この学校の恋愛至上主義をぶっ壊しましょう
俺は、旧準備津の扉の前で、膝を着いた。
が、その時。
――――――ガラッ。
突如、旧準備室の扉が開け放たれた。次の瞬間、扉の向こうからニュっと伸びてきた手に胸倉を掴まれ、そのまま俺は旧準備室の中に引き釣り込まれる。すぐさま、扉はピシャリと閉められた。
誰かが俺を、旧準備室に引き釣り込んだらしい。
だが、その誰かの顔をハッキリと見定めることはできなかった。なぜなら、旧準備室内は真っ暗だったからだ。カーテンを閉め切っているらしい。
「ちょっ、お前なにを―――」
口を手で押さえられた。そして俺は、扉横の壁まで押し込まれ、抱き着かれるような形で身体を固定された。
すると次の瞬間、すりガラスになっている扉のぞき窓に人影が映った。が、その影はスッと通り過ぎて行く。
恐らく、
「さーちゃんココだよ。旧教室に童帝がいるらしいよ!」
「ふ~ん。そう。だったら早くヤっちゃうか! おら! 覚悟しな童帝!」
ガラガラッ、と音が聞こえた。どうやら
「うっ……うわぁあ! なんだお前ら!」
「うるせえ! てめえが
「違う誤解だ! 僕は童貞であっても童帝ではな――」
「だまれこのチェリー野郎!」
心臓が
だが身体はどこまでも冷え切っていた。
思わず唾を呑み込む。
そしてしばらくそのままの状態で待っていると、隣の教室から聞こえてくる罵声と物音がだんだとやみ、最後にはシンと静かになった。
と、口に宛がわれていた手が離される。俺は助けてくれた誰かに顔を向ける。
「すまん、どこの誰だか知らんが助か…………は?」
「なに? 助けたのが私じゃ悪かったわけ?」
俺に抱き着くような体勢を取っている人間は、不満そうに眉間にシワを寄せているものの、それを補ってなお美しい顔立ちをしていた。というより、なにを隠そうその人物は……
「え……え、なんで。ここにいるのはホヘトのはず―――」
……いや、あの手紙は偽物。童帝である俺を呼び出すための罠。であれば恋中が俺を罠にハメた人間? だが、それならなぜ鮫島一派から助けるようなマネをした? いやそもそも‥‥‥思考が追い付かない。
すると恋中は俺から二歩ほど離れ、コチラを見据えて来た。
「おめでとう
恋中は言葉を気切り、クスッ笑う。
「流石私が見込んだ男ね、日ノ陰縁。いや……童帝、と言ったほうがいいかな」
「……なっ」
一瞬、息が止まる。俺の正体を知っている。歯を食いしばり、恋中を睨み付けた。
「てめぇ……なにが目的だ」
「なにって……日ノ陰に用事がある。いえ、童帝のあなただからこそ価値がある。というより、私とあなたはもうずっと前から深い関係のはずよ?」
すると恋中は、懐からスッと便箋を取り出し、俺に突き出してくる。
俺はその
「……その手紙。まさか……お前」
「そう、恋中いろは。ペンネームはホヘト。アナタにファンレターを送っていたのは私。この便箋……見覚えあるでしょ。だってあなたが私に送ってくれたものなんだから」
恋中が付き出した便箋。それはまさに俺がホヘトに送った手紙だった。なればこの女は本当に……
「……いや、まて。なんで俺が童帝だとわかった。ホヘトと俺は直接の面識がないはずだ。ファンレターだって新聞部の『八咫』を介してやり取りをしてる。だから……」
そこまで言った俺の言葉を、恋中は手紙を突き出すようにして遮った。
「そのファンレターがミソ。直筆の手紙なら新聞部もあなたに直接渡すと思ってね。何度か新聞部の部員の後をつけて、ある子が日ノ陰の下駄箱に手紙を入れているのを見つけた。上手くいくか分からなかったけど……それでも成功した」
そう言われ俺は返す言葉を失い、喉を鳴らした。
……たしかに、童帝である俺に辿り着く道はあの直筆のファンレターくらいしかない。むしろそれだけが童帝と俺を結び付けるたった一つの証拠。というより、これは恋中が仕掛けトラップだ。俺は恋中に物的証拠を作らされたのだ。
「……なら。ホントにお前がホヘト、なんだな」
「ええ、私がホヘト。アナタをここに呼び出したのも私。ま、ちょっとややこしい呼び出し方になったけど、許しなさい。ああする必要があったの」
「……必要?」
いまひとつ恋中の話が理解できず、俺は恋中はジッと見てしまう。
すると恋中は、手紙をプラプラと宙で遊ばせ始める。
「日ノ陰が真の童帝であるか確かめたかったの。さっき下駄箱で二通の手紙を貰ったわよね。ホヘトからのファンレター、そして私からのラブレターを」
「……ああ、そうだ。もらった。つかその言い草、あのラブレターはお前が書いたのか」
「その通り。二通とも私が準備した。ホヘトを選ぶか、恋中いろはを選ぶか、そこを見極めたかったから。恋中いろはに釣られるようでは、ダメだったのよ」
「ダメってのは――」
「そのままの意味で。恋中いろはである私に恋愛感情を抱いてもらうのは困るから。ちなみに、ラブレターの指示に従っていたら日ノ陰は隣の部屋に入って行った男みたくなってたわ。鮫島さんの餌食ね。今日この時間、あの教室に童帝が現れるって噂を流しておいたから」
「えっ……は?……お、お前……」
俺の口から変な声が漏れた。
こ、この女、なんてことをしやがる。
だが、苦笑いを浮かべる俺をしりめに、恋中は
「実を言えば隣の部屋に入って行った男子も眼を付けていたから、日ノ陰と同じ方法を試したの。だけど彼、見事に恋中いろはという私に釣られてしまったわけね」
言って俺を見る恋中の顔は、捜しものを見つけたときのような、どこかほっとしたような表情をしている。
が、そんなことよりも気になることがある。
「なあホヘト。……てか、恋中。こんなことして、お前は結局なにがやりたいんだ?」
「……ああ、そっか。それを話さないとダメね」
すると恋中はゆっくりと腕を掲げ、ビシッと人差し指を向けてきた。
「日ノ陰縁。私と一緒に、この学校の恋愛至上主義をぶっ壊しましょう」
そう言い放った恋中は、ニヤリと笑った。
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