第92話 川辺の女たちⅡ
「では、貴方は冒険者なのですか?」
焚き火の上、フライパンで肉が野菜と共に炒められている。
現在、ユキが己の道具と持ち合わせの具材を用いて夕飯――最早夜食と言って時間帯に突入しようとはしているが――を作っているところだ。
香ばしい匂いが洞窟内を満たしている中で、ユキは器用にフライパンを扱いながらローラの問いに頷いた。
「ええ。最近はここから南西にあるヴォルスンドという国で過ごしていたんですが、少し興味が湧いた場所がありまして。そこに向かう途中でローラさんを見つけて今に至ります――っと、これぐらいでいいですかね。後はお皿に盛り付けて……はい、何かの肉と何かの野菜を使った炒め物完成です」
フライパン上の半分を皿に乗せローラに手渡すが、彼女は不安そうな表情をこちらに向ける。
「良い香りと見た目に反して不安しか出てこない料理名は止めて欲しいのですが……」
『素材に関しては全て成分検査してるから大丈夫よ。夢魔が食べられないとかそういうのはさすがに考慮していないけれどね』
リベルタの言葉にユキは頷いて補足を入れる。
「そうですねー、基本的にヴォルスンドでも使われていて私が名を覚えていないだけなので大丈夫だとは思います。毒が心配であれば私が先に食べますが?」
こちらの提案に、ローラはいえ、と否定する。
「ここにきて貴方が私に毒を盛る理由も無いでしょう。素直に頂戴します」
「ふむ、そうですか。まあ、料理に毒を盛るとか私の信条に反するので絶対やらないんですけどねー――あ、スプーンでいいですよね?」
ユキがローラにスプーンを手渡す。何処から出したのだろうという顔をしたローラはそれを受けとり、すぐに炒められた肉から口の中に運ぶ。
「――――ん、単純な炒め物の割に味がしっかりしていますね、美味しいです。
……しかしまさか、人間から食事を頂く事になろうとは夢にも思いませんでしたが」
「私も夢魔とこうした時間を持つとは思っていませんでしたよ」
笑って言うユキが残りのものを己の皿に盛り付けて、さらにやはり何処からか二本の棒を取り出した。
「それはなんです?」
「ん、これは箸と言いまして食器の一つですよ。こうやって持ちながら料理を挟んで……」
ユキは言葉に合わせて実演しながら、そのまま肉と野菜を同時に食べる。
「器用なものですね。その食器もこの料理もそうですが、ユキの衣服やリベルタの存在など、初めて見るものばかりですね」
ローラに言われ、ユキは口の中にあるものを飲み込んでから笑って言う。
「ん……そうですねえ。冒険者として遠い地からここにやってきましたから。色々大変ですが、各地の文化の違いなどは明白で、そこがまた面白かったりしますよ?」
そのように言うと、ユキはローラの視線を感じた。
「どうしました?」
「いえ……人間社会について、あまり知識がある訳ではありませんが、それほどの容姿ならば冒険者などで身を削らなくとも良い生活を送れるのではないですか? 夢魔の私から見ても美しいと感じる容姿など、そうそう存在しないと思いますが」
真顔でそう言われるが、当のユキはそれを受け流す。
「あはは、動いてる方が
ユキが己の話からローラの話へと話題を強引に切り替える。
「夢魔と吸血鬼の対立――も気にはなりますが、今はお姫様の安否でしょうか」
●●●
「……本来であれば、ここをすぐに出て姫様を捜索しに行きたいところですが――」
ローラがそのように言うと、対しユキが首を横に振る。
「ローラさんは自分で思っているよりも消耗しています。捜索効率も悪いでしょうし、保護した身としてはお勧めは出来ませんね」
想定どおりの言葉が返ってきた。魔物と人間のやり取りではないと、ローラは内心で苦笑しつつ、ユキに言葉を返す。
「解っています。……私が無理やり行こうとすれば拘束する、という貴方の行動が無ければすぐに出て行くところです」
「あ、バレてます?」
「ただの予測です。当たってはいたようですが」
『カマかけられたって訳ね』
リベルタの言葉に皮肉を感じないのは、彼女としてはどうでもいいという事だろうか。そもそも、彼女の主であるユキも口調から余裕を感じる辺り、そのように動くとこちらが把握していても問題無いとしている表れでもある。
「ユキ……貴方の底知れぬ力の一端も、今の弱った私では太刀打ちできないことも知っています。もちろん、貴方が魔物である私の身を案じてくれているという事も」
それでも、だ。
「姫様は私にとってこの命よりも大切な方です。探しに……救いに行かねばなりません」
言う。
「駄目です、行かせる事はできません」
表情を変えないまま、ユキは自分の皿を平らげてからはっきりと告げてきた。
だいたいですよ、と続けて言った彼女は、
「お姫様の所在、わからないでしょう。ローラさんが流れ着いていたそこの川は、ここから西にある大河の分流の一つです」
ということは、
「ローラさんのように何処かの分流に流れた可能性もありますが、そのまま大河を下ってしまった可能性だってあります。もし、そうであれば……はっきり言いますが、お姫様を見つける事は不可能です」
「そ、そんな……」
ローラは一瞬眩暈を感じた。もし、ユキの言ったとおり、マリアが失われたとすれば、自分はどうすれば良いのか。
絶望がローラの心に染み込もうとした時、ユキが声を大きくした。
「た・だ・し、です。仮に前者――ローラさんと同じようにこの周辺に流れ着いているのであれば、救える可能性はあります」
「リーベ、少し良いですか?」
『何かしら?』
「お姫様を私たちで探してあげましょうか」
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