第88話 その少女は――――Ⅰ

『ジンタロウ、もう一回言ってくれない? そんなところに美少女が打ち上がってる訳無いんだけど』


『全部聞こえてるだろうが、それ』


 ジンタロウはため息交じりに返した。実際のところ、自分で言ってみて現実味が無いが、しかし事実だ。


『見事な金髪美少女だ。歳は十代半ばぐらいか。それに洋服も着てるが……かなり良いものだな。一般の子どもが着てるようなものじゃない』


『金髪美少女かー。……リイナみたいに立派?』


『否、そこは別につ――何言わせようとしてるんだ』


 横、アサカが半目でこちらを直視しているが、大概お前らの主が悪い。


 そのままにしていたら次は何かを言ってきそうなので、少女の状態を調べるように手で合図を送る。


『バレたか。しかし、こっちから逃げた魔物の子がそっちまで逃げたのかとも最初は思ったけど……かなり距離あるし、そんな立派な服着てるって事は違うよなあ』


『……? 何の話だ?』


『あぁ、ゼルから聞いてないか。実はこっち――』


 サキトの通信内容を聞いたジンタロウは顔をしかめる。


『あの魔物の町の者たちと、それらを襲っていた吸血鬼か……。そちらもまた色々ときな臭い事案だったようだな』


『そうだな。ミドに潰されたやつもなんか言ってたし』


『その話題については一応後で話し合った方がよさそうだな。

 …………話を戻すが、俺の見立てでもこの娘はあの町の住人ではないと思うんだが』


 そのように予想立てる理由はあった。


『例えば、フラウたちだ。今でこそ人間と見間違う者も多いが、まだ魔人となっていない頃、彼女たちは人間に近い姿ではあったものの、それでもやはり魔物だと断定できる姿だった』


 しかし今、目の前に横たわっている少女は違う。


『一見した感じは完全に人間だ』


 だが、ジンタロウには一つの確信があった。


『だが、この娘は


『理由は?』


『お前ならわかると思うが、人間には人間の、魔物には魔物の――魔力の特質みたいなものがあるだろう』


 あくまで感覚的なものではあるが、それぞれに感じる魔力はやはり明確に差を感じるものだ。


 逆に人間と魔物の中間に位置している魔人や亜人は、そのどちらも有しているような曖昧な魔力だったので、最初は戸惑ったものだが。


『この魔力は人間のものじゃない』


『……うーん、そうか。その美少女とやらが目覚める可能性は?』


『どうだろうな。近くまで来て判ったが……この娘の魔力、かなり荒れている。おそらく、かなり衰弱しているとみた。今、アサカがポーションを飲ませてはいるが、すぐに目覚めるかは判らんな』


『そこ、アルカ・ディアスまでそこそこ距離あるんだろ? だったら、そこで待機しててくれよ。こっちの方、オキュレイスで全員収容したらすぐに戻る予定だったから、途中で拾う』


『ああ、その方が良いな。運んでいる最中の揺れで目覚められて暴れられては面倒だ』


『オーケー。んじゃ、その方向で』


 それでサキトの声が途切れる。あとは会った時に、という事なのだろう。


『それではこちらでも他の魔物とは別離するように手配します』


『その方が良いだろう。害意が無かったとしても、目覚めた途端にパニックを引き起こす可能性はある』


 それで魔力通信を終え、アルカナムをしまったジンタロウは息を吐く。


「――まったく。様々なモノが集まる場所だよ、本当に。……否、あいつが引き寄せるのか」


 そのように呟いてから、そこに自分も含まれている事に気付き苦笑したジンタロウは、少女とそれを治療するアサカの方に歩いていく。


「さて、これからまた忙しくなるか」



●●●



 少女は夢を見ていた。


 ――――これは夢だ。それも、過去に現実であった事を思い出させるものだ。







 森の中。時間は夕方だが、深い森ゆえに、夕日はまったく差さない場所だ。


『姫様、こちらです!』


 自分の手を、侍女が引っ張って走っている。


『何で……何でこんな事に……』


 自分の吐いた弱音に、侍女は振り向かずに、しかし言葉を返してくれる。


『姫様、お気を確かに。今や周囲は敵だらけです、今まで味方だった者さえも……。しかし、だからこそ貴女は失う訳にはいかない』


『……うん、それはアタシもわかってる』


 そう言った時だった。


『ははは!』


 男の声。


『……!』


 後方の木々、そこから二人組の男が攻撃を仕掛けてきたのだ。


 間一髪、走っていた少女の後ろをかすめ、当たりはしなかった。


『姫様、走って!』


 後ろ、男たちがそのままこちらを追走してくる。声が届くような距離だ。


『いいのか? そのまま行って』


 男の内、もう一人がこちらに問いを投げる。


『何を……!?』


『話に夢中で自分たちが何処に向かって走ってるのか、知らないのかよ?』


『――――しまった……!』


 侍女が前方を見据え、呻いた。


 逃げているうちに、崖側に追い込まれたのだ。


 応戦するにしても、場所が悪い。


『くっ! 姫様、私の後ろに!』


『でもっ!』


『はっ! 二人とも死ぬんだ、どっちでもいいだろうがよ!』


 敵の男が放ってきた魔法を、間一髪で侍女の防御魔法が防ぐ。


 だが、


『これも追加だ』


 もう一人の敵が放つ魔法が加わり、防御魔法にひびが入る。


『くっ――――!?』


 無情にも、そのひびは即座に大きくなり、そして次の結果を生んだ。


『あ――――』


 防御魔法の毀壊だ。


 しかも、それだけではない。敵の攻撃は防御魔法で威力は弱まったが、それが侍女ローラに直撃し、爆発したのだ。


『ローラっ!』


 爆発により、ローラが吹き飛ばされる。少女はそれを受け止めるが、爆風でバランスを崩していた少女は堪えきれなかった。


 そして、少女と侍女は崖から転落する。


 最後に視界に映ったのは、崖下に流れている川の水面だ。





「――――」


 そこで、少女は目が覚めた。


 最初に見えるのは知らない天井。


(ここ、どこ……?)


 眠気眼にそう思うが、しかし、つい先程見た夢を思い出し、少女はすぐに覚醒する。


「そうだ、アタシは……!」


 上体を起こし、自分と周囲の状況を確認しようとした。


 そして、それが視界に入った。


 眼前、部屋の中央で青色透明の筋肉もりもりマッチョがポージングしながらこちらを見ていた。



●●●



 甲高い悲鳴がアルカ・ディアスに響いた。


 それとほぼ同時に、とある小屋からダッシュでこちらに向かってくるマスオを見て、ジンタロウは横に居るサキトとゼルシアに率直な疑問を投げた。


「……既に起こってしまったからあまり意味は無いんだが、マスオはミスチョイスだっただろう、あれ」


「え? いやいや、マスオは適任だって。なあ、ゼル」


 サキトがゼルシアに問うと、彼女もまた頷いた。


「はい。あの少女が仮に吸血鬼だった場合、突然襲われて血を吸われるという可能性があります。その点、マスオはスキル:《流体金属》のおかげで牙が通らないはずです」


「だいたいマスオには血なんて無いから吸われる心配も無いんだけど」


「スライムですからね」


「否、だったらスラ子でいいし、絶対面白がって配置しただろ……おいこっち見ろお前ら」


 夫婦一緒に顔を背けるなと思うと同時、マスオがこちらの前まで到着した。


「お三方! あの少女が目を覚ましましたぞ!」


「おー、今行くー」


「まったく……」


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