1章 恋なき青春は死に等しい

テメェらの告白に付き合う義理はない

 それは愛の告白だった。

 それを愛の告白と言わずしてなんと言うのか。


 俺は椅子に座って頬杖を突き、眼の前で繰り広げられている光景を眺めていた。


 いま、教室の中央では男子生徒と女子生徒が向かい合っていて、その周囲をぐるっと一周、生徒達が取り囲んでいる。


 まるで台風のようだ。中心部分だけが静かで、周囲がやたらと騒がしいのだから。


 向かい合い立っている男子と女子はたしか、伊藤大地いとうだいち斎藤百花さいとうももかと言ったはずだ。苗字の組み合わせからクラスの連中は、TOTOコンビと揶揄していたような気がする。


 するとそこで、伊藤大地がゆっくりと口を開いた。


「あの、俺。百花ちゃんのこと……ずっと前から好きでした。付き合ってください」


 その言葉に周囲の連中がどよめき立つ。


「おおっ」と唸るような声を上げる男子生徒、「ひゃっ」と黄色い声を口から漏らした女子生徒、「まだどうなるかわからんよー」とヤジを飛ばす、仕切りたがりで仲人気取りの女子生徒。


 だが、ざわめきの波はすぐに引いていく。告白を受けた女子生徒、斎藤百花の返答に皆が注目しているからだ。


 斎藤は顔を覆い隠していた両手を下ろし、何かを決意した顔を伊藤に向けた。


「お願い、します」


 その瞬間、割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 伊藤と斎藤を取り囲んでいた生徒達はその場で跳ねたり跳んだり、伊藤は友人から肩バシバシと叩かれ、斎藤を友人に抱きしめられ、祝福の言葉をかけられる。


 と、そこで伊藤が教室全体に向かって、照れくさそうに言った。


「じゃあみんな。アレ、百花ちゃんに渡して!」


 すると、クラスの連中は机や鞄の中から、各々チューリップを二輪取り出し、


「おめでとー」

「幸せにー」


 などと口にしつつ、めいめいに斎藤百花に手渡していく。

 斎藤は驚いた顔をしながらもチューリップを受け取り、ついに涙を流し始めた。おそらく嬉し涙なのであろう。


 いったいこれはなにをしているのか。


 なんて、話は簡単だ。

 

 これは今しがた告白を成功させた伊藤大地だいちが仕組んだことであり、ありていに言えばサプライズ、というやつである。伊藤とクラスのトップカーストあたりの連中が共謀きょうぼうし、『告白が成功したらコレを斎藤さんに渡してあげて。あ、もちろんそれまではどこかに隠しといてね』とチューリップを二輪、こっそりとクラス全員に配ったのだ。


 そして告白が成功したからこそ、斎藤はクラスの連中からチューリップを受け取っているのである。


 ちなみに、斎藤百花ももかが受け取ることになるチューリップの合計で百輪。四十人クラスなので、一人二輪ずつ。そして最後に伊藤が二十輪のチューリップを渡すらしい。それで合計百輪。


 ところで、なぜ百輪なのかと言えば、


『伊藤百花って、百の花って書いて『ももか』って読むじゃん。だから百輪の花』


 ということらしい。


 なので俺は、教室後方にある自分の席に座りつつ、そんな光景に対し、舌打ちをした。


 なめとんのかコイツら。


 なになに? なんーで教室で告白としちゃってんの? そんなに周りの人間に見て欲しいの? つーかよく考えようぜ。なんで俺が貴様らの愛の告白に付き合わないかんのだ。


 ちなみに、そんな考えを持っているのは俺だけではないようで、未だ熱気が冷めやまない教室を見渡してみれば、明らかに帰りたそうにしている生徒もチラホラ目にする。まあ、そうだよな。人の恋路ほどどうでもいいことねぇもん。


 あ、あの男子二人組み。「恋愛とか興味ねーし」とか言い合ってるけど若干涙目になってる。もしかして斎藤百花に気が合ったのだろうか。可愛そうに。


 が、俺含めそんなヤツらの心情などどこ吹く風。教室の中央を見てみれば、大半の連中は仰々ぎょうぎょうしく斎藤百花の前に並び、一人一人が祝福の言葉を掛けながらチューリップを渡している。おいおいマジかよ。その渡し方いつまでかかると思ってんの?


 だがしかし、斎藤にチューリップを渡さずに帰宅することはできない。そんなことをすればこのクラスでは、否、この学校では「テメェさてはアンチ恋愛主義者だな」とさげすまされ、非国民扱いを受けてしまう。なぜなら我が校には、恋愛賛美の風潮が蔓延っているからだ。


 と、視界のはしで動くものがあった。


 ふと目をやれば、教室前方にて、とある女子生徒が別の女子生徒にチューリップを渡していた。


「ごめん。これお願いしてもいいかな? ちょっと用事があるの」


 ――恋中こいなかいろは、と言っただろうか。


 恋中からチューリップ受け取った女子生徒は困り顔を浮かべたが、結局は「まあいいよー。渡しておくね」と言ってニコリと笑った。


 そして恋中がそのまま教室から出て行こうと扉に手を掛けた、その瞬間。


「ひっど~い。恋中さんどこいくの!」


 そんな声に顔を向けてみれば、伊藤と斎藤の仲人役なこうどやくっぽいことをしていた女子生徒が恋中を呼び止めていた。恋中は、困った顔になる。


「ごめん。ちょっと用事があって。雰囲気壊したくなかったから黙ってようと思ったの」

「それなら言ってくれたらいいのに! 伊藤もまだお礼言ってないし……それに全部恋中さんのおかげだし! さすが恋愛マスターだね!」

「別にそんなつもりはなくて……というより私は……」

「いやいや、恋中さんのお陰だよ! ねえ伊藤?」


 仲人気取りの女子生徒に呼びかけられた伊藤は「おう」と頷き、「ありがとうな恋中さん。色々としてくれて」と感謝の言葉を口にする。


 するとその言葉を皮切りに、周囲に居た生徒達が恋中に賞賛の言葉を贈り始めた。自然と、教室にいる生徒の注意が恋中に集まり始める。


 ――これは。思わず笑みがこぼれた。今の状況であれば‥‥‥恐らく。


 俺は鞄を手に取って立ち上がり、教室後方の扉へと向かう。左手にはちゃんとチューリップを握っている。こうしていれば一応、花を手渡すタイミングを窺っている男子、くらいには見えるだろう。


 そして俺は、クラスの連中の注意が充分に恋中に向かっているのを確認し、そっと教室の外に出た。ゆっくりと扉を閉め、チューリップを鞄の中に突っ込んでから、歩き出す。


 ふはっ、と笑ってしまう。


 これでいい。なーにが愛の告白じゃ。世の中には恋愛したくてもできないヤツがいるんですぅ。そういう人に配慮してみんな恋愛をしないようにするべき。全力配慮の時代なんだぜ今は。


「どこへ行く。日ノ陰ひのかげえにし


 突然、後方から声を掛けられビクっと身体が跳ねる。いったい誰が声を掛けてきたのか。もしや俺の逃亡に気が付いたクラスの連中だろうか。

 恐る恐る、振り向く。するとそこには歴史教師の出雲いずも祐実ゆみ先生が立っていた。

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