第97話 銀朱の密約
「おわっ!?」
「……な!?」
サキトは驚愕の声を上げたジンタロウ、ゼルシアと共にいつの間にか後ろに居た女から遠ざかった。
(いつの間に俺たちの後ろを取った――?)
俺自身、自分の事や俺と繋がりのあるゼルシア、魔人たちの事以外はそこまで感知能力に優れている訳ではない。
だが、さすがに真後ろに気取られずに移動を許す程、感知能力が低い訳でもない。そもそも横にいるゼルシアの目を逃れてそれをやってのける者など、俺の記憶にはない。
もし、それを可能とするのならば、
(……知覚を欺く事に特化した者。それも、勇者や魔王クラスの)
そんな存在、フランケンで市民相手に認識阻害を行っていたジークフリートたちや、俺がかつて相手取ってきた勇者や魔王でもいない。
(ゼル、いいか?)
(はい、なんなりと)
(不審な動き――はもう見せてるんだけど、これ以上何かする素振りを見せたら問答無用で拘束魔法。それで対応できないと判断した時点で戦闘態勢への移行の自主判断を許す)
視界の隅、ゼルシアが僅かに首を縦に振ったのを確認した俺は右手を体の後ろに回し、眼帯女の視界から遮った。そして、異空間内にあるアルノード・リヴァルの柄を握る。
●●●
こちらへの警戒を一気にユキに向けた面々を見て、ローラはつい先ほど、アウロラを降りた直後の事を思い出す。
(確か―――)
●●●
「ローラさん、一つお願いがあるのですが」
完全に停止したアウロラから降りたユキは同じく地に足をつけたローラに向けて頼みごとを言った。
「何ですか?」
「ここから先、私の装備やリベルタ、力の事について、話になったり問われたりしても、知らない
「はあ……何か困るような事でもあるのですか?」
アウロラの巨体を異空間倉庫へと格納するユキは問いに答えを作った。
「正直に言うと、この後会う方々について、存在を知ってはいても面識の無い方ばかりでして……。不必要に力を持っていると思われると不要な疑心を生みかねません。それに、私は実際のところ、魔法はそれほどうまく使えませんから」
「…………昨夜、一瞬で私を縛り上げておいてですか? 今も使える者は一握りしかいない収納魔法を使ってましたよね?」
表情を笑顔のまま固定したユキは、あー、と少し間を開けてから、
「怒らないでくださいよー。あれは私の得意な魔法だっただけで、それ以外の、生身だけでローラさんと戦ったら勝てないですって。あと、この魔法は慣れれば割と簡単なので、今後もお付き合いする事があればお教えしますよ」
釈然としない表情をされたが、明確な否定が返ってこないので是という事で判断する。
『マスターが私の事を話すまで、私も黙ってるからよろしく。まあ、そんなに隠し通すつもりもないからテキトーに合わせて頂戴』
「…………ユキには助けてもらってばかりですから、それぐらいはかまいませんが」
ため息交じりに言ったローラにユキが一礼する。
「ふふ、お願いしますね?」
●●●
(―――などと言っていましたが、あの対面は良かったのでしょうか……?)
マリアに抱きしめられながら、ローラはそんなことを思った。
●●●
『ちょっとマスター、どうするのこれ』
リベルタはユキにしか聞こえない魔力通信で彼女に言った。
『いきなり背後に気配無しで現れるとか、警戒しない訳が無いわよ?』
『いやあ、すみません。ついうっかり……てへぺろ?』
『否、舌出して言われても。困るのはマスターだし』
『ああん、リーベが冷たいです』
『はいはい、自分でやったんだから、自分でどうにかして』
●●●
こちらに一礼した女が少し間を開けてから首を傾げて言ったのをゼルシアは聞いていた。
「えーと……私、影が薄いとよく言われるんですが、やっぱり気付かれなかったみたいですね!」
「…………え?」
●●●
『七点』
『お、けっこう高得点ですか!』
『百点満点中よ。何処の世界に銀髪巨乳の眼帯女で影薄いのがいるってのよ』
『銀髪比率高ければいそうじゃないですかー。頭数が六に対して銀髪が二人なのでなんと約三十三パーセント』
『意外と高めの数値ね――いや、そうじゃなくて。ほら、相手だってちょっと困ってるじゃない』
●●●
「サキト……!」
ジンタロウの声に、俺は小さく頷いた。
「ああ! 銀髪巨乳に眼帯美女とか属性高いって話だろ!?」
「違う。否、事実としては違わないが」
「……サキト様、私も眼帯など、着けた方が宜しいですか?」
ゼルシアに無表情のまま問われ、意識を目標から外さないまま考え込む。
「え、うーん、そうだなー。そういう変化も良いかもなあ。でも、俺はゼルが好きなような格好してくれるのが一番良い状態だと思うよ」
「そういう話は夜やれよ」
今夜辺り実践だなー、と思いながら、とりあえずの所見を述べる。
「というか、俺、銀髪巨乳の美女に慣れすぎてて影薄いかどうかわからないんだけど、ジンタロウの方、どう?」
「知らん。昔はそうでもなかったが、今は目が慣れた」
「…………あはは、思ったよりも楽しそうな方々なんですねぇ」
眼前、女が先ほど見せた笑みとはまた違った笑いを見せていた。
●
「……貴方は?」
俺は警戒をそのままに、女に問う。
そもそも、彼女がなぜこの場にいるのか、という事すらわかっていない。
「あ、そうですね。お邪魔した身ですから、まずは名乗らないと」
そのように言った彼女は、自らのスカートの裾を両手で軽く持ち上げ、同時に軽く一礼してきた。
「ユキと申します。ローラさんがお姫様に会いたいという事で、お連れした次第です。ぶっちゃけ、皆さん的にはただのおまけだと思ってもらえれば」
「いや、おまけって……」
正直なところ、ローラと呼ばれた
『今のところ、魔力の質を見る分には人間だけど……俺らの背後を取ったのが見過ごせない点だな』
『はい。ここにきて、オーディアが刺客を送ってきたという可能性は十分あるかと』
『一応、こちらも迎撃の体勢は取っておく』
ゼルシアたちの言葉を受け、サキトは慎重に問いを投げる。
「あの
「いえいえ、どちらかと言えば、私はローラさんを助けた側ですよ」
「……本当なの?」
後方、マリアがローラに尋ねる。
「事実です、姫様。私は負傷し、気絶していたところを彼女に救われました」
人間が魔物を助けたのか、と隣でジンタロウがつぶやく。ただし、
そのように思った時、ユキがまた口を開いた。
「まあ、道中で偶然という形でしたが。ローラさんの事があってもなくても、それ以前から訪ねてみたかったんですよね。
―――魔物と生活を共にする皆さんの事を」
その言葉が、引き金となった。
次の瞬間、俺はユキにアルノード・リヴァルの切っ先を向けていた。
「……それを何処で聞いた?」
「ちょっ!? 貴方、それ人間なのよ!?」
マリアが驚愕の声を発するが、ただの人間ならばまだいい。
「俺らが魔物――魔人たちと生活していることを、外部で知っている人間はいない。フランケン側に情報が漏れていない事も機工人形を通して確認済だ」
もし、以前魔人たちが関わった盗賊たちから情報が漏れていれば必ずフランケンのギルド支部長であるヤーガンに話が行く筈だ。だが、彼につけている機工人形からそういった話は来ていないし、彼が機工人形を欺こうとすれば、必ず不審な動きを取る筈だが、それも報告は入っていない。
「可能性があるとすれば…………勇者、それもオーディアの息がかかった存在だ」
それは、
「オーディアが俺らの事を『視る』事ができるかは知らないが、あの女神が自分の上半身を両断一歩手前まで斬ったやつを放っておく性格には全く思えないからな」
俺はオーディアの肩から腹までを切り裂いた。今思えば、あそこできっちりと両断しておけば良かっただろうか。
とにかく、いよいよ女神が俺に逆襲をしかけてきたという可能性だ。個人的には、この世界への転移からここまで、何もアプローチがなかった事が信じられないぐらいだ。
「オーディア……あぁ、オルディニアで奉られている主神の事ですか。何か凄い事を聞いてしまったような気もしますが、何か勘違いをされているかと」
「勘違い?」
ええ、と頷いたユキはそのまま続けて言う。
「私は『魔物と共に生活する事』について特別性は感じません。なにせ、私も故郷では魔物と暮らしていましたから」
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