日ノ陰、本当に私のこと、好きにならない?

 恋中こいなかが「さて」と呟き、机の上を片付け始める。


 学校史やら過去の有志団体資料。生徒会関連の資料に、新聞部バックナンバー。そして白黒写真までもを含むそれらは、恋中が俺によこした資料の出典元だ。しかし、よく調べたものである。いったいなにが恋中をそこまで突き動かしているのか、わりかしマジで謎だ。

 するとそこで、恋中が手をピタリと止め俺の方をジッと見つめてきた。


「……なんだ?」

日ノ陰ひのかげ。私に対して恋愛感情は無いと言っていたけど、それでも念のために言っておくわ。私のこと、絶対に好きになっちゃダメよ。もし私に好意を持ったら、計画実現に支障が出る可能性があるから」

「あ? 童帝の投稿欄読んだことあるなら知ってるだろ。俺は恋だの好きだの、んなのは性欲の言い換えでしかないってマジで思ってんだよ。それが俺の信念だ。だから俺が恋中に抱くのは、肉慾にくよく。それだけだ」

「……ふうん」


 恋中は目を細めた後、「ホントに?」と問うてくる。

 いや、そんな顔されてもなぁ。だって俺、恋中の身体にしか興味ないもん。腰つきとかむっちゃエロい。やっぱ女の子は腰つきが大切だと思うぜ俺は。乳など二の次三の次だ。

 すると、なぜか恋中が俺の眼の前までやって来た。そして品定めするような目を向けてくる。というか、単純にその眼が怖い。


「あ、あの……こ、恋中――うえっ!」


 突如、恋中は両手を伸ばし、俺の頭をガッチリと固定してきた。細く柔らかい指先が、頭に食い込んでくるのを感じる。


「日ノ陰、本当に私のこと、好きにならない?」


 恋中は少しばかり媚びるような声でそう言った。

 至近距離で恋中と見つめ合う形になる。じんわりと湿ったひとみに、血色の良い桜色の唇が揺れている。

 俺の鼻先を、サボンの香りがくすぐる。おそらく、恋中が付けている香水だろう。そうと分かっているはずなのに、これは恋中だけが放つ匂いだと錯覚してしまいそうになる。

 それにしてもいい匂いだ。恋中の首筋に鼻を突っ込んで深呼吸したい。

 いや、ではなくてなにしてんの?


「恋中、お前いったいなにして――――」


 突然だった。

 自分がなにをされたのか、その行為を認知することは出来た。しかし、その行為を理解することは出来なかった。だが次の瞬間、自分の唇に柔らかい感触を覚える。柔らかい感触を理解した。キスされたのだ。恋中に。


「ちょぉぉぉぉっ!! んんんん

~!」

 俺は恋中を引っぺがすべく両手を掲げる。だが恋中は俺の両手をガッチリと掴み、離さない。そしてあろうことか恋中は、俺の唇をこじ開けるようにして、にゅるっと舌を突っ込んできた。ベロチューだった。


 あああああああああああっ! なんだこの女! ああああああああああああっ!


 俺はしばらくの間、恋中に口の中を犯され続けた後、ようやく開放される。

 何も考えられない頭をかかえ恋中を見れば、彼女の湿った唇から「はぁ」という色っぽい吐息が漏れた。息継ぎをしていなかったためであろう、頬が紅潮している。


「で、どう日ノ陰。私のこと好きになった?」


 恋中はジッと見つめてくるが、目など合わせられるはずがない。

 俺の眼球が、自分でもわかるほどにあちこち動いている。学校一の美人と称される、あの恋中いろはとキスをしたのだ。そう考えてしまったからこそ、脳味噌の内部から溢れ出し、俺の頭を支配して、自制を利かせさせなくなるこの情動。

 脈拍が早く、心臓が高鳴り、息が荒くなる。そう、この感覚とはまさに……


「いや、ムラムラした」


 正直だった。俺は自分に正直なのだ。すごい、ムラムラしてたまらない。

 おいおいおい、なんてことしてくれてんの? 俺が並の童貞だったら、並々ならぬ自制心がなかったら、いますぐ恋中に襲い掛かってるんだが?


「さすが童帝ね。襲われたら大声で人を呼んで『レイプされそうになった』って言ってたわ」


 あっぶねえ。マジで捕まるところだった。いや、しねえけどさ、そういうこと。というか、そういうことのやり方を知らない。なぜなら童貞だからな! フハハ!


 そしてその後、俺は恋中の片付けを手伝い、2人して図書室の書庫から出てみれば最終下校時刻の手前になっていた。


「日ノ陰、明日から告白応援委員会として活動を始めるからそのつもりで。明日の放課後、別連棟4階の第二教室に来なさい」


 別れ際、恋中はそう俺に言い残し、颯爽と立ち去って行った。

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