第85話 ゼスィ隊の結末Ⅰ

 ウタガは一つの結果は見ていた。


「……あ?」


 自分の前、ゼスィが違和を感じて声を漏らした。


 ゼスィとウタガの目の前、一回の瞬きの間に状況が変化していたからだ。


 変わったのは、突如現れた男の、構え。一瞬、その姿がぶれた様に感じた後、気だるく下がった右腕に握られていた黒剣は、気付くと右肩に抱えられていた。


 そして、彼に襲い掛かった自分の同胞たちの様子だった。


 黒剣の男に襲いかかろうとしていた者が皆、動きを止めていた。まるで、時が止まったかのような感覚を覚えたが、ふいに男が口を開いた。


「うん、久々にやってみたけど鈍ってはないな」


 同時に、襲い掛かった者たち全員が。ある者は上半身が腰の位置から落ち、ある者は首が飛んでいる。


 瞬殺。


 その一言が、これほどまでに似合う場面もそう無かろう。


(何をした!?)


 自分たちは吸血鬼という存在であり、基本的に物理的な外傷に強い。血が皮膚の内部で鎧の役割を果たすからだ。ゆえに、傷つけられたとしても肌まで。魔力を伴わなければ、碌なダメージは入らないのだ。


 あの黒い片刃の剣。あれが要因かと思ったが、それだけではない。その持ち主、人間と呼ばれる種族から感じる魔力が異様だ。ただ、そこにいるだけで冷汗が流れる。

 

 何故、人間がこんな場所に、という疑問もあるが、


(どうしてあの人間の言葉が理解できる?)


 先程のゼスィの問いへの返しもそうだが、意思疎通ができている。


 自分は人間の扱う言語を知らない身だ。偶然、吸血鬼と人間の言語が同じ、という事も無いだろう。これについて、自分は心当たりがある。


(人間における強者――勇者という存在は魔物の言葉も理解し、その力も魔王クラスに匹敵するという……。あれがそうだとしたら――)


 自分が置かれている状況は最悪だ。


 ならば、自分が取るべき行動は決まっている。


「――――」


 撤退だ。


 ウタガは魔力による身体強化で、脚部を強化。踵を返して強引な跳躍をした。そのまま己の血を体外に放出、血の翼を形成して迅速な離脱を行う。


「なっ!? ウタガ!? ――――!!!」


 後ろでゼスィが何かを叫んでいるが、既に聞こえない距離だ。


(俺は、こんなところで死ぬ訳にはいかない……)


 自分には、やらねばならない使命がある。ゼスィの隊に付き合い、部下を演じてまでここに来た理由はそれを成し遂げるためであり、勇者に討たれる事では無いのだ。


 隊の吸血鬼が全滅に近い今なら、追手も無い。むしろ、いつゼスィから離れるかを思案していたぐらいだ。


 あの人間が追ってくる可能性も高いが、ゼスィの気性を考えると彼があの人間の相手してくれるだろう。


(ゼスィ程度ではもって数秒だろうが……時間稼ぎにはなるか)


 夜の闇の下ならば、いくら相手が勇者とて逃げるぐらいは出来ると自負している。


 己が持つ使命は時間に猶予がある訳ではない。だが、焦ってここで失敗するよりならば、環境を整え目的を遂行する。


(そして、あの方を必ず……!)


 決意と共に、ウタガは飛翔する。



●●●



「…………部下は賢く逃げちゃったけど、お前はどうする? 今日の俺は機嫌悪くないし、まだ見逃せるけど」


 この辺りは後ろの魔物たちがほぼ赤の他人だからというだけで、これが身内だったら機嫌最悪で容赦はしないのだが、それはそれで彼らの知り合いであるフラウたちに悪い気もする。


「くそが! 誰だか知らねえが舐めやがって……! 俺は吸血魔王ヴァンジェイラ様が統べる精鋭隊の吸血鬼、ゼスィ様だぞ! てめえなんぞ瞬殺だ、こらぁ!」


 ゼスィが己の力であろう、力を発動させる。


 血の爪。ゼスィの指から赤く鋭い爪が展開する。


(へえ、吸血鬼。前の世界だと個体数自体少なかったやつだけど、確かに戦った相手だ)


 吸血鬼は血を操る事が得意な種族である事はこの世界でも変わらないようだ。


 そして、ゼスィの言葉をそのまま受け取るなら、やはりこの世界にも吸血鬼の魔王がいる事になる。


(魔王の話はちょっと興味あるな。魔人たちはそういうのに縁が無かったからあんまり情報無いし)


 ガルグードがその例外に当たるのだが、魔王軍所属の期間自体が短いという事で詳しい話は聞いていない状況だ。


 それをここで補えるというのならば、それもいいだろう。


(うーん、喋れる程度に動けなくするか――)


 だが、ここで俺は気付いた。


「あ、待て」


「誰が待つかよ! 死ねや――」


 ゼスィが加速し、こちらに向かってくる。通常であれば迎撃するのだが、それどころではない。


「否、お前じゃなくて……」


 遅かった。轟音と共に、俺の目の前でゼスィが。足元に色々飛び散ってくるが、それがそのままゼスィの現状を端的に表している。


 要因は明白だ。


「ミド……、それ身内にやったら本当縁切るからな」


 ミドガルズオルムの巨体が、眼前に鎮座していた。上空から降下してきたのだ。


『む、何か踏んだか?』


「踏んだよ、ばっちり。お前、その状態だと一挙一動で周辺被害が出るんだから、ちょっと気をつけろよ」


 小竜状態と違って体躯の大きさもそうだが、全身が強い魔力でコーティングされている状態だ。俺や俺の眷属である魔人たち、ジンタロウやバルオングほどの実力者であれば問題は無いが、一般の人間や魔物相手ではひとたまりも無い。


『伝説の魔竜相手にそんな無茶を言う。我に文句を言うのは王と天姫ひめぐらいだが』


「そこらの魔王より強い竜相手に意見できるやつがいないから代わりに俺らが言ってるんだよ」


『ぬう』


「いや、ほんとさ。お前のそれに耐えられるのマスオぐらいだからな」



●●●



「――――むむっ!? 我が鋼の肉体を賞賛する感覚が!?」


「あんたスキルで硬いだけで、基本は液体じゃないか。というか、無駄に大胸筋動かしてアピールするんじゃないよ。スラ子、あんたの弟だろ。何か言ってやんな!」


 ゴブリアの一人であるネビアがマスオに呆れ、隣に座る少女に声をかけた。


 言われた少女、アルカ・ディアスに所属するもう一人のスライム系魔人で、マスオを作った本人でもあるスラ子は少し考えてからこう言った。


「んー……マスオのおっぱいすごーい」


 ほんわかとした口調で言ったスラ子が軽く拍手をする。


「ははは、そうだろう! 姉殿も今日は一段と立派な胸だ!」


 スライムであるスラ子は肉体を変化させる事ができるため、外見変更も思いのままだ。無論、彼女がこれだと決めた基本的な『型』はあるのだが、最近はそれを基に色々と変化を付ける事がマイブームらしい。


「そーお? えへへ、今日はゼルシア様を参考にしてみたんだー。明日はアサカちゃんを真似てみようと思ってるけどー」


 マスオから賞賛を返されたスラ子が自分の胸を軽く持ち上げて言った。


「ほう! それはまた緩急激しいな!」


「うっさいわ! この半裸マッチョ!」


 後ろからオーガの少女アサカが己の武装の柄でマスオの後頭部を叩くが、悲しいかな無駄に硬いマスオの液体筋肉に弾かれ、何故か金属と金属がぶつかる音が響く。


 周囲、マスオは頭部も筋肉なのか……という空気になる中、ネビアがアサカに頭を下げた。


「すまんアサカ……まさかそっちに飛び火するとは思わなかった」


「ほんとだよ! ネビー、魔人組アサカたちの中で頭良い方なんだからもう少し考えて!」


 涙目のアサカの横、ネビアの弟であるサビアが半目で告げる。


「というか非戦闘系の僕らはともかく、アサカたち一応待機状態なんだし緊張感持ちなよ」



●●●



「……余計な事言った気がする」


『そのようだな』


 二人でアルカ・ディアス側に感じる喧騒を微妙に感じてため息をつく。


「……まあ、とりあえず今は蘇生が先だ。おーい、誰か動けるやつ手伝ってくれないか?」


 重傷者は複数いる。確実な処置を施すならば、人手が欲しい。しかし、


「ひっ!?」


『……畏怖されているが?』


「お前の威圧感でこうなってんだよ! 俺は違うから……、な?」


「ひぃ!!?? い、命だけは!!!」


「…………」


『言わせて貰うと、目の前でスプラッタの惨状を繰り広げた者の言葉は説得力皆無だと我は思うのだが』


 正論ではあるのだが、ミドガルズオルムには言われたくない。


「うるせー。はあ、フラウたちじゃないと落ち着かせられないか。というか、あいつらは?」


『現場が思いの他すぐ近くだったゆえ、すぐ戦闘に入ってな。我が手を出す必要もなさそうだったゆえにこちらまで戻ってきたのだ』


 放置したのかよ、と意識を東に向けると確かに魔力が確認できる。状態としては安定している様子から、戦闘は既に終了しているのだろう。早いと感じるが、フラウとフミリルの組み合わせは強襲向きだ。開幕の一手で戦闘終了も不可能ではないし、実際にそれをやってのけたのだろう。


「仕方ない。俺の方で蘇生を行うからミドは一応周辺警戒、よろしく」


『あの逃げた一匹はどうする? 今ならばまだ追いつけるが』


 アルノード・リヴァルをしまいながら少し考えるが、首を横に振った。


「否、いいや。情報は欲しかったけど無理する必要は無い。あの吸血鬼も、他のやつらと違って状況判断できるから退いたんだろうし、もうこの辺りには近寄ってこないだろ。来たらの話だ」


 そこははっきりさせておく。


 情報ぐらいは貰うけどなー、と言って、ポーションと機工人形を複数体取り出した。それぞれにポーションを渡して命令を下す。


「お前はあの魔物。お前はあっちの魔物。お前は、えーとあれでいいか。ポーションをかけて蘇生させろ。で、お前は――」


 魔物一体につき機工人形一体を治療に向かわせていく。と、そこで西側から新たな魔力の流れを感じた。


「――ん、この感じ……ガルグードが戦闘に入ったか」

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