第80話 一ヶ月を経てⅡ

「俺からの本題はアルカ・ディアス自体の現状についてだな」


 続いて表示するのはアルカ・ディアスの現在の3D構造データだ。


「ほう、こういったものもできるのか」


 バルオングが珍しそうに建物のホログラムを突いている。


「アルカナムの拡張モニターにも使ってるけど、ここらは帝国の技術流用だから俺もまだ勉強中だけどなー。

 …………これを見れば解るけど、まあアルカ・ディアスは絶賛拡大中だ。二ヶ月前と比べたら面積だけで倍以上かな?」


「単純に人数が増えたのが大きいだろうが、建造物の増加も要因だろう。ここもそうだが、最近は二階建ても出来るようになってきたしな」


 ジンタロウの言葉に、バルオングが続く。


「うむ、建築に従事している者たちも中々慣れてきたものであるよ。今日なども魔人たちが自ら設計書を描き、最近交わるようになってきた亜人の少年たちとあれやこれや議論を重ねていた」


「俺がわざわざ設計書を用意する必要がなくなったのは大きいなー、最初は設計書無しでやってたし」


 頭の中でやるのと実際に書き起こすのは、やはり違う。そういう事を魔人たちが知ってくれたのは大きい進歩だろう。


「ジリオンたちより少し下の男子たちもそれぞれ自分のやれる事を見つけてきてるのは良い事だな」


「そうだな。新しく作った工房でも亜人の子どもたちが何人か見学に来たりしてるんだ、男女問わず」


「農耕や漁業――アルドス時代からやっていた事の他に、己の役目を見つけられている子が多いということですね」


「魔人たちも亜人のみんなから字や言葉を教わってるだろ? それのお返しとばかりに積極的に教えたりしてる様子も結構見るし、良い空気であるのは間違いないと思うよ」


 俺は構造データの一つを指差して言う。そこは勉強教室として、俺たち幹部が亜人に、亜人が魔人に勉学を教えるために用意した場所だ。


 作業がある者もいるため、さすがに全員一斉というわけではなく、ある程度のローテーションが組まれており、昼間賑やかな場所の一つでもある。



●●●



「設備と言えば、アルカ・ディアスを覆う結界ですが出力なども問題無いようですね」


 ゼルシアの言葉にジョルトが首を傾げる。


「そのような話もあったな。今日の昼頃から今までとは異なる空気をふと感じ取ったが、それの事か?」


「ああ、結界はアルカ・ディアスの防衛を考えた時、一つの手段としてはかなり有効だからな。でも、俺もゼルも常に中心で結界を張れる訳じゃないから、浄水設備と同じように常時発生型の術式を仕込んだ機械を用意したんだ」


 構造データが大幅に縮小され、周辺の地域立体マップに様変わりする。


「今回用意した結界は四つです。第一にこのアルカ・ディアスを囲む結界のうち、最も範囲が狭いですが重要なもので、攻撃性の魔法や物理攻撃などを無効化するものです」


「魔法攻撃に関しては外側からの攻撃はもちろん、中でも効果は発動する。逆にうちのやつらが使うものは無効化されないような仕組みになってるから、結界内で戦闘があっても有利な状況にはなると思う」


『――勇者や魔王クラス、それに近しい存在相手だと何処まで持つかは保障できんがな』


「そのような存在は私たちが対応すべきですから、また違う系統の問題でしょう」


 言うが、ミドガルズオルムもそれはわかっているのかそれ以上は何も言わない。


「ゼルの言うとおりだ。あくまで防衛手段の一つだから過信はしないようにな?

 次に第二の結界だけど、これは範囲的にはもう少し広くて効果は幻影魔法だな。アルカ・ディアスは森の中にあるけど、木々を切り開いた結果、上から丸見えな状態だった」


「オキュレイスを奪取してからここまで、未だ帝国も動きを見せてきませんが、仮にオキュレイスを捜索する場合はやはり上空から探しに来る可能性が高いでしょう」


 その時、アルカ・ディアスとオキュレイスが丸見えではここを攻めてくださいと言っているようなものだ。


 建物の上に木を植える――などという方法も可能性としては考えたが、今後建築物が拡張していく事を考えると現実的ではないし、そもそも木々の成長速度を考えると現実的ではないとしてこの選択肢は却下されたのだ。


 ゆえに、結界を展開し、幻影魔法でこの大森林には何もないと思わせる案が採用された。


「中まで入られたらこの結果居は意味がなくなるのが難点だけど、まあ妥当かなとは思う。あと、こっちはアルカナム所持者には効果が及ばないようにしてるから」


 サキトがアルカナムを手に持って揺らして示す。


「今日、青年が子どもたちにアルカナムを配ってまわっていたのはそういうことだったか」


「ああ。森の外に出ない子は後回しで、ジリオンたちや漁に出る子たちには優先して渡してあるから迷子になる事は無いと思う。最終的には全員に配るから問題は無いと思うけどそういう事だから」


 サキトの言葉に、皆が応じる。そして、結界はこれらだけではない。


「この結界よりさらに広範囲で展開されてるのが感知結界です。魔力が高い存在や異質な存在が結界の境界面に触れた瞬間、または結界内に出現した場合、位置とその時点で判明している情報がアルカナムに届きます」


 結界領域としては森の外、アルドス跡地周辺はもちろんのこと、森から少し出た北の草原、西の峡谷ギリギリまで入っている。


「何処に危ないやつがいるか人目でわかるようにしてるから、有事の際でも非戦闘系のみんなが逃げやすくなるはずだ」


「逆に我輩たちは敵性存在が何処にいるかがわかりやすく迎撃に用いる事も可能であるということか」


「そういうことです。アルカナムで各自連携もとりやすいので、サキト様を中心に防衛配置もしやすいでしょう」


 ゼルシアは、サキトが頷くのを見た。


「と、まあ結界についてはこんな感じだ」


「…………ん? 結界は四つあるんだろ? まだ三つしか話に出ていないが」


 ジンタロウの指摘に、サキトがあー、と口にして、


「四つ目はおまけというか、まあ重要と言えば重要なんだけど……。最近になって、電気がアルカ・ディアスの何処でも使えるようにしたろ? 照明器具も配っていろんな場所で夜間でも問題なく活動できるようにって」


「ああ、先の幻影結界もそれらの灯りを外に漏らさないためだろ?」


「うん。たださ、ここって現状はまだ大自然の中だろ? そんな中で夜でも明るいってなるとそれに惹かれてくるものがいるだろって話だ」


「――――虫か」


 ジンタロウの答えに、サキトが苦笑して首を縦に振った。


「当たり。女子の要望が強くてなー。魔人連中に虫系のやつもいなかったし、実際害虫は子どもたちにも影響あるかも、って事で採用した」


 エルフの血が活性化し、抵抗力が強くなったとは言え、厄介な病気になる可能性は避けた方が良いという判断だ。


「まあ、農耕的にも害虫を弾くという意味合いは大きいのではないかな。土壌を豊かにする系統のものまで弾くとなれば少し心配ではあるが」


 バルオングが口元に手を当てて言う。


「ああ、それはさすがに考慮してる。森に住んでる生物も粗方把握できてきたから、フィルターかけて選別する機能も付けた」


 説明にジョルトが喜んだ。


「準備が良いな。いや、私としてもありがたい。なにせ、酷い時は夜にだったからなあ」


 亜人の子たちに話を聞くと、やはり虫は苦手という者がほとんどだったのをゼルシアは思い出す。


 自分としてはサキトが魔王時代だった頃に、虫系統の魔物も多く従えていた事から慣れはあるし、そもそも天使に虫が苦手という概念は存在しなかったので問題は無い。


「この結界は、まずフィルターの対象である種は結界に近づかないような忌避魔法を常備してるんだ。それでも強引に入ってこようとするやつは電撃魔法で焼き切る。

 ――――田舎のコンビニとかにある殺虫灯ってあるだろ? 誘いこんで電撃で殺すやつ。あれの追い出すバージョンだな」


 コンビニ……? と意味が解らず首を傾げる者たちの中、ジンタロウが苦笑した。


「また俺にしか通じないようなネタを……。まあ、理解はした。しかしその結界、雷撃魔法が発動するなら防衛結界として使えるんじゃないのか?」


「いえ、ジンタロウ様。その点について、サキト様と相談はしたのですが……」


 第一の結界は物理に関して、飛来物はおおよそ無機物という事で大まかな設定だけで結界を張れた。しかしこちらは明確に対象を選別する必要がある。ということはそれだけ処理に負荷がかかるのだ。


「万一、誤作動が起きた場合、最悪の結果につながりかねないとして、人間や魔物――昆虫などの種以外には反応しないようになっており、雷撃魔法自体の威力も相当低く設定しています」


「だから防衛用としてはあんまり効果ないのがな。前の三つの結界がそれらをカバーしてるからそこはもういいかなって」


「なるほど、まあ理に適ってはいるか。すまん、話を遮ったな」


「いい、これも重要な事だったし。じゃあ、結界についてはそんなところだ。他、色々あるけどこれは逆にみんなから報告貰いたいな」


 それはつまり、


「各々の近状報告。無くても良いけど、現状で俺が知らなさそうな事、あるか?」

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