第83話 一ヶ月を経てⅤ

『あー、最初に気付いたのはキリュー……っていうよりはリンドヴルムだったんだ』


 ジリオンはアルカナムを操作手順書を開きながらグループモード、キリューとベリオスも参加できるようにした。


「キリュー。そっちの声も聞こえるようにしたぞ」


「ありがとう、ジリオン」

 

 そう言ってキリューがアルカ・ディアス側に魔力通信を飛ばす。


『キリューです。ジリオンの言う通りで、つい先程から、ふいにリンドヴルムが北を見つめて動かなくなっちゃって。僕、魔物か何かが近づいてきたんじゃないかと思って、サキト様に習った感知魔法をかけてみたんです。でも何も引っかからなくて』


 しかし、それでも北を警戒するリンドヴルムに、ベリオスが提案したのだ。


『視力を魔力強化したキリューをベリオスと一緒にジルニトラに乗せて、上空から様子を見てみる――』


 これは三体の竜の中で最も温和で、状況理解が早いジルニトラだからこそ出来る事だろう。サラマンダーはやっと自分を乗せることを許した状況でキリューたちを乗せることを許していないし、リンドヴルムは相変わらずだ。


(……でも、なんでかキリューがジルニトラに乗ったのを見て、リンドヴルムが不機嫌そうになった感じがするけど……気のせいだよな)


 そんなことを思い出すジリオンは、サキトたちへの説明を続ける。


『正直言うと俺とベリオスは魔力強化しても見えないし、キリューも点レベルでしか見えないらしいんだけど……』


『…………わかった。とりあえずお前ら、一度こっちに戻ってこい』


 昼とは異なるサキトの音色に、否定の言葉は言い出せない。


『わかった、キリューたちとすぐ戻る』



●●●



「…………明かり、か。青年、何だと思う?」


 ジョルトに問われ、俺は目を閉じて、浮かぶ可能性を口にする。


「発光器官を持つ魔物、山火事による火の光、帝国の捜索隊の灯り――――考え出せばキリが無いな」


 魔物と山火事ならば、今後のためにも対応は必要だろう。帝国ならこちらが見つからなければ良いだけで、わざわざ触りにいく必要も無い。のだが、現状はその明かりが何に因るものなのかがわからない状態だ。


「どうするんだ、サキト」


「もちろん、確認に行く。ただ、ジリオンたちの位置からでも見えにくいって事は結構北上しないといけないだろうな」


「キリューの感知の外という事だったが、あの子は実際どれくらいなんだ?」


 ジョルトの疑問に答える。


「適性で言えばかなり良いよ。少なくとも魔法を扱うことにおいてキリューより上の『子』はアルカ・ディアスには居ない」


 この『子』には二重の意味をかけている。つまり、幹部以外でキリューより魔法適性が高い者はいない。もちろん、実戦経験などを通して得る事ができるはまだまだだが、それらを補うためにアルカナムと一緒に魔法杖を渡したのだ。


「キリューの得意分野は攻撃魔法より支援魔法、いわゆるバフやデバフをかけるほうが向いてる。だから、キリューの感知に引っかからない、かつ視力強化しても点レベルでしか見えないってなると――」


 俺はアルカ・ディアスを中心とした周辺立体マップをさらに縮小して、対象となるエリアを指差す。


「場所としては草原北部や魔人たちが魔物の頃に住んでいた町の跡よりも北のはずだ。いずれにしろ、まだ行ってない地域だな」


 俺自身を含め、この緩衝地全体を把握している者は居ない。調査はするつもりだったが、先にアルカ・ディアス全体としての強化を優先した。それがそろそろ大丈夫だろうという事で先のミドとの会話だったのだ。


(まあ、問題の明かりが何にしろ、ついでに緩衝地北方をアルカナムの暗視モードで空から撮影しておけば、後で簡単なマップぐらいは作れるか)


 無駄足にはならない。そう判断した俺は、ゼルシアに命じる。


「ゼルはアルカ・ディアスに待機。場所によってはアルカナムが通じなくなる可能性があるから、そうなった場合はアルカナムの運用をにする」


「逆とはどういう事だ、青年」


「『俺とゼル』をラインにしてアルカナムを繋げるって事」


「そんな事、可能なのか」


 いつの間にか部屋の隅から復帰していたジンタロウが問いを投げてきた。


「俺とゼルはお互い、仮に世界の反対側にいても魔力通信できるし、瞬間転移も出来るからな」


「魂レベルで繋がってるってやつか」


 以前話した事を覚えていたのだろう。ジンタロウが思い出すように言った。


「そう、それを利用した裏技な。だからゼルがアルカ・ディアスから離れると使えない」


 ゆえに、ゼルシアは残す。現地で必要なら、それこそ瞬間転移で来て貰えば良いだけの話だ。


「対象の捜索は空から行う。ミド、最近暇だってぼやいてただろ。ちょっと付き合え」


『良いのか? 魔物の領へと近づくことになるが』


「この緩衝地も思ったより広いのはわかったし、下手に『全解放』なんてしなければ近隣の魔王やら勇者に感づかれる事も無いだろ」


 この世界に来て、未だ俺やゼルシア、ミドガルズオルムは己の力の一端しか出してはいない。隠しているというよりは、そもそも必要が無いからという理由ではあるが、これは同じように、


(……ジンタロウも盾がオーディアから与えられた物で、『ヴァナルガング』との相性が最悪だったからあんな決着になっただけで、俺たちに見せてない力もあるはずだよなー)


 魔王に敗れたとは言え、それもまた力の特質に因るものだ。これは予想だが、お互い正面切って本気を出しても、俺の力の半分ぐらいは無効化できるはずだ。しかしながら、そんな盾の勇者の力も今は必要ない。


「ジンタロウ、バルオング、ジョルトはゼルと同じくここで待機」


 あとは、と俺は続ける。


「魔人からガルグードとフミリルを連れて行く。二人とも筋が良いから飛行魔法自体は使えると思うけど、まだ安定しないからミドに乗せていく」


 ガルグードは魔物の地についての知識とガーウルフとしての嗅覚、フミリルもスキルを使う事で地上でも隠密に動ける事を考えての選考だ。


「承知しました。両名をすぐ呼びます」


 ゼルシアの言葉に、俺は追加で注文を付けた。


「ついでにフラウを呼んでくれ。俺ら以外で強化状態のキリューより眼が良いのは、《見通す眼》を持ってるフラウしかいない」


 頷いたゼルシアは席を立ち、部屋の隅に移動する。魔力通信をそれぞれに飛ばしているのだろう。


 それを横目で見たジョルトが手を挙げて指示を仰いでくる。


「子どもたちはどうすればいい?」


「一応、戦闘系所属の魔人たちはみんなと一緒で別命あるまで待機。それ以外の魔人と亜人の子どもたちはいつもどおりで良いよ。不安がって眠れないのも困るから、この事を伝えなくても良いし」


「了解した。慎重に行ってくるといい」


「応よ」

 

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