わかった。この学校の恋愛至上主義をぶっ潰そう

「アナタがキングになるのよ。そして私がクイーンになる。それ以外に方法はないわ」


 昨日、図書室の書庫でそんな事を言われ、俺は固まっていた。恋中こいなかは自分がなにを言っているのか、わかっているのだろうかと。


「いや、恋中。言いたいことはわかるぞ。つまり俺とお前がペアを組んでプロムに参加する。それでキングとクイーンになって、相手をわざと振って告白を失敗させてる。そうすりゃジンクスじみたものが発動する、らしいからな。でもな……」


 問題はここだ。というか、いったいどうすると言うのだ。


「無理だろ。恋中が、俺と組んでクイーンとキングになるのは」


 普通に考えれば、というより少し考えればわかる話だ。

 どのペアがキング&クイーンにふさわしいかは、全校生徒による投票によって決定する。

 が、学校という場における投票など人気投票のようなもの。絶大な人気を誇る恋中いろはであれば多くの票を獲得できるだろう。男だけに限らす、女にもファンがいるという話だし。

 だが、一つ問題が存在する。俺だ。


 例えば、ウチのクラスの超絶イケメンである二階堂にかいどうあたりが対抗馬たいこうばとして出現した場合どうなるか。なんて、答えは簡単だ。十中八九、俺と恋中のペアは負ける。

 なぜなら、恋中と二階堂が同じくらいの人気があり、両者が同じくらいの票を獲得した場合、なにが勝敗を決定するかと言えば、その片割れの人気。つまり俺である。

 仮にもイケメン二階堂とペアを組んでプロムに参加するような女が、スクールカースト等の人気に関連してくる要素において、こじらせらせ童貞である俺よりも下、ということはないだろう。だからこそ、恋中が俺とペアを組んでしまえば、負ける。


 ……しかし恋中、んなことくらい想像できないもんかね。

 あ、もしかしてドラマのサクセスストーリーみたく、俺をイケてるモテモテ男子にプロデュースしてくれるのだろうか。まあたしかに、モテるのはやぶさかではないし、モテる人間の気持ちを味わってみたくはある。いやいや、でもそこまでしてモテたくないというか。むしろなんの努力もしないで女の子にモテたいというか。てか、アニメのヒロインみたく無条件に、無限に愛してくれる女の子、いねぇかな。しかし無限の愛か。まるで神様みてぇだ。あ、なるほど。だからアニメやらラノベのヒロインキャラを○○神とか呼ぶのか。なーるほど。


 と、思考と妄想の果てに辿たどりり着いた答えに満足していると、「日ノ陰だからいいのよ」と恋中がポツリと呟き、意識が引き戻される。


「日ノ陰。自分を過少評価しちゃダメ。あなたには価値がある。童帝どうていだからこその価値が」

「……いや、童帝に価値はねぇだろ」


 やや自嘲気味に言えば、恋中が小さく溜息を付いた。


「いい?  あなたは、一部の層に絶大な人気を得ていること知らないのかしら」

「絶大な支持? なに言ってんだ?」

「だから、日ノ陰は『新聞部非モテの嘆き』の投稿者、『童帝』でしょ? あの投稿記事、この学校のモテない人間から絶大な支持を集めているのよ。知らないの? このアンケート結果」


 言って恋中は、机の上にあった冊子を俺に渡してくる。

 どうやらそれは、生徒会と新聞部が合同で行っている『学校満足度のアンケート調査の結果』であるらしい。そしてその中には『新聞部に関するアンケート結果』が載っており、とある質問の回答に蛍光ペンでラインが引かれていた。


「Q.童帝をどう思いますか? A.よい15% でうでもよい15% 処す70% 

           (全校生徒1203人を対象に調査。うち有効回答1192人)」


 物騒なアンケート結果だった。つか、フツーは「よい・普通・悪い」とかだろ。なんで「悪い」が「処す」にすり替わってんの? まあ、いつぞやHLの時間、このアンケートを担任に半強制的に回答させられた時にも思ったけどよ。

 童帝としての自分の評価にプルプルと震えていると、恋中が「ふふん」と笑う。


「日ノ陰。それを見て、どう思う?」

「……どうって。この学校じゃ、10人いたら、そのうち7人くらいは俺を見つけしだいぶっ殺したいって思ってることしかわからんぞ」

「たしかにそうかも。でも日ノ陰、全校生徒のうち15%もの生徒に支持されてるじゃない」

「……はあ?」


 そう言われもう一度アンケート結果を見て、気付く。

 たしかにアンチ童帝は恐ろしく多い。だがそれでも、童帝を支持してくれている人間も存在する。というより、これが俺の人気度だと言ってもいいだろう。

 そして俺はその瞬間、恋中がなにを考えて、なぜ俺を誘ったのか理解できた。


 恋中は恋愛至上主義者共に絶大な支持がある、そして俺は非モテに絶大、とは言わなくとも目に見える支持がある。つまり恋中が考えていること、それは――


「恋中。つまりこれは、俺とお前。2人の人気があれば、プロムの投票に勝てる、ってことか」


 すると恋中は俺を指さし、「ご明察」と答える


「私があなたを誘ったのはそういうこと。童帝としての人気、恋愛アンチだから私を好きにならないという確信、だからこそのジンクスの達成……いえ、正直ジンクスなんて私も半信半疑。日ノ陰の興味を引くための材料。だから私の本心を言えば……」


 と、恋中は腰に手を当て、心底嬉しそうな顔をする。


「皆の前で恋中いろはが、非モテの日ノ陰縁に無残にフラれる。その状況を作り出す。そうすれば確実に、私への恋愛相談はなくなるでしょうね。非モテにフラれた女にいったい誰が恋愛相談なんてするのかしら」


 くくく、と恋中は笑い、「それによ、日ノ陰」と呟いた。


日ノ陰ひのかげえにしというあからさまな非モテに、恋愛至上主義者が『恋愛マスター』と崇める恋中こいなかいろはが振られてしまうという状況を、プロムという恋愛賛美の象徴とも言える大舞台で見せつける。これほどアンチ恋愛な私たちにとって痛快なことってあるのかしら」


 一呼吸置き、恋中が眼光を光らせた。


「だからもう一度言うわ。日ノ陰縁。私と組んで、王になりなさい。童貞を肯定しなさい。それこそが、新の皇帝に至るための道程。そして……」


 恋中は小首を傾げ、あくどそうな顔をして笑った。


「この学校の恋愛至上主義を、ぶっ潰しましょう」


 身体が震えるのを感じた。

 キュっと心臓が絞られた後に、一気に血液が全身に広がっていく感覚。腹の底にとことこ湧き上がるなにか。


 見たい。見てみたい。恋愛至上主義者共が信じていた存在が、俺という非モテに無残にも振られる光景を見てみたい。そんな痛快な状況を作り出してみたい。この学校の恋愛賛美な風潮に一矢報いてみたい。泥を塗ってみたい。


 そしてなにより、眼の前にいる女の顔が俺を駆り立てる。

 美人だからとか、可愛いからとか、そんなものではなく、たたただ惹かれたのだ。何かを滾らせている眼に。含みを持った笑みに。凛とした姿に。

 だから、俺の口は自然と動いていた。


「わかった。俺と一緒に、この学校の恋愛至上主義をぶっ潰そう」


 そして俺達は、握手を交わす。

 こんなにもしっかりと女の子と手を結んだのは初めてであったが、そこに特別な感情を見出すことはできなかった。女とか男とか、そんなことはどうでもよくて、同じような考えの仲間ができたことが単純に嬉しかったのだ。ま、でもやっぱ。女の子の手は柔らかいな。


 が、握手を終えたあたりで冷静になっていく自分に気が付く。冷静になったからこそ色々と考えてしまう。てか、一番重要な問題かもしれない。


「あのさ、そもそもなんだけど俺と恋中が一緒にプロムに参加したら、恋中の人気まで下がったりしないか? ……いや、ちょっと待て。俺の支持者にどうやって決起呼びかけんだ? んん? てことはなにか? 俺が童帝ってバラすの?」


 ええ、んなのことしたら死んじまうぜ? 俺?

 すると恋中は「まあね」と肩をすくめる。


「たしかにこなすべき課題は沢山あるわ。どうやって童帝の支持者だけに『日ノ陰縁=童帝』だと伝えて、投票のときに決起けっきを呼びかけるか……とかね。ま、でもそれは当分先。ただ、それでも目下やるべきことがある。それは私と日ノ陰で……」


 と、恋中が言葉を区切り、なぜか苦笑いを浮かべた。


「生徒の恋愛を応援すること」

「え? なんだって?」


 瞬間、その気持ち悪いワードに鳥肌が立つ。

 んん? なにを言っているのだろう。聞き間違いか? 難聴系なんちょうけい主人公のつもりはないだが?


「いやいや、恋中さんなに言ってんの? なんでそんなことすんの? 俺ら恋愛アンチじゃん?この学校の恋愛賛美の風潮に泥塗るじゃん? ついでにプロムもぶっ潰すじゃん? なのになんでそんな恋愛至上主義者じみたことすんの?」

「私だって嫌よ。でもこれは、私がさらなる人気を獲得するために必要なことなの」

「人気? たしかに恋中に今以上の人気があれば、プロムの投票でも勝ちやすくはなるけどよ。でもそれが人の恋愛を応援することとなんの関係が――」

「日ノ陰、この学校に通う生徒の一番の関心事ってなに?」


 俺の言葉を遮り、恋中は問うてくる。

 ……ふむ。この学校に通う奴等の一番の関心事。ま、学生の本分は勉強だし、一番の関心事は勉強だな。いやいや、勉強以外になにがあるの?  むしろ勉強しない学生とか価値あるの?

 まあ恋愛だの、恋愛だの、恋愛だのを大切にするヤツらもいるけどさ。でも恋愛にかっこつけてばっかいると成績悪くなっちまうぜ。特にここの生徒とか……あ、いや待て。この学校そこそこの進学校だったわ。むしろ恋愛もできて勉強もできる連中の集まり。うわ、ぶっ殺してやりてぇな。

 ま、つまりあれだ。この学校の生徒の一番の関心事は、恋愛。

 

「要するに色んなヤツの恋愛を手助けして、恩を売るってことか?」


 俺が苦笑い気味に言えば、恋中は心外そうな顔をした。


「人聞きが悪いわね。恋する人間の手助けをするだけ。でも別に、貸しを作るとか見返りを求めるって呼びたいなら好きにしなさい。私は良い気がしないからそうは呼ばないけど」

「自覚してんじゃねぇかよ……」


 人様の恋愛を応援する、ように見せかけて恩を売る。「そなたの恋愛を成就させてやる」「えー、ホントですか有難うございます!」「その変わりプロムでは私に投票するよーに。ベツニワルイコトハシナイカラサー」と言った具合だ。でも。別に文句はない。


「それはいいとしても、実際どうすんだ?  恋愛相談乗ったるぜって介入してくか?」

「頼まれたらまだしも、こっちからおせっかい焼きに行けるわけないでしょ。だから、あちらから来てもらうわ。日ノ陰、『告白応援委員会こくはくおうえんいいんかい』って名前の団体、聞いたことない?」


 俺は首を傾げたが、すぐ思い出す。


「さっき出雲先生からそんな話を聞いたけどよ。てか、まさか……」

「そう、あの団体を隠れ蓑にして恩を売る。もし仮に恋愛相談に失敗したときは、日ノ陰が童帝として、その失敗した人間を非モテのダークサイドに引き釣り込むのよ。そうすれば人気の総合票は変らない」

「お、お前。なんていうか……」


 思わず引き笑いが出てしまう。

 恋中は超過激なアンチ恋愛で、俺が引いてしまうぐらいにえげつないやつだった。でも、だからこそ俺は、恋中という人間を面白いと思ってしまった。正直、好きなタイプな人間だ。


「俺、お前のこと好きだぜ。恋愛感情じゃねぇけど」

「あら、奇遇ね。私も日ノ陰のことは結構気に入ってるわ。童帝としてのアナタだけど」


 お互いに、明後日の方向に向かって好意を飛ばし合い微笑みあってしまった。

 と、恋中が「さて」と呟き、机の上を片付け始める。

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