第71話 集落からⅡ

 

 大き目のカツサンドが二つ、出来立てほやほやで大きな木の葉に包まれている。


 カツサンドなど何処から出てきたのか。もちろん買ってきたわけではない。


 肉は狩りで手に入るとして、油は森の一画に生えていた植物から抽出したものだ。


 では、パンとカツの衣はどこから出てきたか。


「小麦と似たような物がまさかアルドスで栽培されてたとは思わなかった。おっさんたちを助けた時はそこまで見なかったしな」


 切り株に腰掛け、楽な姿勢をとったジンタロウが言った。


 必要となる素材はアルドス跡地にあったのだ。ちなみに他に必要なものは前回のフランケン遠征で大量に仕入れたもので賄えた。


「ああ、土地だけはあるし、漁業だけでは成り立たないとあそこに流れ着いた時から思っていたからな。畑自体を少し離れた所に作っていた分、賊たちがそちらに目もくれなかったのは今となっては幸いか」


「うん。小麦自体は農作物の中だと比較的長めの時間が要る作物だけど、この世界のやつは植えてから半年で収穫までいけるって話だから、俺がもう少し調整すれば四ヶ月くらいのサイクルでいけるかも」


 フランケンで買ったパン類と小麦粉は既に使い果たしてしまった。だが、それらを自給自足できるのならば、


「となると、主食には困らんか。お前が提供して植えたジャガイモも既に芽が出てるから後一ヶ月程度で収穫できるだろうし、食糧事情は現状の問題からは一足先に抜ける感じか」


「そうだな。それだけサイクルが早いと、土壌の栄養問題もあるから時期ごとに作付けする所をずらしていかないといけないとは思うけど」


 しかし、この土地は土壌の方も豊かで、気をつけていれば問題化するものでもなさそうだ。


「こうなってくるとアレだな。米が食いたくなってくるな……前の世界じゃ食えなかったし」


「日本人あるあるかよ。だけどまあ、俺も今までの世界じゃ、米に類するものは無かったからなあ。《工房にてクラフター》で再現しようにも、元になる近い何かがないとできないんだよ」


「そうか……、ジョルトのおっさんはそういうものがあるとか、聞いた事は無いか?」


「いや、米というのは初耳だな。うまいのか?」


 俺とジンタロウの話を聞いて興味を持ったのか、ジョルトが訊いてきた。


「美味いんじゃないかな。俺とジンタロウが勇者になる前に居た世界――の国の主食なんだけど、育てるのも水田でかなり苦労するし、収穫しても脱穀とか色々あるから大変ではある。けど、甘みがあって色んな食べ物に合う」


「あとは酒にしても美味くてな」


「ほう! それは気になる。一杯頂いてみたいものだが」


 それ、米だけあっても麹が無いから無理じゃないかなぁ、と日本時代は未成年で酒など飲んだ事の無いため、日本酒の味はわからない俺は思う。


 しかし、そういった望みが出てくるのは、ある程度状況に豊かさが出てきたからこそのものであると思うし、悪い事ではないのだろう。


「だけどまあ、豊かになると言う事はやる事も多くなるという事で」


「――なんだ、独り言か?」


 そうだよ、と肩を竦めて返すが、ジンタロウは話に乗ってくる。


「その通りではあるがな。分担できたとは言え、人数が増えたから相対的にはやる事は増えている訳だし。お前も珍しくここ最近はゼルシアと一緒じゃない時間が多いんじゃないか?」


「そうかー? 昼は俺が各所を転々としてるから仕方が無いけど、夜は一緒に居るしあんまりそういう感じはしないけどなー。どういう状態かもお互いわかるから……今は女子面子と何か――――」


「はいはい、とんだいちゃつき具合だ事で」


「そっちから訊いてきたんだろうが……!」


 ともあれ、肉体的には忙しくなったところで、精神的にそうでもないのが現状だ。


「ところで、青年は最近まで何の作業をしていたのだ? 昼間など、あまり見かけなかったが」


「森の外で水周りの作業をちょっとやってた。

 ……いちいち手作業の魔法で水を浄化するのにも限度はあるからさ。浄水場を作ったんだよ。あとはそれにつながる川周辺の整備」


 浄水器について、概要としてはアルカナムと同じシステムだ。


 機械の回路に当たる部分に水を浄化する魔法の術式を登録し、稼動燃料として魔石をセット。あとは自動で常時行ってくれるため、浄化魔法を使える者がいなくともきれいな水が手に入る。


 手始めに上水側を整備したが、これは下水側にも転用できたため、そちらも既に整備済みだ。これで、あの洞窟にある温泉を引っ張ってこれる日も近いだろう。


「上下水とも、浄水器に繋がる部分からこの集落周辺はパイプを埋め込んだから、この後は各々の建物に接続できるようにする。細かい分、そっちの方が大変で中々進まないだろうけど」


「パイプ? ――ああ、少し前に見かけた筒の事か」


 ジョルトが見かけたパイプとは、俺が作ったポリエチレンパイプ――――に似たパイプの事だ。


 これは浄水器や他の事にも言える事なのだが、今までは、『今後俺たちがいなくとも魔人たちが生活していけるように』出来る限りは魔人たちが自身で作れる様に指導してきた。


 だが、無い物は仕方が無い。


「子どもたちも増えたし、あんまりそういう事も言ってられなくなってきたのは確かだ」


 亜人たちは魔人ほど、素の耐久力が高いとは思えない。


(俺も久々に集団のトップやる事になって意固地になってた部分もあるんだよなあ。反省反省)


 二度目の勇者時代も魔王時代も一度目のそれと違い、基本的に俺とゼルシア、バルオングとミドガルズオルムで動いていたため、実は本格的に集団を形成したのは最初の魔王時代以来だ。


 変に意地になるより、皆が快適に生活できた方が良いだろう。要はあまり頼りすぎるのがよくないだけなのだ。


 話を戻すが、水道を作る計画自体は魔人たちを眷属にした時から既に考えていた。


 そのため、フランケンを観ている際に気にした点の一つに、排水に関しての事柄があった。


 あれだけ大きい街だ。放置していれば悪臭が目立つし、衛生面で大きな負の要因になる。実際、地球の中世等ではそのせいで病が流行して大混乱に陥ったというのを学んだ覚えがある。


 では、フランケンはどうしていたかと言えば、さすがに全自動水洗トイレなど有る訳も無く、貯まったら所定の場所に持ち込み、肥料として利用ということだった。


 ただそれではやはり大変だ。やはり地球のそれを再現したい。ポリエチレン製のパイプなど、現状手に入れる手段は決まっていた。


 必要な材料とそれ相応の魔力に寄る《工房にてクラフター》での作成だ。


(俺もポリエチレンの正規の作り方なんて知らないしなー)


 もはや地球で生活していた時間の方が少ないし、ただの高校生だったので、そのような知識は持っていない。


 しかし、アルカナムやビニールハウスを作ったように、ガイウルズ帝国はそのような技術を持ち合わせており、俺自体もオキュレイスを解析した事で再現はできるようになった。


(まー、オキュレイスを改造する時に出た廃材はまだたくさんあるしなー)


 あの艦、特殊工作艦でもあるためか、艦内が無駄に細かく別れており、迷いやすい作りだったのだ。よって、ある程度壁をぶち抜いた。さすがに物理的にやると機能不全を起こすはずなので、スキルで魔法的にやったが。


その時に出た廃材を利用してアルカナム等を作ったのだが、それらはまだまだ余っている。


(いずれは自分で作らないとオキュレイスがどんどん小さくなるけど、今は大丈夫か)


 パイプを作ったら、あとは用意したものを邪魔にならないように、地中に埋めて運用するだけだ。


 ただし、森の外縁部から外はパイプを用いない。魔獣が存在するこの世界では、いつ傷をつけられるかも解らないし、パイプ自体も経年劣化などでメンテナンスが必要と考えると、離れた部分はある程度になる。


 では、何を以って水道を作るか。


 答えは岩だった。西の峡谷付近は基本的に良質な岩石ばかりだ。という事で、大き目の岩石を現地でスライス。一メートル間隔の薄い石板となったものを複数用意し、俺が異空間倉庫に突っ込んで持って返ってくる――と考えていたのだが。


 何故か俺と共に戦闘系と建築系の魔人たちも同行してきたのだ。


 そして、どうするかと思えば、重い石板を持ってのマラソンだった。


 どうやらジンタロウとバルオングにやれと言われたらしいのだが、足場が安定しない森の中だ。確かに鍛練にはなるが、これを提案したあいつらは鬼じゃなかろうか。


 あとはそれらを四角型の筒に合わせて接合し、森の川でも上流と下流の方に埋め込む。パイプと石版の接合部分はそれ専用の形に生成した接合パイプではめ込めば完成だ。


「下水側はそこまで伸ばさなくていいから楽だと思うが、問題は上水側か?」


「そうだなぁ。ミドの話だとここの水は大体、ヴォルスンド国境にもなってるあの河の上流側から分岐したものらしいんだよな。それが北の草原よりさらに先な訳だ。この森だけで何十キロもあるのに、そこまで整備するかって話だな」


「……俺ならしないな。ここに流れてるものだけでもそれなりの水量だ。枯れる事は無いだろうし、仮に何かあってもすぐそこに湖があるから、水自体には困らんだろう」


「まかせておいてしまって言うのもなんだが、私もジンタロウと同意見だな。森の中は洪水や土砂崩れ等の危険を考えると整備は必要だとは思うが、何十キロも先までというのはあまり現実的ではないと思う」


「そうだよなあ。費用対効果も薄いし、森の中で抑えとくかー」


 ならば当初の見込みより作業は早く終わるだろうか。

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