第82話 一ヶ月を経てⅣ

「で、まあ。不貞寝したジンタロウは放って置いて、話戻すけどさ。アルカ・ディアスには鶏だけじゃなくて足りないものが多い」


 不貞寝じゃねーという言葉が部屋の隅から聞こえるが、無視。言った言葉に、ゼルシアが手を挙げて応じた。


「食材だけ見ても以前よりは豊富になりましたが、やはりアルカ・ディアスだけでは手に入らない物が多いというのが現実ですね」


「調味料とかも俺とゼルが前にフランケンに行った時に買い込んだけど、そろそろ備蓄がやばいしな……」


「うむ、味気ない料理は我輩勘弁であるな! せめて塩気は欲しいところだ!」


 そんな要望に俺は頭に手をやる。


「塩なー。地下洞窟で岩塩でも取れないかと思ったけど」


 鉱石と魔石、温泉に加え、塩まで手に入れば万々歳だったのだが、普通そんな一箇所に固まっている訳が無い。


「フランケンの塩はあれ、どこから取ってきてるんだろうな」


 俺の疑問に、ジョルトが答える。


「ああ、それはヴォルスンドの西の都市、クルンメルから商人が持ってきているのであろう。あそこは海都としても名高いからな」


「海……海かー。そういえばヴォルスンドの地図見た時にあったな。この辺りは海は無いっぽいけど」


「基本的に内陸だからな。人伝に聞いた話ではあるが、ヴォルスンドの南にある国は海に面しているらしい。南都ベルスクスなどはそちらとの交易も盛んであろうし、もしかしたらフランケンの塩もそちらからの物かもしれん」


「なるほどなあ。まあ、塩を含めた調味料も必要って事で」


 距離が近ければ、直接出向いて大量に買い込む、または自らの手で作り出しても良いのだが、今はそこまでの余裕がない。


『味に気を使わなければならん人間は面倒なものだな。ここに普通の人間はいないが』


 魔人、魔天使、元勇者、サイボーグ爺さん、エルフの末裔を前に、伝説の魔竜が呟いた。


「そこは人間に限った話じゃないとは思うが……まあいいか。じゃあ、そういう状況で、さっきのジョルトの話だ」


 俺の笑顔を伴った顔に、ジョルトがまさかという表情をする。


「モンドリオと交易をしようという事か!?」


「理解が早くて助かる。ヴォルスンドで流通してる硬貨はまだまだ持ってるから、別に買うだけでも良いけど、ここ数週間で人様に出しても文句でないような物は揃ってきてるからなー」


 農作物は時期外れの種でも育てる事ができるし、武具なども魔人たちの練習作品が思ったよりも質が良い状態の物が多く、良い売り物になる。


 魔石に関しては、フランケンで流通してるものを鑑みるに下手に流すと相場を壊しかねないので保留とするが、実際そこを除いても良いやり取りが出来る気はする。


「どうせ来るなら仕方が無いし、だったらモンドリオが次に来る時に欲しいもの全部持ってきてもらおうと思うんだ」


 要らない物を持って来てもらっても困るので、事前に要望を出しておかねばならない。


「明日辺りにでも、フランケンに向けて機工人形を向かわせるから、それに手紙を持たせる。だからジョルト、一筆頼めるか?」


 アルドスのリーダーであったジョルトが手紙を書いた方が信頼感が増すだろう。


「まあ、私の筆跡などはヘルナルも覚えているだろうし、構わないが……。しかし青年、現状をどう説明する?」


 手紙には要望の品の他、アルドスの現状などの説明を書き加えなければならないだろう。


「嘘をつくには事実を混ぜろってな。アルドスの現状を事実として書いてくれればいい。ただし、魔人たちの話は一切抜きにして、俺とジンタロウが介入したって事にする」


 アルドスを襲撃した賊を、俺とゼルシア、ジンタロウで討伐した事にすれば良い。事実、賊自体は生きたままギルドのヤーガンに引き渡せたのを確認している。


 彼らから魔人について情報が漏れる心配も無い。気絶していた盗賊全員には軽く魔法をかけた。あの夜のことは大まかに覚えてはいるだろうが、に襲撃されたかまでは理解が及んでいないだろう。


「実際にモンドリオが来た時も魔人たちには隠れてもらう事にするから、その辺りは大丈夫だと思う」


「私のこの姿はどうする?」


 ジョルトの姿は前と違って三十後半の姿だ。モンドリオに違和感を与える事になる。


「ゼルに幻影魔法をかけてもらうよ。あまり派手に動かなければ解除される事もないし、それが一番安全だ」


 他、アルカ・ディアスを何処まで見せるかなどの問題もあるが、


「下手に情報を出せばヴォルスンド上層部に繋がる可能性はあるけど、それさえ気をつければ相手としては友好的な存在だ」


 気楽にいこうと、そういう事だ。


「…………今は、そんなところか?」


 周囲、見渡すが言葉は出てこない。だから、締めようとして、


「んじゃ、ゼル。今日はこれくらいに――」


『――あー、あー。サキトさーん、これ届いてるか?』


 突然の声が遮った。


 その声は昼にも聞いている声。


『どうしたジリオン、わざわざ魔力通信なんかで。というかお前ら、今何処に……まだ森の外にいるのかよ、もう夜だぞ』


 問うと同時に感知をかけて、ジリオンの所在を把握する。彼はまだ昼に会った場所の周辺に居るようだった。そこにはキリューとベリオス、それに彼らの相棒となる竜たちも当然いた。


『いや、ごめん。サラマンダーに乗れてからけっこう感じ良くてさ。キリューたちにも付き合ってもらって未だこっちいたんだけど』


 一区切り。続けて、ジリオンは言葉を続けてきた。


『なんか北の草原の方さ、かなり遠くに明かりみたいなものが見えるんだ』


「――!」


 俺は咄嗟にアルカナムを操作し、ジリオンからの魔力通信を幹部連中全員に聞こえるようにする。


『ジリオン、こっち側でお前の魔力通信を他のみんなにも聞こえるようにした。詳しい状況説明、頼めるか?』

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