第87話 もう一つの異変
「……ほい、これで完了だ」
最後の一体の蘇生を終え、俺は立ち上がった。
周囲を見てみれば、倒れていた者たちの七割程は救い出せている――と思う。
(他は……駄目か)
多数の機工人形と共に一気に蘇生を行う方法を取ったため、最大限手を尽くしたと自負はしている。さすがに
そんな事を思っていると、最後に治療した魔物が目を覚ます。
「――ぬ……? 私は一体……?」
「吸血鬼にやられて気絶してたんだよ」
その魔物は、この集団の中で最も年長の個体であり、
「あんた、確かあの魔物の町の町長さんだったよな?」
「あなたは……以前、人間の兵士たちから私たちを救ってくださった……?」
覚えてたか、と驚くが、あの時はけっこう派手な事をした気もするので、それも当然か。
「そう、久しぶりだ」
「何故、ここに?」
「うーん、ここに来たのは魔物の気配を感じたからなんだけど……、あいつらが助けたがってたからな」
立ち上がって、町長がこちらの後ろを見えるように避ける。そこには、二人の少女が居た。
「サキト様ー」
「ただいま戻りましたです」
大型のスナイパーライフル、ヴィンセントゼロを背中に担いだフラウと、短刀を腰帯に差した軽装のフミリルだ。彼女たちの後ろに居た魔物の子ども数名が、彼らの親兄弟と思われる魔物の元に走っていく。それを見ている彼女たちの表情を見るに、自分たちが出来る事をして、かつ望むだけの結果を得たのだろう。
「おかえり。お前ら、怪我とかは――してないか」
「はい、ばっちりでした!」
拳を上に付き上げて言ったフラウの横、軽くため息をついたフミリルが頷き、そしてフラウを横目で見ながら言う。
「ボクの方も問題無く。
……あるとすれば、ミドガルズオルム様から降りた時にフラウが着地に失敗してお尻を打った事ぐらいなのです」
「ちょっ、フミリル!? 内緒にしてって言ったじゃない!」
「報告は大事なので……ええ、そういう事です」
「どういう事さー!」
涙目のフラウが半目のフミリルの肩を掴み、がくがくとその身体を揺らす。
「んー、その様子だと心配要らないっぽいけど、後でゼルに回復魔法かけてもらえば? 尻にさ」
「ゼルシアお姉様にそんな事頼める訳無いじゃないですか! それだったらリイナさんにでも頼んでポーションかけてもらいますよ!」
逆にそっちは良いんだ……という顔をフミリルと共に向けるが、それとは別に驚きの表情を向ける者たちも居た。
「君たちはもしかして……」
町長がまさかという声をあげるが、それは何も彼だけでは無かった。
「その声、フラウなの?」
「あの口調、フミリルだよな……?」
などと魔物たちから声が上がる。
「そうだよ、みんな。久しぶり!」
「ご無沙汰しています、です」
久しぶりに会う少女たちに、魔物たちは困惑していた。
「最後に会った時と全然違う……」
俺の眷属となった事で、フラウやフミリルのような魔物の人間体だった者は元々人間に近かったその容姿がさらに人間に近くなっている。加えて、フラウを参考に他の女性魔人たちも眷属化の『パス』をミドガルズオルムからゼルシアに変更した事で、それが顕著になった。
ただこれを説明するとなると長話になるし、今すべきではない。
「まあ、そのあたりは落ち着いてからで良いだろ。今決めないといけないのはこれからどうするかだ」
「それなら、みんなを一度アルカ・ディアスに連れて行きませんか?」
「……と、フラウらしい提案が出ましたがどうします? サキト様」
んー、と俺はこめかみを人差し指で軽くノックして考える。
(現状、魔物たちは俺を恐れているし、勝手な事はしないだろ……。仮に暴れられても非戦闘系でも抑えられると思うし……)
結論としては、連れて行っても問題無い。ただし、
「俺は別に構わないと思うが……決めるのはあんたたちだ」
俺は魔物たちに向かって言った。
「一応、保護という形で客人として向かえるつもりだけど、アルカ・ディアスには人間の勇者も居るし、その他にも色々いる」
元々彼らはフラウの提案を蹴り、俺の元へ来る事を選ばなかった者たちだ。無理に保護するつもりも無い。
「その、アルカ・ディアスとは?」
町長の問いに、フラウが答える。
「サキト様の眷属になったあたしたちが仲間たちと一緒に作ってる町です! ちゃんとした建物もあるので、みんな休めると思います!」
「まあ、ここよりはマシだろうな」
周辺は小屋などの残骸で溢れている。これでは風除けにもならないし、復旧させるにしても時間がかかるはずだ。
それは魔物たちもわかっているのだろう。だが、俺たちの提案を受け入れて良いのか、それが本当に安全なのか計りかねている様子だ。
それを察してか、町長が言葉を作った。
「…………お言葉に甘えさせてもらいましょう。私たちを二度もお救い下さり、さらに施しを受けるのは心苦しいところではありますが……」
「そこはいいんだよ。誰かを助けるのなんて今更だし、あんたたちは完全に他人って訳でもないしな」
「ありがとうございます。皆もそれでいいかな?」
町長の問いに、皆が戸惑いながらも頷いた。
「わかった。とりあえず、先に向こうの方で受け入れられるように伝えないとな。それにこの数だとオキュレイスに乗せていかないと時間がかかるし」
俺は南を向き、魔力通信を飛ばした。
『ゼル、聞こえるか?』
『はい、問題なく』
『ん、こっちの方なんだけど、実は――』
俺はゼルシアにこれまでの経緯を話した。
●●●
『――それで、とりあえずオキュレイスをこっちの操作で動かすから。そっちは暖と食事を取れるように準備しておいてくれ』
サキトからの指示を受け、ゼルシアは答えを返した。
『承知いたしました。各員に通達します』
『頼む。そっち、魔人たちの待機状態は解除してくれて良いぞ。これ以上は何も無いだろうし』
『……いえ、こちら側でも一つ動きがありました』
サキトの方に伝えなければならない事案があった。
『何かあったのか』
『私の方で新たな気配を森の外に感知しました。協議の末、現在ジンタロウ様が確認に向かわれています』
『……何なのか、はわかってるのか?』
『いえ、やはりこちらも不明です。ただ、知らないという訳でも無いのです。以前、身近にあった魔物の気配に近い感覚があります』
『俺とミドも吸血鬼相手にはそう感じたけど……やつらの別働隊がいるっていう可能性もあるか。……わかった。こっちの方、ガルグードも助けたやつを連れて戻ってきたし、オキュレイスがこっちに来て収容でき次第、すぐに戻る』
外に出ると、丁度非戦闘系所属の魔人たちが広場に向かっているところと遭遇したので、手招きしておく。
『承知いたしました。こちらも出迎えの準備を進めておきます。おそらく、ジンタロウ様からもそろそろ報告があるはずです』
●●●
ジンタロウは三十分ほど前の事を思い出していた。
サキトたちがアルカ・ディアスを発って十分そこらの事だった。ゼルシアが新たな反応を感知したのだ。
別の緊急が発生したとサキトに連絡を取ろうとしたゼルシアを制止したのがジンタロウだった。
距離的にはこちらの方がアルカ・ディアスに近いので喫緊の問題なのだろうが、逆にこれだけ近ければ自分が行けば良いと言ったのだ。
場所は森の北西側。アルカ・ディアスがこの大森林の南東部に位置している事もあり、あまり開拓が進んでいない地域だ。
サキトの言ではいずれこちらにも何かしらの拡張をしたいとの事だったが、アルカ・ディアスの人員がそう多くない事から、あまり必要性が無いという事で放置されているのが現状だった。
ゆえに、この森に侵入するのならば、北西部からだなというのがジンタロウの感想だった。そこに正体不明の反応が現れたとなれば、穏やかではない状況だ。
「しかし暗いですねー、ジンタロウさん」
そんな事を言ったのは、俺の横を並走するアサカだ。
個人的には自分ひとりでも十分とは思ったが、何かしらで自分が動けなくなった時のバックアップは必要という事で、助手を一人付けたのだ。
「月明かりもこの大森林だと、場所によってはほとんど意味が無いしな。まあ、目を魔力強化すれば見えるから問題は無いし、もうこの暗さにも目が慣れてるだろう」
「夜目って言うのでしたっけ。
……ところでけっこう走ってますけど、その正体不明の何かとはまだ離れてるんですか?」
「ん、わからんか? ここまで来ると俺でも魔力を感知できる近さだが」
「あー、出ましたジンタロウさんの強者発言。アサカ、ジンタロウさんと違って普通の魔人なんですから無茶言わないでくださいよ」
「いや、そこはサキトとかだって大概だろ!」
というか魔人は普通じゃないんだが、とも思うが、そもそも普通の者がいないのがアルカ・ディアスだったなと思い、まあ良いかという結論に至る。
「本当にそろそろだ。ついでに言っておくが、わかると言っても大まかな場所がわかるぐらいで身を隠されていたらその場ではすぐにはわからん。急襲される事も考慮しておけよ」
剣を抜いて言うと、背負っていた大鎌を両手に持ち直したアサカが頷く。
「はーい、いつでもいけます」
場所は既に森の外縁だ。丁度、この辺りには大河から外れ、東の湖に流れる支流の川があったはずだ。
(気になるのは対象がこれだけ経って場所を変えていないところだな)
自分が存在を感知してからもまったく動きが無い。途中、ゼルシアから入った連絡でも同じだったので、一時間近くその場から動いていないのだ。アルカ・ディアスに向かう様子も無く、森の外縁部に居るだけ。何故、そこにいるのかが想定し辛いのが本音だ。
(さて、この辺に居るはずなんだが……)
と、周囲を警戒して視界を動かしていたその時だった。
「ジンタロウさん、あそこ見てください」
見つけたのはアサカだった。
彼女が指を指した先、川岸を見たジンタロウは、
「……おいおい」
『それ』を見つけたジンタロウとアサカは、お互いに顔を見合わせた。
「えと、どうしますか?」
「……ひとまず、ゼルシアに連絡を取る。不用意には近づくなよ」
「わかってますって」
生意気に返してきたアサカに、ジンタロウは鼻で笑いながらアルカナムを取り出し、魔力通信を行う。
『ゼルシア、聞こえるか?』
『はい、大丈夫です。そちらの方は?』
『――――ああ、目標を確認したが……そうだな、サキトに繋げられるか? そちらでも聞こえる状態のままでかまわないから』
『……わかりました。少々お待ちください』
少し間を空けて、声が届く。
『おー、俺だ。で、わざわざ俺に繋げるっていう事は判断に困る事が発生したんだろ?』
割とその通りなので、そのまま返す。
『そうだ、想定外というか変化球というか、困る事には違いない。戦闘などが発生する可能性は今のところ無いが……何と言えば良いか』
『とりあえず言ってみ?』
そう促されたので、一息ついて、ジンタロウは目の前の状況をそのまま口にした。
『川岸にずぶ濡れの美少女が打ち上がっているんだが』
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