第94話 銀の雪と朱の夢魔Ⅰ

 快晴の下、風を切る存在がある。


 場所はサキトたちが拠点とするアルカ・ディアスが存在する大森林――――に隣接する草原。


 それは、鋼の塊だった。


 俗に、単車、オートバイなどと呼ばれるそれは、しかしながら通常の仕様とは異なっていた。


 まず、目を引くのがその巨大さだ。通常の車体より大きいという点に加え、漆黒の装甲を纏ったそれは、もはや装甲車と言っても良いぐらいだ。


 そして、それよりも目立つポイントがあった。その単車が地を走っていないという点だ。


 前後で二つずつある車輪をそれぞれ左右に八の字のように展開し、宙に浮いたまま高速のホバー移動。結果として、乗り物が走るにはまったく適さない草原の移動も思いのままだった。


 そんな、周囲の風景と比べて大きな違和感を放つ存在に乗っているのは、ユキとローラ、そしてユキのサポートAIにして声だけの存在、リベルタ。


『アウロラの出力、三十五パーセント前後で固定。

 ――ジェネシスもそうだったけれど、これだけ環境魔力があると、燃料は外部供給で困らない分、出力を始めとした各種調整が逆に面倒ね、やっぱり』


「普段、ジェネシスのシステムを統括するようなAIが何言ってるんですか。人と会話するより楽でしょうに」


 昨晩の軽装と異なり、ジャケットを着込み、アウロラと呼ぶ単車を駆るユキの言葉に、リベルタが反論する。


『無駄なリソース割きたくないのよ。防護フィールドの演算だってしなきゃいけないのに。あと、マスターにツッコミいれるだけで大変だし』


 そんな二人の会話に、ユキの腰に手を回したローラが感想を述べる。


「貴方がたの会話はよくわからない言葉が多いですが、仲が良いのはよくわかりますね」


『……夢魔サキュバス風ギャグ?』


 そう言われるが、そもそも、


「ギャグとは何ですか?」


『そこからかー』


「その辺り、魔物には無い言葉っぽいですもんねー。というか、ローラさん大丈夫です? 寒かったり、酔ったりしてません?」


 こちらを心配する声に、ローラは正直に答える。


「最初は慣れない動作に少々キツかったですが、今は落ち着きました。それに、寒さも感じません。不思議ですね、これだけの速度で移動しているというのに」


 今、ローラは風を感じていない。普通ならば、喋るだけでも大変なはずなのに、それが可能となっているのだ。


『防護フィールドを最大展開してるからね。風もそうだけど、アウロラ周辺の環境は全部管理してるのよ。普段はマスターが風を感じたいとか訳わからん事言うから低度展開なんだけど』


「だからー、実体持てば良さがわかりますって。せっかく、前に外見アバター作ったんですからもうちょっとがんばりましょう?」


 などと、ローラには意味の解らない単語がまた出てきたが、一部は理解できる。


「結界、のようなものでしょうか。この速度を出しながらこれだけのものを張れているのですか?」


 通常、結界などは場所を固定して張るものだ。このような高速で移動するものに結界を張り続けるなど、通常考えられ無い事だが、


『これぐらいならまだいいわよ。普段、もっと扱き使われてるし』


 いったいどんな環境だ。


 しかし、ユキとリベルタの配慮が正直ありがたいのも事実だ。なぜならば、


「ローラさん、出発前の顔色も昨夜より良かったですし、魔力も安定してますね」


「はい、完全回復とは言えませんが…………昨夜の貴方の言葉に従ったのが良かったのでしょう」


 それは、昨夜の事だ。



●●●



『――……探査終了』


 リベルタがそう宣言したのは、作業を開始してからわずか十分そこらの事だった。


「見つけました?」


 魔法を用いてフライパンと皿を洗浄していたユキが、その声に反応した。

 

「もう終わったですか?」


『そうよ。むしろヴォルスンドを覆っている『結界』がこの辺やあの地一帯まで覆っていて、時間がかかったぐらいだわ』


「?」


「ふふ、こちらの話ですので気にしないでください。それで、お姫様の魔力が一番強いのはどの辺りですか?」


『マスターの読みどおり、北東の方――しかも、例の森付近ね』


 リベルタはそう言うと、空中に描かれたままの地図にレイヤーを重ねて半透明の赤円を描く。


『この赤円の中にお姫様はいるはずよ』


「無事なのですね!?」


『さあ? 生きているとは思うけど』


 ぶっきらぼうに言うリベルタに、ユキが注意する。


「リーベ、意地悪っぽいですよ、それ」


『はいはい、どうせ私は『妹たち』より性格ひねくれてるわよー』


 いじけた様な声を出すリベルタは、次の瞬間、その声色を変える。


 それは、ユキにしか聞こえない魔力通信で、

 

『――――マスター、補足情報よ。その赤円の北部、様々な魔力が観測されたわ』


『……ん。それで?』


『観測途中で、ある程度強かった反応が十前後、唐突に


 原因となりうる存在も観測された。


『例の――サキトだっけ? それとミドガルズオルムとかいう竜。マスターから教えてもらってた魔力がそちらに移動しているわ。まあ、間違いなく、その連中の仕業ね』


『ふむ、彼はそちらですか。他はどうです?』


『天使存在は動かず。あとは……これ、人間かしらね……他より強い魔力が、森の中に沢山いる魔物っぽい魔力の一つと一緒に、お姫様のところにいるわ』


『……ふむ、状況が見えてきましたねー』


 ユキは口元に手に当てた。


『やはりローラさんを連れて、一緒に行った方が良さそうですね』


『ローラを連れて行けば、自然な口実が出来上がる――って事かしら? まあ、言うとは思っていたけれど』


『正直、その辺りの立ち回りはどーしたもんかなーと思っていましたが、ローラさんを助けて正解でした』


 目を細めてそう言ったユキが、一度両手を合わせてから、今度はローラに向けて言葉を放つ。


「それじゃあ……今日はもう休みましょうか?」


 そんな流れをぶった切るような発言にローラが困惑する。


「え? いえ、私は――」


「駄目ですよ、ローラさん。先程も言ったように、治療自体は完了していても、体力と魔力は衰えたままです。そんな状態でこの距離は酷ですよ」


 地図の縮尺から考えて、足での移動は数日を要する。


「ですが、姫様はお一人でいらっしゃるはず。一刻も早く救出すべきです」


「あ、それについてはご安心を。お姫様は既に保護されてるみたいなので」


(テキトーな事言うわねぇ。姫様が例の連中に救出と言う意味合いでの保護をされているかは判ってないのに)


 リベルタは内心で思うが、言葉には出さない。


「お姫様がいる場所なんですが、人間と魔物、両者に繋がりのある方々が拠点としている所なんです。彼らがお姫様相手に非道を働く事は無いと思います」


「そんな与太話――いえ、実物が目の前にいました……」


 いえーい、とブイの字でピースを作るユキを放置して、リベルタは言う。


『マスター曰く、信頼は出来るそうよ。まあ、私としてはどうでもいいんだけど』


 とはいえ、このままローラが一人で行くのは客観的にもユキの今後の方針的にも推奨しない事態だ。ゆえに、助け舟を出す事にする。


『ローラが今から単独で向かうより朝方マスターと一緒に行ったほうが確実に早いわよ? 一応、それなりに移動手段は持ってるからね』


 これは嘘ではない。ジェネシス程ではないが、ローラを連れて長距離を高速移動する方法は有している。


「不安だと思いますが、それでも、一晩だけでもしっかり休んでください。お姫様と会った時、きっちりしてないとローラさん的にも駄目でしょう?」


「……それは、そうですが……。しかし、貴方がそこまで付き合う義理も無いでしょう」


 しかし、ユキは首を横に振る。


「いえいえ、私もお姫様を保護している方々の所に行くつもりでしたから、結局目的は一緒みたいなものなのですよー」


 そう言って、ユキはローラを先程まで彼女が寝ていた場所へ行くように促す。


「この洞窟内の温度は魔法で調整してますからその布だけで大丈夫だと思いますが、寒かったら言ってくださいね?」


『マスター、おかんモード?』


 言った先、ユキが苦笑する。


「…………リーベ、子作りに興味ありません?」


 台詞に一瞬思考停止するが、すぐに否定を返す。


『ないない、私は妹ほど面倒見が良くないもの。というか言い方考えて。あと、マスターも早めに休みなさい? どうせ明日から忙しくなりそうなんだから』

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