俺の右拳が、鬼武の左頬に叩き込まれた
まずい。このままではイケメンであらさえられる
だが、そのことを理解したのは俺だけではないらしい。横にいた
俺が眼だけで二階堂を見れば、ヤツは今まさにタオルで顔を拭き終わり、そのまま俺たちの方向へ顔を向けようとしていた。
くそっ! あんな妖怪みてぇな鬼武の顔を二階堂に見られたら恋愛どころではなくなる。
俺は右手を、鬼武の顔に向かって、放つ。鬼武の顔を真横から押さえ、メイクが施されていない顔左半分だけを、二階堂に向けるためだ。これなら、まだ誤魔化せる!
――――いっけえええええ!
俺の右拳が、鬼武の左頬に叩き込まれた。「おべぇッッッ」と、女とは思えない声が鬼武の口から漏れる。
が、しかし。そんなことをするべきではなかったと、すぐに気が付いた。
――パン、という音がしたかと思えば、鬼武の顔は、真正面を向いたまま静止していた。
なぜ? そう思ってよく見てみれば、鬼武は左頬に俺の拳を喰らい、そして、右頬には
そのため鬼武の頬は、両方側からプレスされる形となってしまい、あげくその顔は、ひょっとこのような顔になってしまっている。
瞬間、俺は
チラリと恋中を見て見れば、彼女も眼をぱちくりと開けたままま、固まっていた。
「……あれ? 鬼武……か?」
その声に俺と恋中はびくっと肩を振るわせ、2人して首だけ動かし後方を見る。するとそこには、困ったような顔をした二階堂が立っていた。困惑、していた。
うっわ、これうっわ、うっわ……うわぁ……。どうすんだこれ。最悪だ。二階堂に対してこれ見よがしに、化物のような鬼武のひょっとこ顔を向けちまった。
俺と恋中は鬼武の頬から手を離し、鬼武に背を向けるようにして二階堂の方を向く。鬼武の顔など怖くて見れない。
すると二階堂は恋中へと視線を動かし、「あれ?」と呟く
「恋中さんも一緒だったのか……てことはやっぱり鬼武なんだよね? でもいったいどうしたんだい? その顔。ねえ、恋中さん?」
話を振られた恋中は、咳払いをして、右手を腰に当てた。
「あら、二階堂くん。こんにちは。いい天気ね。なんだか雨でも降ってしまうそうな天気」
夕暮れに染まる空を見上げる恋中。
彼女はひどく混乱しているらしく、言っていることが支離滅裂だ。いい天気なのになんで雨がふるん?
二階堂も俺と同じことを思ったのか、首を傾げた。
「ははっ、この天気で雨は降らないよ。それより君はたしか……」
と、俺に視線を向ける二階堂。
「同じクラスの日陰《ひかげ》くんだよね。なあ、日陰くん、この雨なんて降らないよな! ははっ!」
「……え、あ。そ、そうかもなー」
突如、二階堂に気さくに話しかけられキョドる俺。てか俺の苗字間違ってるんだが?
そんなこと思っていると、二階堂は再び鬼武に顔を向ける。
「でもどうしたんだい? 鬼武、そんな恰好して? なにか仮装でもしてたのかい?」
「うっ、そっ、それは……その!」
「もしかて、あしゅら
意外過ぎる事実発覚する。なに? あしゅら男爵って流行ってんの?
すると鬼武は「なに?」と呟き、おろおろと身体を震わせ始めた。
「私のことが……好き、だと?」
やべぇ聞き間違いをしやがった。いった全体、なにをどうすればそんな聞き間違いをするというのだろうか。童貞の俺であっても、そんな聞き間違はしない。
童貞は異性の言葉を勘違いをすることはあっても、聞き間違いだけはしないのである。異性に言われた言葉には酷く敏感であり、ただしその言葉の意味合いや意図すること深読みしすぎて、勘違いをするのだから。
「ちょ、ちょっと待て鬼武。お前、なんか聞き間違いを――」
「ありがとう、日ノ陰縁。しかし、なんということだろうか。ちょっと可愛い系のメイクをしただけで、こんなにすぐ成果ができるとは。だが、ここからは私だけの力で押し通すべきこと。すまない、少し……黙っていてくれ」
鬼武にキメ顔でそう言われた。いやいやいや? この女なに言っちゃってんの? それ聞き間違いだから!
「鬼武! 俺の話を――」
「
俺の言葉を遮るようにして鬼武は言い切ってしまった。
続けざまに鬼武は口を開く。紅潮した頬に、ふるふると震える唇、そしてあの、顔半分可愛いメイクを施した顔のまま。
「二階堂凛久。私が君を好きになったのは……昨日のことだ。私が落としたハンカチを拾ってくれた……それだけで私は、二階堂凛久を好きになってしまった!」
とんでもなくチョロかった。ちょろすぎた。もう好きになるレベルが小学生だった。つーか好きになったの昨日今日の話じゃねえか。
が、なおも鬼武の話は続く。
「そのとき思ったのだ。いつもは皆と一緒にお喋りに興じる二階堂凛久。なぜ私はこんな男を今まで好きにならなかったのだと」
するとそこで、二階堂が困り顔を鬼武に向ける。
「えっと……鬼武。それは友達として好きってことじゃなくて……つまり」
「ああそうだとも! 友達として好きなのではない! 異性として! 女として二階堂凛久のことが好きなのだ! だから、だから……」
そこで鬼武は言葉を区切り、宣言した。
「どうか私と付き合ってくれないだろうか!」
そのとき、沈みかけの太陽が雲間から顔を覗かせ、
そのせいだろう、鬼武の顔は真っ赤と言っても過言でないほどに赤くなっていた。もじもじと両の指を
そして、そんな鬼武に、二階堂は優しく微笑んだ。
「鬼武。ちゃんと言ってくれてありがとな」
「な、ならば!」
がばっと顔を上げ、嬉しそうな表情を浮かべる鬼武。しかし。
「ごめん、鬼武。いま誰かと付き合う気はないんだ。でも、気持ちは嬉しい。好きになってくれたのは嬉しいよ」
二階堂は苦々しい顔で告げ、鬼武に向かって頭を下げた。
「だから、よかったらこれからも友達として一緒に接してくれないか? 鬼武や花咲さんたちと話すのは楽しいんだ」
すると、鬼武はしばらく顔を俯かせていたが「そうか、そうか」と呟き、ぱっと顔を上げる。
「わかった、二階堂凛久。私としては残念だが、これからも友人として接してくれ! 私からもよろしく頼む!」
そう言った鬼武の顔は驚くほどに明るかった。
そして二階堂は俺と恋中に向かって「じゃあね」と言ってその場から立ち去って行く。
その場に残されたのは、俺、恋中、そして鬼武の三人。だれも言葉を発しようとはしない。ふと俺が恋中に眼を向けてみれば、彼女は視線を地面に落としていた。
と、そこで鬼武が「また、フラれてしまったな」と呟き、鼻をスンと鳴らした。そして次の瞬間。
「フラれちまったんだよおおおぉぉぉ!! うおおおおおおおおおん!」
鬼武はその場に倒れ込み、凄まじい勢いで泣き始める。
「どうしてなんだよおおおおおお!! だれか答えてくれよおおおおお!」
そんな鬼武の姿に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。だって鬼武、あのヘンテコな顔で「うおおおん!」とか言ってんだぜ。しかも涙でメイク落ちかけてるしホント化物みてぇな顔だ。
さすがに見かねたのか恋中が「ちょっと、オニムー落ち着いて」と声を掛けるが鬼武の勢いは一向に止まらない。
「どうせ、どうせ私はスポーツしか取り柄がない脳筋プロテイン少女なのだ! そうだ! 私のおっぱいはプロテインでできているんだ!」
泣きじゃくる鬼武。すると恋中が俺のほうを見て「どうにかして」という顔をしてくる。
いや、しかしなあ。どうにかって。どうしようもねぇだろ。フラれた人間にどんな言葉をかけても無意味だ。同情されるのすら辛いのだろうし。ま、それでもでも。同じ非モテとして言ってやりたいことはあった。
俺は鬼武に近付き、彼女の顔のすぐ脇にしゃがみ込む。すると泣きじゃくっている鬼武と眼が合った。彼女の眼からは、涙がとめどなく流れている。
「な、なんなのだ。日ノ陰縁。同情などいらん。放っておいて――」
「なあ、フラれるってのは辛いよな」
そう言ってやると鬼武は「なにを当たり前なことを!」と言って俺を睨んでくる。
「まあ聞けって鬼武。好きな人にフラれるってのは、自分の存在を完全に否定されたような気になるもんだ。自分のことを一番認めて欲しかったヤツにフラれるんだから、自分の存在が否定されたように思って……勝手に絶望しちまう」
「それは……」
俺は、ふと地面に目線を落とす。童貞がなに言ってんだって話だが、童貞でもこんくらいのことは言える。
「だけど、鬼武の存在が完全に否定されたわけじゃねえんだ。鬼武は可愛いし、綺麗だし、カッコイイ。それに友達にも好かれてる。その証拠に二階堂は、お前と友達で居続けることを望んだ。普通その集団は壊れるぜ? 仲間内での色恋沙汰なんて。ま、つまりだ。鬼武……」
そこでわざとらしく俺はタメを作り、口を開いた。これだけは言ってやりたかったのだ。
「いつか、お前のこと好きになってくれる奴が現れるさ。……たぶんな」
……決まった。すげえ無茶苦茶カッコイイこと言ってしまった。うっわ、すげえカッコイイ。この光景を女の子が見たら俺のこと好きになっちゃうだろ。
が、ふと鬼武に視線を向けて、ぎょっとした。涙でメイクがドロドロに溶け、ゾンビみたいな顔になっている。ま、部活動の化粧品だし安いやつ使ってんだろ。
そして鬼武は、
「たぶんでは困るのだぁぁぁぁぁ! うおおおおおおおおん!」
またしても泣き始めた。ダメだわな。うん、わかってました。童貞には無理。やっぱ無理。
「日ノ陰、なにいまの? やたら具体的だったけど……実体験?」
「なんわけねぇだろ。全部妄想だ。妄想で体験を補う、それが童帝だ」
そしてその後、俺と恋中は鬼武が泣き止むのを待ってから下校した。
後々に恋中から聞いた話によると、最寄り駅につくまでの間、鬼武は何度となく思い出し泣きをしていたらしい。
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