と活動をしてく予定なのに、なんで女の子が二人もここにいるのだ? もしかして鬼武と花咲もこの組織のメンバーだったりするだろうか。いや、それは困る。俺は全く女子と話せない。女子が複数であればなおのこと。業務連絡的な会話ですら緊張してしまうのだ。故にこれから女の子に囲まれた活動が展開されることがあっても、ハーレムやらラブコメ展開にはなり得ないのは確定。
毎度思うが、ラノベやアニメの主人公は童貞が多いクセして女の子に耐性がありすぎる。俺を見習え。主人公が「……あ」とか「……はい」しか喋らねえ作品になるから。
そんな事を考えながら三人を横目でチラチラ見ていたところ、恋中と眼があった。恋中は「じゃあ改めて紹介するわね」と言って、俺に向かって手を掲げる。
「この子が日ノ陰縁くん。恋愛応援委員会の役員よ。てか、ここにいるのは全員2年H組だし、知ってるわよね」
恋中の紹介に、鬼武と花咲がこちらに顔を向けた。
「そうか。この委員会の人間だったのか! では改めてよろしく頼むぞ、日ノ陰縁!」
言って鬼武は「ははっ」と笑った。そしてその隣にいた花咲さんも「ふふっ」と微笑む。
「知ってる知ってる。教室で静かにしている男の子だよね。初めましてって言うのも可笑しいけど私、
花咲は胸の前で手を振り、愛らしい笑みを浮かべる。思わず俺も手を振り返したくなるが、んなことはしない。だが手を振り返したくなるほどには、可愛らしい笑みだった。
てか、この2人。よくよく思い出してみれば恋中と教室でよく喋っているのを見かける。言ってしまえばクラスのトップカーストってヤツだ。
「あ、……はい。よ、よろしくお願いします」
すると花咲さんは「むむ」という表情をして、俺を見上げるように覗き込んできた。
「んん~? なんで敬語? 私たち同級生でしょ。普通に喋ろうよー、ヘンなの~」
「ふふふ」と笑い、小首を傾げてくる花咲さん。
うっわ、超可愛い顔をしている。それに俺のような人間に微笑みかけてくれる辺り、花咲さんとは天使なのかもしれない。やべぇ、好きになっちゃいそうだ。いやむしろ花咲さんって俺のこと好きなんじゃね?
すると、「ところで」と恋中が呟き、皆の注意を引く。
「いま聞いた感じだと、オニムーはここに用事があってきたんだよね。それってつまり……」
恋中が呆れ顔でそう言えば、
「私はまた惚れてしまったらしい。だから、どうか私に協力してくれないだろうか!」
深々と頭を下げる鬼武。とても綺麗なお辞儀だ。しかし、「また」とはどういうことなのだろうか。そして恋中の反応はいったい。
「じゃあ取りあえず話を聞かせてくれるかしら? まずはそれからね」
すると恋中は鬼武を引き連れ、そのまま教室の中央へと移動し、2人して机やイスを並べ始めた。どうやら、応接室のようなレイアウトにするつもりらしい。
と、俺が顔を正面に戻せば、花咲野々花と眼が合う。
「えっと……」
教室入れば? とか花咲さんに言うべきなのだろうか。いや、そもそもここに来たってことは花咲さんも恋愛絡みの協力を求めているのか。いやいや。でも今は恋中が鬼武と話すみたいだし、そうなると花咲さんの相手は……俺? ぜってぇ無理だ。童貞に恋愛相談とかアホだろ。
ところが花咲さんは「じゃあね」と言い残し、教室から出て行こうとする。
「ん? ……花咲さんは用事ないのか?」
「うん? 私は武者ちゃ……鬼武ちゃんの付き添いだったから。じゃあね、縁くん!」
そう言って花咲さんは手を振り、恋愛応援委員会の教室から去って行く。
……花咲さん可愛いな。いつだか聞いた話では、花咲さんは男子の間でアイドル的な人気があるとのこと。たしかに、それも頷ける可愛さだ。
去って行く花咲さんの後ろ姿を眺めていると「日ノ陰くん、早く来て」と恋中に呼ばれた。どうやらこれから鬼武の話を聞くことになるらしい。
それでは、仕事をするとしよう。この学校の恋愛至上主義をぶっ潰すために。
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