あの太ももでペットボトルのお茶とか温めてくれねえかな
恐る恐る、振り向く。するとそこには歴史教師の
長いまつ毛に、スッと射貫くような
自然と、出雲先生の太ももに視線が向く。思わず頬ずりしたくなる程には美しい
「は、はあ出雲先生。どこって……帰る途中ですけど? 下校途中ですけど?」
「別に帰宅するのは構わない。でもどうだ?
腕を組み、睨みを利かせる
あ、やばい。さっきから太ももばっか見てて気付かなかったけど、出雲先生の顔超怖ぇじゃん。てかなんか怒ってんじゃん。まあでも、なんで怒ってるのかなんとなくわかる。わかるから、これは言い訳をせねばならぬ。
「あれですね。告白? ってやつらしいですよ。あー、でもそのありのことよく知らないっすね。ほら僕って
「ないですかーって、知らんわそんなの。共感を求めるな」
あーなんだよ出雲先生。めんどくせぇな。
別に共感を求めてるわけじゃねえんだって。俺らの世代じゃ角を立たせないための言葉の
「いや、僕って恋愛とか興味ないですし、それに恋愛ってのはそういうイケてる奴ら? 陽キャ? リア充? な奴等の専売特許であって僕のようなカースト底辺の人間がおいそれと手を出すべきではないわけですね。ええ、僕はカースト底辺ですから。いやいやホントにね。やれやれ、カースト底辺ってマジ辛れぇな」
「……
「あ?! なんてこと言うんですか出雲先生! 高校生には重要な問題だ! イジメの温床になっているって話もある! くっそぅ! やっぱ大人はなんにも分かってくれねぇ! もういい! 先生と話していても無駄だ! 教育委員会にチクってやるぜ!」
そう言って俺はきびつを返し、その場から立ち去ろうとした、その瞬間。出雲先生に、ぐいと制服の後ろ
「私は君がチューリップを鞄に押し込むのを見たぞ。それは教室にいる
「べ、別に大丈夫ですって。チューリップが一輪や二輪なくなったところでアイツらは気が付かないですって。恋は人を盲目にするって言うでしょう? 奴等には周りが見えていない。恋愛だの告白だのにうつつをぬかす輩はそんなものです」
「日ノ陰、君は恋愛に恨みでもあるのか? それとも自分がモテないことに対する自己弁護か?」
そんな出雲先生の言葉に、思わずへっと笑ってしまった。俺はモテる、モテないの話などしていないのだ。やれやれ、いっちょ教えてやるか。
俺は出雲先生に後ろ襟を掴まれたまま、その場で反転する。まるで首をつままれた子猫並に締まらない姿だろうが、仕方ない。
ふと視線を上げれば、
「いいですか出雲先生。そもそも、その『モテる』という言葉、僕には当てはまりません。なぜならその言葉はそういった土俵、つまりは恋愛の
「……なにが言いたい」
「だからですね。モテる、モテないという言葉は、モテようと努力している人間に対して使ってこそ意味を持つわけです。しかし僕はどうでしょうか? そもそも最初からモテようとしていないわけですよ? モテるための努力をしていないわけですよ? つまり僕はモテる・モテないという次元の話から離脱してしまっている。故に、僕に対して『モテない』という言葉は使うことができない以上、僕は『モテない』ないのではなく――」
と、そこで突然。ガラガラッという音に、俺の言葉が遮られてしまった。
なんだよこれから出雲先生を黙らせようとしたのに。
睨むようにして顔を向けると、教室前方の扉から女子生徒が出てきた。というかソイツは、
ああ、なるほど。さっき教室から出ようとして、クラスの連中に引き止められたもんな。それがいまになって開放されたのだろう。
恋中はキョロキョロと辺りを見渡し、出雲先生が視界に入ったためか軽く会釈をする。その後で、なぜか俺に目を細めてから足早に廊下を歩いて行った。
「
その声に我に返り、遠ざかる恋中の背中から視線を戻せば、出雲先生は未だに恋中の背中に顔を向けていた。
「は、はあ。そうですね、美人だと思いますよ。てかこの学校で一番でしょ? アイツって」
「かもな。ところでどうだ? 例えば恋中から『付き合って』と言われたら君はどうする?」
「先生。例え話ってのは『ちょっとありえるかも』なんて例を持ち出すもんですよ? 『宝くじで3億円20回連続で当たったらどうする?』って例え話しますか? しないでしょ?」
「なるほど。たしかに日ノ陰レベルの顔じゃまずあり得ないことだな。忘れてくれ」
「おい、おい待て。オイ。さらっと顔のこと馬鹿にしただろ先生」
「客観的事実を述べただけだ。私個人としては君の顔嫌いじゃないよ。まあ好きでもないけど」
「……出雲先生って教師なんですか? ホントに? 教員免許とか持ってます?」
しかし、時々いるよな。「彼女とか興味ない」とか言ってる奴に「じゃあ女優の○○が『付き合って』ってきたらどうすんの?」って質問するヤツ。それでこっちの顔がちょっとでもほころんだら「ほら、やっぱり彼女欲しいんじゃん」とか言っちゃうヤツ。バッカお前、宝くじ3億円当たる並にまず起こり得ないこと妄想して顔がほころばないヤツがいるの?
と、そんなことを考えていると、出雲先生がスッと息を吸う音がした。
「しかし日ノ陰。その言い草、まるであの生徒みたいじゃないか」
出雲先生は握り込んだ右拳で、廊下の壁をノックするようにトントン叩いた。
つられて顔を動かしてみれば、そこには壁に張られたA3サイズほどの用紙。
瞬間、少しだけ身体が強張る。
出雲先生がなにを指して『あの生徒みたいだ』と言ったのか理解したからだ。
その壁に貼られたその用紙は『週刊
我が校の新聞部が
そしてそんな『週刊 浜ノ浦高校新聞』には不定期掲載されている投稿コーナーがあり、そのコーナー名は『非モテの嘆き』というものだ。恐らく出雲先生はそれを指して『あの生徒みたいだ』と言ったのだろう
。
「この『童帝』という生徒が投稿した記事。日ノ陰と同じ匂いがしてな」
「へ、へえ。そ、そうなんですか。えっと……なになに?『恋愛至上主義のクソったれ共へ』うわ、これは酷い。こいつは間違いなく童貞だ。ぜってぇモテねえ。こんなこと書いているのがバレたらソイツ酷い目に合いますよ。クラスでハブラれますよ。ボッチ確定ですわこれ」
「かもな。……ちなみに日ノ陰。この童帝という生徒が書いた内容、君はどう思う?」
言われて俺は顔をしかめる。どうも思うって……どうもこうもない。だって俺が書いてるんだし。つまり童帝とは俺のPNである。
なれば出雲先生は、俺が童帝だと疑って鎌でもかけているのかもしれない。
だが、童帝であるこの俺はそんなことで失言するほどやわじゃない。しかし「大嫌いですコイツ」とあからさまに否定してしまうと、逆に怪しまれるだろう。だから答えるべきは決まっている。
「あーそうですね。僕は好きですね童帝くんの考え方。ちょっとだけ過激な言い方ですけどね。でも実際この学校、恋愛賛美な校風があるでしょ」
「別に学校側としてはそういう校風にしようという気はないが……他の高校に比べると、ここの生徒は恋愛に関して積極的だな」
「でしょ? 積極的というかもう病的ですよ。恋愛病かっつーの」
そう
「おっと。私は行かなくては。ではな日ノ陰。それと、その恋愛に対する捻くれた考え方どうにかしたほうがいいと思うぞ。私は」
出雲先生はかつかつとヒールを打ち鳴らし、その場から立ち去っていく。
「あー、そうっすね、はい。直せたら直しますわ」
俺も鞄を肩に掛け直し、クルっとターンしたあたりで……背中に声をかけられた。
「ああ、ところで日ノ陰。近々潰れていた委員会が復活するのだが、君も入るか?」
踏み出しかけていた足が止まる。委員会? 復活?
「どういことっすか」と、振り向き際に俺が聞くと、出雲先生「ふふん」と鼻を鳴らす。
「新しくメンバーが入ってな。今年から復活するんだ。それで君もどうかと思って。もしかするとその恋愛アンチ治るかもしれないぞ」
「そうですか。それはご
「……ふん、そうか残念だ。君ならピッタリだと思っていたのだがな」
出雲先生はわざとらしく残念そうな顔をした。
……ふむ。なんだ。そんな態度をとられるとなんだか気になってしまう。
俺が何気なさを装って「どんな委員会なんですか?」と質問すると、出雲先生は何気ない顔をして、こう言った。
「
言い残し、立ち去って行く出雲先生。が、対する俺はと言えば、全身に鳥肌が立っていた。
ダメだこの学校。恋愛至上主義ここに極まれり。ダメダメ、絶対にゆるさない。
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