第81話 一ヶ月を経てⅢ
「近状報告、か」
サキトの問いに、ジョルトが何か無いかと考え始めた時、ジンタロウが足を組んで深く座りなおし、言葉を作った。
「戦闘系はこれと言って無いように思えるな。現状は、お前が個人ごとに用意した武装の慣れをやっている状態だし、フラウに現れたスキル進化が他の魔人に現れた様子も無い」
同様に、バルオングが右手を挙げ、
「建築系もジンタロウ殿と同じであるな。建築素材に木材に加え、石材が加わった事やある程度複雑な機構、二階建てなども一見して分かる事であるし。強いて言えば、鉄を使った建築を今後は想定しているぐらいか」
バルオングの言葉に、サキトが天井を仰いだ。
「あー、ごめん。そういや、そういうのも頼んだな。それで、頼んでおいて大型鉄材の製鉄に必要な設備作ってないのは俺の不備だわごめんなさい」
「あまりの早口に逆に誠意を感じないが、まあ仕方が無い。現状、鉄素材などは武装や備品製作を中心にまわしていると聞いたのである。生産系所属の魔人たちの練習となるように」
「ああ。最終的に生産系魔人たちには俺の《
「ならばやはり仕方が無い事である。石材だけでも耐久度は格段に上がるゆえ、問題はないのであるよ」
「ん、昔の魔王城を作るのに使った素材を魔石を使って再現しようと思うから、鉄素材と合わせてもう少し待って欲しい」
「承知した」
バルオングが話を終える。次は私か、とジョルトは思うが、それよりも先に言葉が脳内に響く。
『――――我も特段この場で報告するような話題は無い。竜たちの相手も亜人の子がしているので、現在はどちらかと言えば手持ち無沙汰なところはある』
ミドガルズオルムだ。
「お前大概暇そうだもんな。ミドには今後、俺と一緒にこの地域一体の調査に出てもらうから、その時頑張ってもらうかなー」
『ふむ、我も北の地などは興味がある。楽しみに待っていよう』
別に戦いに行く訳じゃないんだが……、と困り顔のサキトはそのまま、こちらを見た。
「ジョルトは? 最近はけっこうまかせっきりだけど、なんかあるか?」
彼からは農耕関連を中心に任されている。正直、そちらの方が自分としても合っていると思っている。戦の心得が無い訳ではないが、勇者やそれに属する者たちが居るこの場において、自分が出る幕は無い。
「ううむ、そうだなあ。農耕関連は青年から貰った指示を元に、こちらでも多少経験から色々弄っているぐらいだ。そのおかげか、成長具合も良い。短期で収穫できるものは順次日々の食卓に並ぶぐらいにはなっているし、長期作物も順調だ」
しかし、その事で懸念がある。それは至極簡単なことで、
「正直、あの面積の作付と作物の成長速度から考えるとかなり供給過多になると思うのだが」
アルカ・ディアスは何も農作物だけが食料ではない。元々、この森に自生している植物や果実、狩りや東の湖での漁などにより食糧事情を解決していたと聞く。
サキトの方針で農作物を育てていこうという事になっているが、実は食料問題自体は起こっていないというのが事実だ。
そこに農作、しかもかなり広い面積の規模という事で、せっかく育てた作物が無駄になるのではないか、という疑念があるのだ。
「まあ、あくまで私の見立てだが」
そう最後に付け加えた言葉に、サキトが唸る。
「んー、そうかー。保存用の大型冷蔵庫もあるとは言え、それでも鮮度の限界はあるか。とは言え、他のコミュニティと関わりが無い今、輸出なんて事もできないしなあ」
「最終的には青年が判断してくれればいい。今さっき言った事だが、あくまで私個人の意見だ。この先、何があるかわからないというのもまた事実であるし」
まさに今がその状況だ。数ヶ月前の自分にこんな未来を予想できただろうか。
「まあ、アルカ・ディアスについてはそれぐらいだ」
しかし、ジョルトはサキトに相談しなければならない事が他にあった。
「それとは別に、少し心配事があってな……」
「心配事……?」
ジョルトの言葉に、他の皆が眉をひそめる。
「青年やゼルシア君には言えば解るだろうが、モンドリオの事だ」
ジョルトは簡単ながら、モンドリオがアルドスを訪れていた事をサキトやゼルシア以外にもわかるように説明する。
実際にはヘルナルがモンドリオを通して行っていることではあるが、
「彼は定期的にアルドスにフランケンから物資を運んでもらっていた。それはまあ、好意で無償のものもあれば、物々交換という事で有償な物もあったが……」
話の論点はそこではない。
「モンドリオが最後にアルドスに来てから相当経っている。おそらく、一ヶ月前にはこちらに来る予定があったのかもしれないが、竜の騒ぎもあってそれどころではなかったと考えている。しかし、そのほとぼりも冷めてきた頃合だろう」
そうなると、
「青年の話では、アルドスの一件はフランケンには伝わっていないんだろう?」
「ああ。ジークフリートと会った時もその事は話してないし。でも、そうだな。あの人が来て、アルドスが無くなってたら……」
「仰天するだろうな。そしてその後も予想はつく。すぐさま引き返し、ヘルナルに報告。そしてヘルナルが事態を確かめるために人を寄越すはずだ。場所柄、公に国の兵を動かす事はできないはずだが、領兵、もしくはギルドの人間ならばそれも可能だろう」
「あー、めんどくさいかもなあ、それ」
アルドス跡地にはまだ焼け跡などが残っている。それらを見れば、賊の襲撃にあったと理解はするだろうが、そこから周囲の検分などが入るとなれば、当然この森もその対象になる可能性が高い。
「先の結界とて、実際に入られてしまえば『知られてしまう』。現状のアルカ・ディアスがヴォルスンドの人間にどう映るか、想像に難くは無いと思うぞ、私は」
自分たちは魔人たちがどういう存在か知っている。だが、ただの人間が彼らと魔物の区別がつくかはわからない。
ヘルナルやモンドリオとて、アルドスに支援してくれた者たちで自分の友人だ。そんな彼らに、自分たちの恩人である者たちが良くないものとして映るのは避けたい。
そんな現実的な問題と心情的な問題もあり、サキトに相談をした訳だが。
「…………」
当のサキトは、椅子にもたれて天井を見上げていた。そして、しばらくして口を開いたと思えば、
「……ちょうどいいかも……?」
「青年?」
ふと思ったんだよ、とサキトが続けて言うのをジョルトは聞いた。
「トリが欲しいなって!」
●●●
またなにか言い出したぞ、という顔をする面子を前に俺は復唱した。それは一つ前の言葉とは違い、疑問符をつけた形で、
「トリ、欲しくないか?」
「トリ……鳥か。鳥ならいるじゃないか、ハーピーだが」
そんなジンタロウの言葉に、俺は半眼を向けた。
「ジンタロウお前……、ハールズとハネイオルに自分の為に卵産んで、って言うつもりか?」
アルカ・ディアスに所属する二人のハーピー。ハールズとハネイオル。彼女らは姉妹であり、アルカ・ディアスには数少ない、己の力だけで飛行可能な存在だ。
「いや、年頃の女子に産卵要求はやばいよ、ジンタロウ。しかも食う為なのに」
「なんでだよ!? というか卵って食べる方――鶏とかの話をしてたのか!?」
「そうに決まってるだろ、話の流れで察しろよ、なあゼル」
「はい。ジンタロウ様、日々の生活で魔人の少女たちとも絆ができているのはわかるのですが、彼女たちの『親』である私としてはさすがに容認が難しいですね」
「いやしないよ! くそ! 何だこの敗北感!? 俺は悪くないだろ!」
「まあまあジンタロウ殿。サキト殿の相手をまともにしたら苦労するといつも言っているのはジンタロウ殿ではないか。落ち着くのであるよ」
バルオングがほほ、と笑いながら言った。
「くそ! わかってはいるのに一度嵌ると言い返さない訳にはいかないのは何でだ!?」
俺は沼か何かかよ、と思う。
「しかし鶏か……。アルドスでも飼ってはいたんだが、先の一件でみな死んだか逃げて行方がわからなくなってしまったからなあ」
「ジョルトのおっさんも何冷静に話し続けてるんだ!」
「いやあ、実際ジンタロウ殿が一身に受け止めてくれているおかげでこちらは平穏だからなあ」
『ふむ、盾の勇者の名は伊達ではないか』
「味方が居ない!」
ジンタロウの叫びがアルカ・ディアスに響いた。
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