第79話 一ヶ月を経てⅠ

「という事で皆様、本日もお疲れ様でした」


 ゼルシアは、眼前に集った面々に向かい、そう言った。


 サキト、ミドガルズオルム、ジンタロウ、ジョルト、バルオングという、アルカ・ディアスにおいて幹部とも言える存在たちだ。そして、自分もその中に含まれている。


 場所はアルカ・ディアスの現在の中心部にある少し大きめの建物。目的フリーの施設という位置づけではあるが、実際には屋内での作業や会議所などに使われる集いの場としての役割を持った場所だった。


 その一階で、サキトがスキル:《工房にてクラフター》で作成したクッション付きの椅子に座り、これまた同じく彼が作り上げたテーブルを皆で囲んでいる形だ。


「――――本日はアルカ・ディアス成立一ヶ月という事で記念の定例会議一回目の始まりです」


「いぇーい」


「いぇーい、じゃねえよ」


 無表情で簡潔に集いの趣旨を説明したゼルシアとそれにノったサキトは、抗議の声をあげたジンタロウを見た。


「何でしょうかジンタロウ様。何か疑問が?」


「いや、アルカ・ディアス成立云々はまだしも、定例会議やるなんて初耳だぞ」


「先程サキト様が提案なされたので当然かと」


「…………」


 言うと、ジンタロウがそれ以上何も言わないので司会進行を進める。


「では、気を取り直して。今回は定例会議一回目という事で、これまでの成果と今後の方針、そして各部門、魔人と亜人の皆様のぶっちゃけの不満を集計し、解決。生活レベルを引き上げようという次第です」


 一息つき、


「それではまず、この一ヶ月の全体的な成果ですが……サキト様、お願いします」


「おー」


 サキトが応え、座ったまま面々を見渡した。


「まず、今日までお疲れ様だ、みんな。早速本題に入ろうと思うんだけど、最初は魔人と亜人の現状からいきたいと思う」


 そう言って彼はアルカナムを取り出した。そのままそれをテーブルの上に置く。すると、テーブル上の空間に、ホログラムが立ち上がった。


「これは……アルカナムと同じ技術か?」


 ジョルトがホログラムに触りながら問う。サキトは彼にもアルカナムは既に渡してあるのだが、未だ慣れていないらしい。


「ああ、後でも話題に出すけどこの系統のシステムは今後全員に普及させていくから、ジョルトも基本的な理解はしてもらえると助かる」


「ううむ……わかった、善処しよう」


「話が逸れたな。

 ――――魔物たちが俺の眷属になって、そして魔人となってからそれなりに経った訳だけど……ここ数日でついに全員がスキル持ちになった」


 ジョルトが首を傾げた。


「スキルについてはよくわからないが、普通のことではないんだろう?」


「ああ、俺たちが今まで過ごしてきた世界、ジンタロウが前にいた世界、そしてこの世界。いずれもスキルっていうのは『勇者』という存在が持つ者だ。まれに一般人でも発現することはあるみたいだけど、スキル能力は勇者のそれと比べて著しく低いってのが通例だな」


 サキトの言葉に、頷く。そして、それを補足するために、


「女神オーディアや私の姉たちにあたる他の天使も魔物がスキルを発現させているという情報は持ち合わせていませんでした。これもこの世界に来るまでの情報なので、現状は変化があるかもしれませんが」


「魔王はどうなんだ? サキトは魔王でありながらスキルを保持していたんだろ?」


「そうですね。オーディアもサキト様の他に、人間を魔王に昇華させる試みはしていました」


 しかし、どれもうまくいかなかったのだ。無論、魔王という存在にはなれたのは確認が出来ている。だが、女神オーディアの加護であるスキル付与が魔王となった事で消滅してしまうという結果になるとオーディアが愚痴をこぼしていた記憶がある。


「そうなるとサキトだけが問題なく転生したという訳か」


「そうなるなぁ。この辺りはおそらく俺の大本のスキルが影響してるんだろ」


「『スキル:《進化する者エボルター》』か……。他のスキルを作成する時点でそうだが、今更ながらにチートが過ぎるんじゃないか」


「いやあ、俺も、おそらくオーディアもここまでのスキルになると思ってなかったからなあ」


 エボルターに関して、ジンタロウを含め、この世界に来てから仲間になった者たちには明かしていない能力も多いが、そこは主であるサキトの判断ゆえ、自分は何も言わない。


「元がただの魔物だった魔人たちが最近になってスキル発現をしたのは、たぶん《進化する者エボルター》が関わってる」


 眷属化は『親』であるサキトの力が『子』である魔人たちに多少なりとも受け継がれる。そこに、サキトの真のスキルとも言える《進化する者エボルター》が影響を与えているというのは十分有り得る事だ。


「逆に今でもよくわからない存在と言えば、フラウやミリアたちのような存在です」


 フラウを始めとした何人かの魔人は、魔物時代、つまりサキトの眷属になる以前からスキルを持っていた。そこにオーディアが関わっているという事は無いはずで、事象としては一般人から自然発生する例に近いといえるのだろうが、何しろ魔物だ。やはり、異例の存在である。


「そうなんだよなあ。通常個体と違って人間に近い姿かたちをしていたのが間違いなく要因かそれに関わるんだろうけど」


 まあ、そこはおいおいだなー、と言ったサキトはテーブル上のホログラムを指差す。そこに映し出されているのは、魔人たちのステータスデータだ。


「とりあえず言いたい事は、魔人たちのスキルのだけでも把握しておいてくれって事かな」


「というと?」


「今やってる事や今後新しく始める事で、全体的を通してじゃなくても、例えばある部分ではこの魔人のスキルが有効、って事が今後出てくると思うんだ」


『事業を執り行う指導側がそれらを認識できているか否かでは大きく進捗に差を出すであろうな』


 こちらとサキトの間のテーブル上に身体を乗せた小竜状態のミドガルズオルムが言った。


「ふむ、ミドガルズオルム殿の言う通りか。ならば、アルカナムと同様に私の課題としておこう」


 ジョルトが己のアルカナムを見ながら言った。それに頷いたサキトが、


「俺も出来るだけみんなをフォローできるよう動くからさ、何かあったらすぐに聞いてくれ。

 …………魔人について、今はこんなところだ」


 そのまま、次、とサキトが言葉を続ける。





「亜人――エルフの血の活性化についてだ。端的に言えば、俺が作ったポーションが亜人の身体に残っていたエルフの血を活性化、エルフの特徴を取り戻す作用があるのがわかった」


 俺はアルカナムを操作し、テーブル上のホログラムデータを魔人のものから亜人のものへと変更する。


「具体的な特徴としては、魔力の増加、身体の能力の向上だ」


「あとは外見的特徴もでしょうか」


「ああ、この耳か」


 ジョルトが皆に対して己の耳を見せた。その形状は以前とは異なり、先端が尖りを得ていた。


 半月ほど前の話だ。最初にポーションを飲んだジョルトを始めとして、次々と身体の変化が現れていった。


「まあ、エルフ的な感じにはなったんじゃないかな。ちょっと露骨だけどな」


 苦笑して言うサキトに、バルオングが手を挙げた。


「ジンタロウ殿の話では、エルフの特徴は他にもあるとか?」


 そう問われたので、俺は自分で言うのではなく、ジンタロウを見た。


 ジンタロウからエルフについては聞いてはいるが、実際詳しいのは過去に仲間のうちにエルフが居たというジンタロウだ。


 その意図をジンタロウも解っているのか、頷いた彼は、


「エルフの身体的特徴の内、わかりやすいものは今出た耳の話などだろう。だが、もっと特徴があるもの――それが不老長寿だろうな」


 文字通りだ。物語などでもエルフと言えば若々しいイメージが強い。無論、長老のような老人も出てくるが、それこそ長寿ということで千を越える年月を生きている。


「実際のところ、不老長寿が亜人たちに身についたかは解らないが、ジョルトが若返った理由はそこに関連したものではないか、と俺は踏んでいる」


「あー、俺も同意だな。ポーション自体に若返りの効果なんて無いから、エルフの血が作用したって考えるのが普通だ」


 自前で自分の身を不老になってしまった俺としては、若返りの薬なんてものに興味は無かったので作ろうとも考えなかった。


「ジョルト殿の若返りもそうだが、不老というのは実際どうなのだ? 亜人の中には幼児などもいただろう」


 バルオングの懸念。それは子どもたちが不老となった時、その成長はどうなるか、ということだろう。


「その点は心配無いはずだ。俺の記憶では、エルフは身体の成長自体はした上で老化が無いらしい」


『つまりは最も良い状態の身体が維持される訳か』


「俺も軽く診た感じだとジンタロウの言うとおりだと思う。最悪の場合は俺がどうにかするよ」


 ポーションを作ったのは俺だ。アルカ・ディアスの長としてもそうだが、そこに責任は持つつもりだ。


「他、色々気になる点はあると思うけど、魔人と亜人の身体についての現状としてはそんな感じだ。亜人についてもデータはみんなのアルカナムに送ってあるから、後で確認。質問とかあったら都度聞いてくれ」

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