第84話 二度目の介入者
「はー、あっちまで行くの、あたし久しぶりです」
地上から十数メートル程の上空で声が発生した。
約二十メートル程まで身体を戻したミドガルズオルムの背の上、俺の横に座るフラウの声だ。
場所としてはアルカ・ディアスがある大森林に隣接する草原、その南側の入り口。ここから北東に行けば、フラウたちが住んでいた魔物の街があった場所に行ける筈だ。
「そうですね。狩りにおいても、草原中央より北部に行く事はありませんでしたし」
フラウの後ろ、風に緑髪を揺らされたフミリルが言って、こちらを見た。
「サキト様、確認なのです。
……約三十分ほど前にジリオン君たちが謎の光を発見。キリュー君が感知魔法を行使しましたが、原因不明。今回はそれについて、目視による探査という事で良かったです?」
フミリルの問いに俺は言葉を返す。
「別に目視には拘ってないけど、自然現象なら感知魔法じゃ見つけられないからあながち間違いでもないか」
ジリオンたちから連絡を受けてからそれほど経っていないが、状況は常に変わるものだ。例の明かりが今も発光しているとは限らない。
ただ、森を抜けてから少し気になる事があった。それはミドガルズオルムも感じているようで、
『……王、この気配は……』
「ああ、
正面の遠方、そして東西にそれぞれ一箇所ずつ。計三箇所から何かの魔力を感じるのだ。
「何かって何ですか?」
訊かれるが、実は割と困っている。
「何だろうなこれ。まったく知らない、って訳じゃないから、どこかで出会ったことのある魔物なのは確かなんだけど」
様々な世界を体験してきた俺は、それ相応の魔物と出会っている。その割りに、異世界と言えば大体出てくるエルフとこの世界に来るまで出会った事が無かったりと偏りがある訳だが。
「ミドは記憶に無いか?」
『一々、魔力を覚えなどしない……と言いたいが、これは多少覚えがある。一つ前の世界で王が倒した魔王の一体に近い』
「ま、魔王ですか!?」
不安そうになるフラウを尻目に、俺は言った。
「
――しかしなあ……あの世界、いろんな魔王がいたし、手当たり次第なぎ倒した記憶しかないから、それだけだと種族特定は出来ないな」
ただ、これで帝国の捜索隊という線は薄くなった。
そうなると、山火事か魔物が原因の線が濃厚だ。否、この反応を考えると後者だろうか。
(でも、わざわざ自分から光を発する魔物ってどうなんだ……?)
深海などに生息する個体ならば、疑似餌に光を用いるのは生物としてはある事だ。だが、こんな場所でそれを行っても集まってくるのは虫類ぐらいだ。
それらを喰らう魔物と言えば、爬虫類や両生類に近しい存在だが……。
そう思った時だ。
「……サキト様! 正面の山の麓! 何か見えませんか!?」
フラウが前方を見据えて言った。その目は、いつもの黄色い瞳ではなく、特殊な紋様が浮かんでいた。スキル:《見通す眼》だ。彼女はこれにより、魔力による視力強化を行わなくとも、遠距離の細部を見渡せる。
俺も同様に前方を見た。
確かに明かりが見える。ただし、やはり詳細を確認できる距離ではない。
「……この臭いは」
ふと、ガルグードが鼻を動かした。
「ガルグード?」
「……前方から風に乗り、何かが焼ける臭いがします。それと、血の臭いも」
「という事は、あの明かりは火の光か? でも魔物も絡んでる……、どういう事だ?」
状況が掴めないまま、しばらくするとそれは見えた。
「あれは……」
俺の目には、十数名の男たちが魔物を集め、取り囲んでいるのが見える。
周辺には、家と思わしき建築物の残骸が燃えている。ガルグードが言っていたのはあれから発せられた臭いなのだろう。男たちは人間のように見えるが、魔力の質からして魔物の類だ。逆に囲まれている魔物たちに俺は覚えがあった。
それが確かなものかを確認するために、俺は横に居るフラウの方に振り向いた。
フラウも捉えたのだろう。
「そんな……!?」
フラウが目を見開いていた。
現場の光景が指し示すもの、それは、
「……サキト様。あたし、あそこに集められてる魔物を知ってます……」
「……フラウ?」
まさか、という表情をとったフミリルの声が漏れた。
「――――魔物の町で、一緒に暮らしていたみんなです!」
俺たちが介入し、救出した魔物たち。そのうち、フラウたちとは別の道をとった者たちだろう。町が無くなった事で散り散りになったものかと思っていた。
だが、別の場所で集まり俺たちのように新しく町を作ろうとしていた。それが今、襲撃を受けている。
ならば、アルカ・ディアスの長として、俺が取る行動は――。
「――――ちょっと、先行する。お前らは、指示あるまで上空で待機」
ミドガルズオルムの背を蹴って飛び降りた俺は、そのまま飛行魔法シエラリーベルで加速し、同時にアルノード・リヴァルを異空間から引き抜いた。
介入を開始する。
●●●
「おい、これで全部か?」
男の声が響いた。
「いえ、逃走した個体が数体。そろそろ捕縛が完了した頃合かと」
服を着崩した素行の悪そうな男の後ろ、何人かの中から、問うた男とは反対に身なりを整えた男、ウタガが一歩前に出て告げた。
その報告に、告げられた男が舌打ちをした。
「っち、手間かけさせやがって! ――おいっ、うるせえぞてめえら!」
悪態をついた男の眼前、泣き声や呻き声が発せられていた。
そこにいたのは、多数の魔物たちだった。しかも、普通の魔物たちではない。
「はっ! しかし道中にこんなやつらがこんなにいるとはなあ! あの方に良い土産ができるぜ」
「
「人間ほどじゃねえが、獣よりはうめえらしいからな。よくわかんねーけどよ」
「しかし、集団で生活しているとは……。この数はなかなか骨が折れますね」
ウタガは、捕らえた魔物たちの数を数え、そして結論を出す。そしてそれを上官であるゼスィへの進言とする。
「ゼスィ様。少々面倒ではありますが、ここは一度本国に戻るべきかと。この数を連れたまま、先を行くのはリスクが大きいです」
「あぁ!? ウタガてめえ、俺様の力が信用できねえってのか」
ウタガの言葉に、ゼスィは気分を悪くする。
「いえ、そのような事は。しかし、この先は我々とて未見の地。皆、少なからず浮き足立っています。そこに数多くの荷を運ぶ必要があるとなれば、いらぬ事態が起きる可能性も考慮すべきです」
ウタガが進言の意図を説明すると、あー、とゼスィは数秒置いて、否定した。
「要らねえだろ。そんな軟弱者、俺の隊にはいねえし。居たとしてもそれで脱落する程度ならそこで死ねって話だ」
「――――わかりました」
この時、ウタガは小さくため息をつくのだが、それに気付く者はいない。
「ゼスィ様!
ゼスィの部下の一体が、ゼスィに指示を請う。
「あー、そうだな。ただの魔物ならいくらでも獲れるんだ。
……間引くか」
その言葉に、魔物たちが、ひっと声を出した。
そんな様子を見て、ゼスィとウタガ以外の部下が嘲笑する。ウタガだけが付き合いきれないと感じ、その場から一時離れようとした――その時だった。
「――!? ゼスィ様!」
ウタガがゼスィの襟を引っ張って自身も共に後退する。
「ぐあっ!? 何すんだてめ――」
瞬間だった。今の今までゼスィが立っていた場所に、何者かが武装をその手に着地したのだ。
ゼスィたちと魔物たちの中間。土埃の中、彼らを隔てるように立ち上がった男は、黒の色を持った刀を地に突き立てこう言った。
「――悪いけどこいつらは俺たちがもらうぜ」
●●●
俺は、上空の雲の上で待機しているミドガルズオルムたちに魔力通信を飛ばす。
『こいつらの話だと、ここから逃げた魔物とそれを追っているやつらがいるはずだ。魔力反応的に、東西で二箇所。たぶん、東の方が数は多いな。
――お前ら、行けるか?』
『……二箇所、ですか。ならば、私が西の方を。フラウ、フミリルは二人でミドガルズオルム様と共に東を担当するのが良いかと』
『ええ!? ガルグードさん、一人で大丈夫ですか!?』
フラウの、心配する声が聞こえる。
ただ、それについてガルグードが何かを言う前に、フミリルがフラウを諌めた。
『フラウ、失礼ですよ。ガルグードさんはボクたちと違って元々魔王軍に所属する程の方です。基礎が違うですよ』
『……だ、そうだが。ガルグード、本当に大丈夫か?』
『魔王軍云々は私自身は下っ端だったので、恥ずかしいところですが……おまかせを。それに一人の方が好都合です。ずっと、腕を試してみたいと思っていたところでしたので』
『わかった、まかせる。ただし、いつも言ってるように第一優先は自分の命。保護対象よりも、自身の命を大切にしろ。まあ、お前らなら大丈夫だと思うから、無茶ぐらいは許すけどな』
『承知――!』
言葉と共に、上空からガルグードの魔力が増幅したのを確認する。おそらく、アルカナムを使用してシエラリーベルを発動、飛行で現場に向かったのだろう。
『ミド、フラウとフミリルを連れてもう片方に向かってくれ。二人も自分のやれる事をやること。代わりにここのやつらは俺に任せてくれ』
『はい!』
返答を確認し、アルノード・リヴァルを引き抜いて正面に切っ先を向ける。
「誰だてめえ!」
いかにも荒事が好きそうな男が、こちらに向かって吼えた。確かゼスィと呼ばれていた者だ。
「別にお前に教える義理なんて無いだろ」
真底どうでもいいという雰囲気で言ったためだろうか、ゼスィがさらに怒りだした。
ただし内心としては、
(こいつらが身につけている服……フランケンの住人とはまた違う意匠だけど……テキトーなものじゃないな)
デザインは西洋風に近い。フランケンでよく見る服装と比べ、どちらかと言えば、こちらの方が精練されている気がする。
果たして、魔物側の技術なのか、どこぞの人間から奪い取ったものなのか。実は先程の言葉とは裏腹に大変興味がある。
魔物側の情報を引き出す良い機会でもあるのだが、あまり余裕が無いのが現実だ。
というのも、男たちの周辺には多数の魔物が倒れていた。どれも魔物の種としては強い部類や雄の個体だ。
おそらく抵抗をして、しかし返り討ちにあったのだろう。
(全員駄目な訳じゃない……何体かはまだ息がある)
すぐにポーションと治癒魔法を施せば、息を吹き返す可能性がある個体がいる。
フラウたちのためにも治療してやるべきだろう。
そのために、眼前と周囲の敵が大いに邪魔だ。
(さて――――)
行動を再開しようとして、俺は以前の事を思い出した。
あの時も、こんな風に魔物が捕まっていたところに俺が介入したのだ。
当時とは異なり、フラウたちも戦いの意味は理解できるようになったはずだが、
(……まあ、選択ぐらいはさせてやるか)
「一回だけ選択肢をやる。一つ、そのまま後ろを向いて立ち去る。そして、この辺りにはもう近づかない。二つ、ここで死ぬか。選んでいいぞ?」
訊いておいてなんだが、どう考えても返ってくる答えが後者しか思い浮かばないのは他人を信用して無さ過ぎるのだろうか。否、信用し過ぎの間違いか。どっちでもいいか。
そんな事を考えながら答えを待っていると、返答が来た。
「んだとてめえ! お前ら、やっちまえ!」
当たりだった。
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