第89話 その少女は――――Ⅱ

「あ、貴方たち! 何なのよ、あれ!?」


 開幕、少女にそう問われて、ジンタロウはその疑問には本当に同意すると思いつつ、謝罪する。


「すまんな。保護したとはいえ、お前さんの正体が知れない以上、見張りは付けなければならなかった」


 自分が置かれている状況を理解しているのか、少女は渋々怒りを納める。


「…………まあ、いいわ。保護、と言ったわね?」


「ああ。昨夜、川岸に倒れているのを見つけた」


「――――アタシ以外には……?」


「いや、見つけたのは君だけだが……」


「…………そう」


 少女が一瞬目を伏せて表情を曇らせるが、すぐにこちらに向き直る。


「じゃあ次の質問よ。ここは何処で、貴方たちは誰なの」


 問いに答えようとして、隣のサキトが手でこちらを制止した。


「尋ねるのはいいが、先に名前ぐらい名乗ったらどうだ?」


 逆の手を腰に当てたサキトが言った。


「こっちはお前を助けた側だ。別にそれを理由に何かを強要する気は無いけど、それなりの対応は欲しいもんだな」


「む……、助けて欲しいなんて言った覚え、こっちには無いんだけど?」


 少女が、サキトを睨んで言った。


「なら、今すぐ出て行ってもいいんだぜ? こっちは生憎忙しいしな」


「おい、サキト」


 挑戦的なサキトを諌めようとするが、その隣に居るゼルシアが、彼の味方をする。


「ジンタロウ様、サキト様の言うとおりです。身元がある程度保証されている『彼ら』はともかく、この方の素性は未だ名前すら判明しておりません。私たちの立場からすれば、不安要素はできるだけ取り除いておきたいのが本音でしょう」


 サキトはもちろん、ゼルシアや自分のような幹部の者はアルカ・ディアスの者の安全を保障する責任がある、という事だろう。


「……一理ある。

 悪いが、名前だけでも教えてくれないか?」


「……マリアよ」


 こちら側を警戒しながらも、少女が名乗った。


「そうか、ありがとう。

 ――ここはアルカ・ディアスという町だ。俺の名はジンタロウ。こいつはここの連中の主をやってるサキト。その隣がゼルシアだ」


「ん」


「よろしくお願いします、マリア様」


 片手だけ上げるサキトと一礼したゼルシアを細目で見ながら、マリアが問いを投げてきた。


「これだけは確認しておきたいんだけど……貴方たち、吸血鬼の類ーーでは無いわね……。そういう感じの魔力がしないわ。姿からして、人間よね……?」


「そうだ。サキトは魔人、ゼルシアは魔天使らしい。俺はまあ、一応人間ではある。元勇者という立ち位置ではあるがな」


「ゆ、勇者!? 人間なのに魔王と並ぶ程の力を持つっていう……。というか魔人とか魔天使って何、聞いた事無いんだけど……」


 そうだろうよ、と思うが、当の魔人サキトが言葉を作る。


「そこの説明は長くなるから後回しだ。それで、お前は一体


「……どういう意味よ」


「何の魔物かって訊いてるんだ」


 肝心はそこだ。この少女の正体が語られていない。


「それは……」


「人間では無い事、そして魔物である事はわかっておりますし、種族自体は既に二択まで絞り込めています」


 ゼルシアの言うとおりだった。マリアには悪いが、サキトが既にスキルで彼女の正体を探ろうとしていたのだ。だが、そこで問題が起きた。


「鑑定博士で二つの種族が出るとか今まで無かった事だ。だから訊いてるんだよ。お前は夢魔、もしくは吸血――」


「――あんなやつらと一緒にしないで!」


 突如、少女が叫んだ。その強い否定の言葉に、言った少女自身が驚いたようで、


「……ごめんなさい、今のは忘れて。別に吸血鬼という種族自体を否定するつもりは無いわ」


「君は吸血鬼では無いのか?」


 ジンタロウの言葉に、マリアが肯定した。


「ええ、そうよ。でも、単純に夢魔という訳でもないわ」


 少し間を開け、彼女は大きく息を吐いてから言った。


「貴方たちを信用した訳ではないけれど、助けてもらったのは事実のようだし、そこの――サキトだっけ――が言った事もまた正論なのは分かってるわ」


「ああ」


「私はマリア。――吸血魔王ヴァンパイアロードヴァンギルガスと夢魔女王サキュバスクイーンカマナの娘、マリアよ」



●●●



(吸血魔王……ヴァンギルガス?)


 昨夜、吸血鬼の一人が言った魔王の名はヴァンジェイラだったはずだ。


 確かめる事は容易い。訊けばよいだけだ。


「その吸血魔王……名はヴァンジェイラじゃないのか?」


「……!? 貴方、あいつを知ってるの!?」


「否、名前だけな。昨日倒した吸血鬼がそんな事言ってたから」


「吸血鬼を倒したって……」


 詳しく聞きたいという顔のマリアに、俺は仕方ないと言葉を作った。


「昨夜、うちのやつら――の知り合いが吸血鬼たちに襲われていたのを助けた。丁度同じ頃、ジンタロウたちがお前を助けた訳だが……」


 その時の事を思い出すが、


「あの吸血鬼たちがお前と関係してるのかは分からない。特にそういう事を話してる様子も無かったしな」


 とは言え、あの吸血鬼たちが何を目的にあの場に現れたのかは結局判明していない。魔物たちに事情を訊いても、いきなり襲われたという事で彼らもその理由は知りえなかった。


「それで、吸血鬼の魔王は二体いるのか?」


「いいえ、魔王は一体よ。

 ……今はヴァンジェイラが魔王。そしてヴァンジェイラはアタシの叔父よ……。あんなやつ、身内とは思いたくも無いけど」


 嫌悪感を露にして言うマリアに、俺は理由を問う。


「訳を訊いても良いか? 大体は想像つくけど」


「あいつが、父を裏切ったのよ。

 ……なんて事無い、権力争いの結果だし、『力が全て』が基本の魔物としてはごく自然の事なんだけれど。それでも、娘としては割り切れない想いってあるのよね」


 マリアの言葉に、ジンタロウがこちらを向いた。


「魔王でも、そういう事があるのか?」


「うーん、俺が魔王やってた頃は俺に歯向かおうなんてやついなかったけど、まあーある事はあるだろ。というか、これは魔物だけじゃなくても人間社会でもよくある事だしな」


「それは……そうだな。逆に人間の方がその辺りに関しては陰湿な気もする」


「ちょっと聞き捨てなら無い事を聞いた気もするけど……。貴方たちが敵対したっていう吸血鬼も、もしかしたらアタシを探しにきたやつらの一派かもしれないわ。もしそうだったら悪い事をしたわね」


「うーん、別に俺たちに謝る必要も無いけどさ。どうするんだ、今後は?」


 マリアに問う。


 対し、マリアは少し間を空けてから答えを返してきた。


「――――長年、吸血鬼と夢魔は敵対関係にあったんだけどね。父と母が結ばれた事で、近年は融和関係にあったのよ。それも、ヴァンジェイラのおかげで逆戻りに……いえ、もっと悪い関係に落ちてしまったわ」


 一息ついたマリアが続けて言う。


「ヴァンジェイラを放っておく気は無いわ。今のアタシに出来る事なんて高が知れてるだろうけどね。でも、吸血鬼の中にも夢魔との友好関係を望んでいる者は大勢いたわ。

 だったら、アタシが黙っている訳にはいかない。夢魔と吸血鬼、その間に位置する者としてね」


 決意を示すマリアに、俺は頷いて、そして言う。


「そっか。まー、いいんじゃないか? とりあえず、当分はアルカ・ディアスで休んでいけよ」


「――え、良いの……?」


 マリアが肩透かしを食らったような表情をした。


「良いも悪いも、保護したのはこっちだしな。それに、これから具体的にどうするかを考える時間だって必要だろ?」


「それはそうだけど……。でも、アタシの状況は理解したんでしょ? 自分で言うのもなんだけど、正直こんな厄介者を置いておく利が無いわ」


 状況だけ見たら、確かにそうだ。しかし、だ。


「残念ながら魔王程度ならまだマシな相手を既に敵に回しているのがサキト様と私ですので、マリア様が厄介者だという認識はありません」


「ま、魔王程度って……、貴方たち、本当に何なのよ……?」


 ゼルシアの告げた台詞に意味がわからないという顔をするマリア。そんな彼女に俺は苦笑して言った。


「まあまあ。そこにいるだけでみんなが病気になるとかそういう厄介体質でもないし、暴れない限りは居てもらって構わない」


「そ、そう……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら……」


 マリアが遠慮がちに言った時だ。


 とんとんと、小屋のドアがノックされる。

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