第93話 白銀色の捜索者
『マスター、本気?』
リベルタに問われ、ユキは大きく頷いた。
「ええ、まあ」
ユキは皿と箸を石の上に置き、座ったまま宙に手を伸ばした。
瞬間だ。
いくつかのホログラムが出現した。
「それは……何でしょうか?」
ローラがホログラムに疑問を呈する。
「うーん、どう説明すればいいやら。まあ、一種の魔法とでも思ってください」
んな適当な、というリベルタの声を無視し、ユキがホログラム画面上に展開したのは地図だった。それも地形などが一見して分かるもので、かなり精度が高い様子が伺える。
「リーベ、この大河から枝分かれする川のピックアップ、お願いします」
『あー、もう……閾値はどうするの?』
問われ、少し考えてからリベルタに答えを返した。
「幅五メートル程より上にしておきましょうか」
『だと、こうよ』
待つ時間も無いまま、リーベの言葉と同時に地図上、青い線が強調されて浮き上がる。その数はまだ数えられる数ではあったが、想定していたよりも数は多い。
だが、画面を見て解る事もある。
「だいたいが河の東側に流れていますね。これはまあ、河を挟んで西側の方が高地というのが理由な訳ですが……」
水は高いところから低いところへ流れる。自明の理だ。
「この場所も河の東側ですしね」
既にこの場所はヴォルスンドの外側だ。しかし、言いたい事は別にある。
「ローラさん、お姫様とは同時に落ちたのですよね?」
意気消沈の彼女は、少ししてから答えを返してきた。
「…………はい。姫様は吹き飛ばされた私を受け止めたまま、共に川に落ちたはずです」
「だとすれば、ローラさんが流れ着いたこの辺りから大きく外れるという可能性は少し狭まります」
そのように断言する理由はある。
「ヴォルスンドの国境にもなっているあの大河は、基本的に分類としては中流に当たります。まあ、中流でも流速は下流に比べてそこそこありますし、分派した川の方だと流れていく場所によっては上流の様相に逆戻り、なんて所も存在しますが」
この洞窟周辺にも言える事ね、というリベルタの言葉にユキが頷く。
しかし、と続けたユキは視線を地図からローラに戻してこう言った。
「仮にお姫様がローラさんと離れ離れになってそのまま大河に流された、もしくはこの地図上の何処かに流れ着いているとしても数百キロ圏内には未だいると思います。というかですね、ローラさんにはあのように言っておいてなんですが、ぶっちゃけますとお姫様が何処にいるか程度であれば探し出せます」
「ほ、本当ですか……!?」
数百キロという単位が既に個人で捜索する範囲では無いのだが、ユキはそんな事を気にする様子も無かった。
むしろ、状況を楽観視したような雰囲気の彼女は、己の補佐たる存在にこう命じたのだ。
「リーベ、『クラリス』を使います。広範囲探知をかけてください」
●●●
『……再度問うわ、マスター。本気なの?』
リベルタは己の主にそう問うた。
クラリス。その名は、誰かを表す名では無かった。
『衛星クラリス――ここでアレを使うメリットが無いわ。逆にデメリットは沢山あるけどね』
クラリスの名を持つ人工衛星はこの星の軌道上、しかも丁度ユキたちの直上に位置していた。
「言いたい事は分かりますよ。でも、最初に少し使って以来ずっと放置してばかりで結局使ってないじゃないですか。丁度、交信可能位置なんですし、試験運用だって頼まれているんです。使わない手はありません」
『それはそうだけど……せっかくここまで隠匿していたのに、バレるわよ?』
問題はそこだ。
ユキが『とある目的』を達成する上で、敵対する者が必ず出てくる。クラリスはそのような存在と相対した時を含め、いざという時の為の備えの一つだ。
用途は様々だが、現在ユキが展開表示中の地図なども過去にクラリスで撮影した衛星画像を基に作成したものだし、今回行おうとしている高軌道上から広範囲を探索できるというだけでも大きな利点になる。
しかし、その敵はユキの魔力を感知できる可能性がある。そうなった場合、クラリスとの魔力を伴う交信は、クラリスの存在もそうだがユキ自身の居場所などが特定される危険もあるのだ。
彼女の補佐を行う身としては、そんな行為に加担する気にはなれない。
「大丈夫ですよ。最終的に立ち塞がる相手が向こうからやってくると言うのならば、それはそれで手間が省けて結構な事です」
『私としてはマスターが魔物の為にそこまでする必要性が理解できないわ。私の中の知識だと魔物って討伐する対象で害悪存在としてしかないのだけれど』
「――――縁、というのは大事ですよ、リーベ。普段、思っている以上に。そして、相手が人間で無かろうとです」
にこりと、ユキが笑った。
縁、ねえ……とリベルタは言葉に出さずに考える。そもそもAIに他者との縁を大切に、というマスターが奇抜な気もするが、今更だろう。
『……いいわ。一度やるって言ったら人の話を聞くタイプじゃないのはわかってるし。マスターが本当にそうしたいのであれば私は従うだけよ』
言ってはみたものの、実はこういったやり取りでこちらが折れた
「先程のお礼もしないといけませんし」
『礼というより謝罪じゃないのそれ。しかし、助けた美女を鎖で緊縛して乳揉むって字面にすると最低感ある――字面云々関係なく最低ね?』
当の揉まれた本人は首を傾げて、
「夢魔としてはその程度はどうという事は無いのですが……姫様を救う協力をして頂けるのであれば、是が非でもお願いしたいところです」
『マスターも大概だけど、こっちも普通じゃなかったわー』
とは言え、やるのならば速やかに済ませたい事案だ。
『ほら、マスターってば。実務はこっちで請け負うから必要なもの貰って』
「ああ、そうでした。ローラさん、何でも良いので、お姫様の魔力を感じ取れるものを持ち合わせていませんか?」
「と言うと?」
『そのお姫様の魔力を頼りに、上空から探査して場所を割り出すのよ』
●●●
そんな事が可能なのですか――と、ローラは口にしようとして、止めた。
この者たちは、出来ない事を口にする者たちではない。それは、この短時間だけで解る事の一つだ。
裏があるのではないか、ともやはり思ってしまうものだが、もはや今更だろう。
ならば、こちらも可能な限りの協力をすべきだと。ローラは己の中でそう判断した。
「……この指輪をお使いください。以前、姫様が身につけていらっしゃったものを頂いたものです」
指から外したものをユキに手渡す。それをどこから見ているのかは解らないが、リベルタが、
『アクセサリーね。手放してからどれだけ経ってるかで残ってる魔力は変わると思うけど……どうかしらマスター?』
指輪を軽く眺めたユキが、うん、と頷くのをローラは見た。
「かなり魔力が薄いですが、
『いいわ。じゃあそれの魔力を計測、クラリスで該当区域の検知。とっとと始めるわよ』
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