第98話 ユキの素性

「魔物と共に生活している、だと?」


 ジンタロウは驚きの声を上げた。


 普段、魔物や魔人たちと共にいる自分たちは特異なものだ。サキトやゼルシアの言に寄れば、世界によってはそういう集落もあると聞いたが、それはあくまで主従―――つまりはどちらかが奴隷や使役対象となっている事が前提だという。


「魔物を使役していると、そういう事か?」


 ジンタロウの問いに、ユキはいえいえ、と首を横に振った。


「どちらかがどちらかを一方的に利用するという関係ではないですね。お互いが出来ないことを補う形――それこそ、共存という形を取っています。まあ、私の故郷はここから東の果てにある小さな島国―――しかもそこの一地方ですので、一般的ではないと思いますが」


「東の果て、小さな島国……?」


 ユキの言葉に、サキトとジンタロウが顔を見合わせた。


『ユキという名前……名の響きはが。偽名という可能性もあるか?』


『…………否、今しがた《鑑定博士》で調べた。本名で間違いない』


 《鑑定博士》。サキトが持つスキルの一つで、調査スキルという事だが、


『他に情報は探れたか? 出身地とか』


『んー、身長、種族、スリーサイズぐらいしか出てこないな』


『……思ったより使えないスキルなのか?』


 横目でサキトを見る。


『うるさいよ。少し力を入れたらもう少し――――あ、出身地は出たな……アーインスキア?』


 聞いた事の無い名前だ。


『もしかしたら日本かとも思ったが、違ったか』


 東の果て、小さな島国というワードと、ユキの名の響きは、日本から転生した経歴を持つサキトやジンタロウにとって、まさか、というものだったが予想は外れたようだ。


『そうだな。うーん、保有スキルを暴けるはずだけど……だめだ、スキル周辺にノイズが走るな』


 サキトが若干顔を歪ませて言った。


『どういう事だ?』


『何らかの妨害スキルか魔法だ。保有スキル欄は、相手がスキルを持っていなかったら『無し』と出るはずなんだよなー』


 という事は、


『あの女は隠し事があると。もし、スキルを持っていたとしたら……』


『勇者である可能性が高い。高いだけ、ではあるけどな?』


 以前、サキトから聞いた話だ。人間がスキルを持っているからと言って、必ずしも勇者であるとは言えない。スキルは女神から付与される場合と先天的に所持している場合があるのだ。効果の強さは大体の場合は前者の方が高いようだが、後者が弱いというわけではないだろう。


『だけど、勇者判定が出ない。スキル等のステータスを隠す事は出来ても、そこは隠せないはずだ』


『しかし、お前のスキルでも見破れない程であれば、そこを改竄されているという可能性だってあるだろう』


 そんなジンタロウの指摘に、異論を唱えたのはサキトではなく、ゼルシアだった。


『いえ、私の方でも注視していますが、オーディアの力は全く感じません。私はかの存在から生み出されていますから、仮にオーディア由来のものであれば、見逃すことはありません』


 断言が来た。


『そういった意味では同じように、元の力がオーディア由来の力であるサキト様やジンタロウ様も、オーディアが生み出した勇者や魔王と遭遇すれば、大きな違和感のような感覚を相手に得るかと思います』


 しかし、そのような感覚をユキ相手には感じない。サキトもその事について何も言わないという事は、同じなのだろう。


『ゆえに、あの女は少なくともオーディアに関係する人間ではないという事か』


『はい。もしも勇者であるのならば、ヴォルスンドの勇者であるジークフリートのように、女神の介入無しで生まれた類のものでしょう』


 勇者にも、やはり大別して二種存在する。女神オーディアの手によって生まれたものと、そうでないものだ。


「あのー」


 と、ユキが右手を挙げて発言した。


「何かすごい静かになっちゃいましたが、大丈夫です?」


「あ、ああ、悪い。とりあえず君がオーディアに関係する人間ではないと、こちらで結論を出した」


「それは良かったです」


 両手を合わせて喜ぶユキに、ゼルシアが続けて言う。


「しかし、未だ疑問が残るのも事実です。貴方はこちらの状況を知っている口ぶりですが、私たちの生活について、外部で知っている者はいない筈です。何処でその情報を得たのですか?」


「えと、故郷には、動物と意思を通わせることができる魔物もおりまして」


 つまりは、


「まあ、具体的に言うと渡り鳥から情報を得たらしいですね。人間と魔物が、生活を共にしている場所があると」



●●●



 ユキを言い分を聞いて、ジンタロウがこちらに問いを投げてくる。


『……どう思う?』


『その能力を持つ魔物が居る、という事自体の信憑性を除けば、あり得る話だ。魔獣クラス未満は基本的に放置していたからなー。そうか、鳥かー……』


『そこは抜けていましたね、迂闊でした』


『否、そこまで気をまわしていたら疲れるし、そこからの情報漏れを警戒するにはコストが見合わない。

 ……とりあえずオーディアの刺客じゃない事が判った分、マシだけど』


 三人で話していると、後ろに居るマリアから声が届く。


「ねえ、サキト。ローラ、治療を受けたって言ってるけど、心配だからとりあえず休ませたいんだけど……」


「ん、そうだなー。受け入れた他の魔人候補たちの処遇も決めないといけないしなぁ」


 ローラは連れて行くとして、ユキはどうするか。直近の問題に答えを出そうと思考し始めた時、件のユキが言葉を放つ。


「ふふ、良かったです」


「何がだ?」


「皆さんの、お姫様への態度を見ている限り、ちゃんと対等に見てるのが判ったので。基本、人間は魔物を害悪としか見ないので、実際どうなのかなぁとは思っていたんです」


「…………ああ、そういう事か」


 ユキの言葉が本当ならば、魔物と共に生きてきた彼女にとって、この世界の大部分は生き難い場所の筈だ。


 友とする魔物が、故郷の外では悪としか判定されない。


「私も、自分を害する魔物は討ちますが、そうではない者をむやみに敵とする事はしたくなかったので。そういう意味では、渡り鳥から得たという情報が正しかったのは、うれしい事です」


「…………ふむ」


 今の言葉に、魔物に対する想いに、違和感を感じなかった。


 無論、先ほどから言動の一つ一つに注意は払っている。スキルや魔法でステータスを隠せたとしても、何処かで必ずぼろが出る。もし、そうでないとしたら、その者は鉄の心を持った人形か何かだろう。


「まあ……いいか」


「いいのか?」


「うん、俺たちの事を知っている人間をはいさよならって帰す訳にもいかないだろ。だけど、はっきりとさせたい事もある」


 言って、一歩前に出た。


「俺は相手の力や能力を探る力を持っている。だけど、貴方の情報の一部が見れない。

 ―――端的に訊く。何故、自分の力を隠している?」


 ユキが己の力を隠しているのは事実だ。


 返答次第では、やはり実力行使に移る場合も想定される。


 その覚悟で訊いたのだが……。


「……え? あぁ! そういう事ですか!」


 ユキが慌てたような声を上げる。


「すみません。隠匿魔法を使ってました」


「隠匿魔法?」


「はい。故郷を出る時、知り合いのお婆さんが『あんたは出るとこが出過ぎてるんだからこれで隠しておきな!』って言われて……」


「出るとこ出過ぎ……ああ……」


「ジンタロウ、視線下がったのがもろバレだぞー」


「ぬ!? 否、すまん!」


 ジンタロウがユキに頭を下げるが、彼女は笑って返した。


「いえいえ、構いませんよ。別に見られることに抵抗があるわけでもありませんし。あ、魔法はもう解除しましたが、どうですか?」


 問われ、俺は改めて《鑑定博士》を使い、ユキの情報を調べる。


「保有スキル……『無し』だ。しっかし、随分効果が強い魔法みたいだな?」


「ええ、故郷の魔物に古くから伝わる技みたいで。故郷の島国でも魔物と共存しているのは一部の人間だけで、同じ国の中でも大部分は魔物を敵視しています。そういった環境の中で人間に紛れて暮らすのに、隠密、偽装、認識阻害の魔法が強くなっていったみたいですね」


「まるで妖怪みたいだな……」


 そうだなあ、と昔読んだ漫画を思い出す。


「とは言え、貴方にはその他にも色々訊きたい事がある。しばらくは俺が付いて回ることになるが、そこは了承してくれ」


「はい、大丈夫ですよー」



●●●



 一連のやり取りを見ながら、ローラは内心複雑な気分でいた。


(…………いったい、ユキの話は、どれが本当でどれが嘘なのでしょうか)


 今しがた聞いていた話は、昨夜から先ほどまでにかけてユキから聞いた話と比べ、新しい話もあれば、矛盾した――または異なる内容の話がある。


 そこから彼女の人物像が見えてくる訳でも無い。その上、


(彼女の目的が見えない……)


 どうやら、不安視していたマリアへの関与はない。それよりは、本人が話していた通り、サキトと呼ばれるこの場の主たちへの興味が強いと見える。


(それでも、一定の注意は必要ですね……)


「ローラ? 行きましょ?」


「はい、姫様」


 自らの主に従い、ローラはサキトたちの後を歩くのだった。

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