第86話 ゼスィ隊の結末Ⅱ

 ガルグードは初撃として、敵対存在と保護対象の距離を開けることを選択した。


 数秒前に耳に入った言葉。


「ははは、二体も居るんだ。片方は全部喰っちまってもバレないよなあ……!」


 魔力強化を行わなくとも、ガーウルフの身体能力は高い。特に嗅覚、次いで聴覚は魔物の中でもトップクラスだ。


 そして自然に聞こえたその言葉は、緊急を意味していた。


「ふんっ!」


 真横からの高速接近による掌底。横腹にそれを当てた。


「がっ!?」


 打撃の結果は、わかりやすい。敵が思い描いたとおりに吹っ飛んだからだ。


(こちら、接近の際に魔力を放出してしまったが、それに気付かぬ程度の相手か)


 若干、気落ちするがすぐに良くない事だ、と自省する。今は救出を第一とすべき時間帯で己の力を試す事を優先すべきではないのだ。


 ガルグードは、ちらりと後ろを見た。


 保護対象はやはり魔物だ。それも、フラウたちのように人間の姿に近い魔物で、似通った姿が二体。青年と少女が一人ずつだ。


(――兄妹か?)


 身体の部分部分が同じ事から、そう思う。それは置いておくとして、一応の確認を取る。


「その耳と頬の特徴的な紋様……お前たち、ケットシーの人間体だな?」


 ケットシーは元から人型ではあるが、この者たちはさらに人間に近い。ガーウルフで言えば、ミリアのような存在だ。


「ガ、ガーウルフ!? 吸血鬼だっているのに!」


 臨戦態勢をとられ、ガルグードは両の掌を上げた。


「落ち着け。私はお前たちを狩りに来たのではない」


「そ、そんなの信じられるか!」


 やはり警戒されている。そもそもガーウルフなどの狼を基とした魔物は他の魔物を狩る存在として認知されている。その対象にはケットシーも含まれている。


(町でも、交流をほぼ持たなかったからな……。ミリアならともかく、私のように通常の外見だと警戒もされるか)


 この様子では、自分があの魔物の町出身という事も知らないだろう。


 こんな所で他者との縁の重要性を知る事になるとは思わなかったが、このまま警戒されていては助けるも何も無い。


「信じるも信じないも勝手だが、私はお前たちを救うように命じられている」


「それはあの吸血鬼と同じように俺たちを食う為だろ!?」


「ううむ、見事に信用されんな」


 こちらは現状、無手だ。とは言えガーウルフは本来その爪と牙を用いる種族ゆえ、そこはあまり説得材料にはならないなと思いつつ、いつまでもこうしている訳にはいかない。


「まあ、いい。それだけ元気があれば心配も要らぬか――と、思ったが……ふむ、怪我をしているのか」


 少女の方、脚部から流血をしている。切り傷というよりは擦り傷なので、あの吸血鬼に傷つけられたという事でも無いだろう。


「う、うん。さっき、転んじゃって……」


 ガルグードは腰のベルトに下げていた、無色透明の液体が入った小瓶を少女の前に放り投げた。


「……それを数滴傷口に垂らせ。即効薬だからすぐ治るはずだ」


「あ、ありがとう……」


「ああ。私はあれの相手せねばならぬ。邪魔にならぬよう、離れていろ」


 ガルグードは親指で後方を示す。そこには立ち上がるが、しかしガルグードの初撃が抜けきっていない吸血鬼が居る。先程から視線は外していようとも、気だけは向けていた。


「何で助ける……?」


 青年のケットシーに問われ、軽く息を吐いて答える。


「言っただろう、そう命じられていると。

 ……まあ、命じられていなくとも同じ町で過ごした者だ。多少の情も湧くものだよ」


「まさか、あんた……?」


 おそらく、自分が数ヶ月前までは同じ場所で過ごしたものと理解したのだろう。


「……他の者も私の主や仲間たちが救出に向かっている。そこは安心するといい」


 ガルグードは踵を返し、敵を正面にする。


「ぐぁ……、この狼野郎……。なんだか知らないがぶっ殺す!」


(――そういえば、この者たちはあれを吸血鬼と言っていたな……)


 吸血鬼。その魔物の存在は多少ながら知っている。ガーウルフの間でもその存在は厄介なものとして周知されていたからだ。


 外見はほぼ人間そのもの。しかし特徴として、自分の血を操る事に長けている。それは武器を形成する攻撃転化の他、血の鎧という防御系、翼を形成する移動補助と、万能な能力だ。特に血の鎧はまさに鉄のようで、迂闊に攻撃すれば弾かれてカウンターをもらう事になる。


 無論、その硬度は血の武器による攻撃も同じだ。魔力で強化したとしても武装以外での防御は出来れば避けたい。


 それにガーウルフにとって一番厄介なのは、血を撒き散らされた時に臭いで姿を追えなくなる時だ。幸い、今は月光があるため問題無いが、雲も出ている。油断はならない。

 

「……早々に終わらせた方が良いな」


 ゆえに、ガルグードは横に手を伸ばした。


「な、なんだ……?」


 暗い夜を照らす月光の他に、光が発生した。その光の中からガルグードが引き抜くのは大斧。


「魔装牙斧ガインキーア。サキト様より頂いたこの武装で、手早く終わらせてもらう」


 その意匠は、フラウの持つヴィンセント・ゼロに類似しており、鉄鋼素材で構成されている。


(これで身一つで戦うよりは楽に出来るだろう)


 目標は五分。無駄に長引かせるつもりも無いので、早ければ早いほど良い。


「私個人はお前には何も思うところは無いのだがな」


 だからこそ、躊躇い無く討つ。


 ガインキーアを両手で持ち、ガルグードは地を蹴った。距離はすぐにつめられる。


 そして、繰り出す攻撃は既に決めてあった。


 上段からの振り下ろし。鈍重な動きだが、それゆえに威力が高い。これの対処は横への回避がベストだろう。だから、相手がそうしてくると仮定して、ガルグードは次の一手も決めている。


「そんなもん、簡単に止められるんだよ!」


 吸血鬼が血の爪を展開した両の手を合わせた。


(受け止めにくるか――!)


 横への回避を見越し、すぐさま周囲への回転切りを行うつもりでガインキーアに体重をあまり乗せていない。だが、防御されるとなれば、思い切りいくべきだ。


 それでも防がれはするだろうが、相手はひるむだろう。その場合、お互い両手が塞がるが、足は自由なので蹴りで距離を一度開けさせる。単純な膂力であれば、こちらが上なはずだ。


「おぉ!」


 叫びと共に、刃が吸血鬼の爪に当たる。


 そこからの現実が、ガルグードの予想を裏切った。


 ガインキーアの刃が、己の予想に反して吸血鬼の爪を砕き、そしてその頭に食い込んだのだ。


 結末はやはり解り易かった。


 縦一閃の両断だ。



 ●●●



 言葉無く左右に倒れていく吸血鬼の身体を前に、ガルグードは少し間を空けてから、空を仰ぎ、ふとアルカナムを取り出した。


『……サキト様、一つ伺いたいのですが』


『どうした? 問題発生?』


『いえ、今回の相手は吸血鬼だったのですが』


『ああ、そうっぽいな』


『一般的に吸血鬼は通常の攻撃はあまり効果が無いのですが、そちらはどうされました?』


『え、ふっつーにアルノードで斬って終わった。あとリーダー格は事故でグチャアだったし』


 後半何を言っているのかよくわからないが、サキトの方も問題無かったらしい。


 ただ、彼の得物は特殊も特殊。神を屠る武器と聞いている。実際、神とは何だという疑念もあるが、魔王を超える存在とも聞いているので、やはりサキトは特殊なのだろう。


 などと思っていたら、通信に介入が入る。


『あれ、でもこっち、普通にヴィンセントで撃ち抜けましたよ?』


『ボクの方も問題なく、対処出来ましたです』


 ということは、自分が特別という訳ではない。


 もっと苦労するものだと思ったのだが、やはりサキト様の武装はやはり普通ではない。


 ガインキーアを見ながら改めて実感する。


(まさか吸血鬼相手に一撃で屠れる程に成ったかとも思ったが、慢心だったな)


 これならば、武装解禁はもう少し後でも良かったと思うのはバルオングに感化されすぎだろうか。


『……ふむ、そうか。参考になりました。こちらも戦闘自体は終了したので、早急に合流します』


『おー。こっちも終わって負傷者の治療に入ってるから戻ってきて良いぞー』


 通信を終え、ふうと息を吐く。


「も、もう終わったのか……?」


 ケットシーの青年が様子を伺うように退避していた岩陰から顔を出した。


「ああ、私としても拍子抜けなぐらいだが……。

 お前たちの仲間も助け出されている。そちらが良ければこのまま戻るが?」


「……わかった。あんたは妹を気遣ってくれた。信じよう」


「そうか。では行こう」


 ガルグードは言って、ちらりと吸血鬼の方を見て驚いた。


 その身体が徐々に消滅しているのだ。


(復活する、ということでは無さそうだが……)


 しかし、吸血鬼の生態がわからない以上は何が起こるかわからない。


「急ごう。ひとまず、サキト様と合流すれば安心だ」

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