第90話 その少女は――――Ⅲ


 ドアの向こうに居る者が誰かは既に分かっていた。


「アサカか。入っても良いぞー」


「――――失礼しまーす。あの女の子、目を覚ましたってマスオんが言ってたんで来ました。丁度、洗った服も乾いたので」


 そのように言ったアサカは、確かにマリアが着ていた洋服を抱えている。


「アタシの服、綺麗にしてくれたのね」


 アサカから服を受け取りながら、マリアが感謝の言葉を述べる。


「ありがとう。やっぱり自分の服の方が安心感がある――と思ったけれど、貴方たちがアタシに着せたこの服も妙に着心地が良いわね。高級なものなのかしら?」


「あー、まあそんなもんだ。超高級。アルカ・ディアスにも数着しかないし」


 答えてから視線を感じるので横を見るとジンタロウが半目でこちらを見ている。


『なんだよ、嘘言ってないだろ』


『ジャージが高級か?』


 その服が、ジャージといういわゆる庶民的な服装であるとこの場で知っているのは俺とジンタロウ、そして伝聞だけではあるがゼルシアぐらいだ。


 しかし、アルカ・ディアスに数着しかないというのは事実だ。《工房にてクラフター》で何着か作った物を、生産系所属の者たちに参考として渡したのだが、これもまた最近の話で未だ量産化には至っていない。


 マリアが着ているのは、その内の一つで余っていたのでとりあえず着せただけだ。


 が、今その全容を告げる必要は無い。


『まだ高級品。もう少し寒くなる来月ぐらいにはみんなに行き渡る位にはなっておいて欲しいかな』


『そうだな。実際、機能性が高い服装なのは事実だ。俺も久々に着たいしな。

 ……ところで、一つ気になる事がある』


 何だと問う前に、彼は魔力通信ではなく、実際に声に出して問いの続きを作った。しかもその問いの投げ先は俺ではなく、


「もう一ついいか? 先程、自分以外に誰か居なかったかと訊いてきたのは何故だ?」


「…………私と一緒に川に落ちた侍女――ローラも同じようにこの辺りに流されているかもしれない」


「…………どう思う?」


 ジンタロウの問いの一言に、俺はアルカナムを取り出してベッド横にあったテーブルに置いた。


「この辺の川は基本、ヴォルスンド国境にもなってるあの大河の分流だ」


 アルカナムからホログラムが立ち上がり、周辺の地図が表示される。


「わっ、何!?」


 マリアが興味か恐怖かわからない声をあげるが、手のジェスチャーで落ち着けと示す。


「マリアは運よく、分流に流れ着いたからこの辺りで良かったが、仮に大河の流れに乗ったままだったとしたら――――今頃はヴォルスンドの南側だ。

 ……ゼル、ここら一帯の検知頼めるか?」


 名を呼ばれた魔天使は、俺の意図を理解した上で否定を即答した。


「既に行いました。この周囲一帯にそれらしき魔力反応はありません。精度を落とした広域探知でしたので、やはり……」


 ゼルシアの答えに、マリアが諦めを伴った声を出した。


「いいの。死に別れるこうなる事なんて、この状況になってからアタシもローラも覚悟していた事だから」


「だがなあ……」


 ジンタロウに対し、マリアが軽く首を横に振る。


「いいのよ、本当に。この辺りに詳しい貴方たちのところに情報が入ってないという事は、『可能性』は無いに等しいの。

 ……薄情な主人よね、アタシ。でも、現実を視れない程に幼稚でもないわ」


 金の髪を揺らし、マリアが俯いた。


「……本音を言えば諦めたくなんてない。アタシにとって、ローラは家族も同然存在よ」


「だったら……!」


 その先をジンタロウが言う前に、俺は彼を制止する。


「ジンタロウ、諦めろ。仮に探すにしたってここから南は人間の目がある領域だ。魔人たちは迂闊に動かせない。そもそもの話、救出活動の限界領域点を何処に設定するかって話にもなるしな」


「ぐっ……、それは……」


「救えるものと救えないもの、どちらも存在するんだ。わかってるだろ?」


 諭すように言った先、しかしジンタロウは強く首を横に振った。


「……しかし俺は、誰かに家族を失う経験をして欲しくない」



●●●



「ここで過ごしてきて、魔物も人間と同じで良いやつも、碌でもないやつもいると知った。そんな魔物たちを勇者として討ってきた俺が言うような事ではないんだろうがな。それでも、この想いは本物だ」


「ジンタロウ……」


 俺はふと、フラウたちを助けた時の事を思い出した。あの時もまた、ジンタロウは諦めるなと言っていた。家族、と言うにはあの町全体で言えば範囲が広いが、意味合いは同じだろう。


 ジンタロウは誰かを助ける事に拘る傾向がある。


 俺たちはまだ、ジンタロウが何を目的にオーディアとの再開を望んでいるか、聞いてはいない。もしかしたら、この辺りにジンタロウの目的たる何かがあるのかもしれないと、そう思いながら、


(否、それが『普通』か)


 他者を助けるのに、いちいち理由を作らなければならないという決まりもない。


「俺の個人的な理由だ。別に魔人たちを動かす必要は無い。ただ、機工人形を何体か借りたいところではあるが――」


 そんな事を言い出したジンタロウに、俺はため息をついた。


「……はあ、仕方ない。アサカ、ちょい頼めるか?」


「はーい、なんですかサキト様?」


「足の軽い連中集めてくれ。戦闘系とかは問わないから動けそうなやつ」


「了解しました」


 一礼して出て行くアサカを尻目に、ジンタロウとマリアがまさかという顔をする。


「お、おい?」


「探してやるよ。ある程度ぐらいならな」


「で、でも貴方。さっきの話の流れでどうしてそうなるのよ」


 確かにそうだと自分でも思いながら、言う。


「ジンタロウにはけっこー面倒押し付けてるしな、その褒美だよ」


 それに、だ。


「『仲間』の我侭ぐらい聞いてやるのも上に立つ者としての役目ってな」


「お前……」


「そんな顔で見るな、こっちが恥ずかしくなる。ただし、言ったとおり魔人たちはそこまで動かせないぞ。範囲で言うなら――」


 と、ホログラムの地図を見ながらこれからの動きを考えようとした、その時だった。唐突に隣のゼルシアが振り返り、小屋の壁を見つめたのだ。


「――――!?」


「ゼル?」


「――反応です。森の西南西側、魔物です」


「またか。正体と数、分かるか?」


 ゼルシアが一々報告するとなると、弱小魔物や魔獣の類では無いだろう。ただ、西南西側というのは気になる。そちらはヴォルスンドがある方角であり、魔物が入り込んでくる可能性が低い場所なのだ。


「反応は二つ。おそらく……一体は夢魔です。マリア様に何処となく近い魔力を感じます」


 その言葉に、マリアが目を見開く。


「そ、それって……!」


「ああ……。可能性、出てきたんじゃないか?」


 だが、引っ掛かる点もある。


「反応は二つだよな? じゃあ、もう一つは?」


「いえ、そちらは魔物ではないようです……間違いでなければ」


 ゼルシアにしては珍しい物言いに、彼女の困惑を感じ取りながら、続いて出た言葉を俺たちは聞いた。


「この反応は、人間です」

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