第72話 集落からⅢ

「それより俺は、亜人の子どもたちの住居と件の浄水器をなんでこんな外れの方に作ったか、の方が気になるんだが」


 カツサンドを頬張りながら広場の方に歩き出したサキトに対し、ジンタロウは現状最大の疑問を投げかけた。


「あ、それ訊いてくる?」


「いや、訊くだろ普通。確かにこの大きさだと広場の方に建てるのは手狭な気はするが、それを鑑みてもここは不便だろう」


 サキトとジョルト、ジンタロウがいるのは集落の中でも北西の外れの方で、騒がしい事が多い広場から離れている。夜も思いのほかうるさい事を考えると亜人の子どもたちの眠りが妨げられないという点では良いかもしれないが。


「いや、今後ここを拡張するのはこっち側――北西の方に広げていこうと思うんだ」


 彼が示すのは北西、大森林の中央側だ。


 この集落は森の南東に位置しており、湖が近いために漁業を行うには便利な立地であった。


 反面、北の草原までにはかなりの距離があり、そこで狩りを行う時は朝早く拠点を出なければいけないのが常になっていた。これは西の峡谷にある地下坑道も同様である。


「俺とゼルの家もこっち側に新しく作り直そうと思っていたし、例の温泉もあっちの高台に露天形式で作りたいんだよな」


 家に関しては自分もそうだと言える。未だ、あるのは小屋だけだからだ。


(基本的に寝るとき以外は外にいるから問題は無いんだが)


 それゆえ、そちらはスルーして、もう一つの話題を拡げる事にする。


「ああ、あの高台か。微妙に使いどころが難しい場所だと思っていたが、それなら良いんじゃないか」


 自分としても温泉ができるのは賛成だ。勇者になって以降、水風呂などが多く、まともな湯の風呂に入った事が実は少ない。サキトに協力するようになってからは、彼の意向もあって水を沸かすことが多かったが、それとてやはり手間なのは変わらない。


「あとは魔石や鉱石が手に入るようになった今なら、技術系志望の魔人たちや興味ありそうな亜人組に声をかけて本格的な工房なんか建ててもいいかも」


 スキル:《工房にてクラフター》で大抵の物は作れるサキトだが、それを用いない生産も彼は得意としている。ならば、技術の継承といった意味合いでそのようなものがあってもいいだろう。


「しかし、そうなってくるといよいよ集落という規模ではなくなってくるな」


 カツサンドを食べ終わったジョルトが言った。


「そうだな、この集落もそろそろ町を名乗っていいかもしれん」


 冗談っぽく言う。しかし事実として、人数は百を超えている。建物などの規模も一つの村と同等かそれ以上になってきているし、今後はもっと大規模なものも出来ていくだろう。


 では、そんな集落のリーダーはどう考えているかと言えば、


「あぁ、うん。町にはしようと思ってるよ。最終的には国とかいいかもなー」


「国とか気軽に言う規模じゃないぞ青年!」


 ジョルトが突っ込みを入れるが、まだまだ慣れていない証拠か。しかし、


「いやいや、本気本気。名前とかも考えてあるんだよ?

 ――――人魔共栄統存国じんまきょうえいとうぞんこく、アルカ・ディアスってな」


「アルカ・ディアス…………どことなくアルドスの音も感じるが……?」


 首を傾げて言ったジョルトに、サキトは苦笑しながら言う。


「仮に国として名乗りをあげる場合、ただのぽっと出よりは大義名分があった方がいいだろ?」


「…………まさかお前。おっさんたちを迎え入れた時に言っていたのは!?」


 亜人たちを救出した夜、サキトが言っていた意味がわかった。


「想像通りだぜ? 亡国となったアルドス。その流れを汲む亜人たちと、魔物から進化し新たな存在となった魔人たちの共栄する国。実際やるには今よりも大変だけど、『道』の一つとしてはアリだろ」


 あくまで可能性の一つ。だが、この男の場合、言ったら大体やるので規定路線なのではなかろうかとジンタロウは内心で思う。


 しかしそうなると課題は山積みで、真っ先に出てくるものといえば、


「国ってなると他国とのやり取りが出てくるから政府を設置しないといけないしなあ」


「その辺りはお前が率先してやれよ? さすがに俺も政治なんて範囲外だ」


 こちとら勇者の前はただのサラリーマンだったんだからな、と付け加えておく。


「わかってるって。基本は俺が決めつつ、細かい部分はそれぞれ担当を決めて処理するってのが――あれ? これだと今もそうじゃないか……?」


「大方針を青年が決めて、私たちが各担当の指導、その下で各員が己の役割を果たしているという意味ではそうかもしれんなぁ」


「うーん、基本はそれの延長でいこうとは思うけどね。

 あとはジンタロウが言っていたように教育面も考えないとだめだし」


 サキトには魔人たちの情緒を含めた教育をしてはどうかと前から言っている。亜人が合流した今ならば、なおさらの事だろう。


「常識もそうだが、知識が無ければ外交などままならないだろうからな」


「ああ。貿易等を含め、外交とは基本的に駆け引きだ。そこには心理戦などあるだろうが、そもそもの前提となる知識とて必要だろう。

 それと現状、拠点内では物のやり取り、つまりは商売が発生していない。だが、他国との縁ができれば当然貿易なども興るだろう。そうなった時、数字に弱いとなるとかなり不利な面が出てくると思うぞ」


 ジョルトが指摘する。


 やはり、教育は必要だ。自分はその辺りは強い訳ではないが、まったく知識が無い訳でもない。まったく力になれないという事は無いだろう。


「一応ではあるが、アルドスでも大人が持ち回りで簡単な教室を開いてはいた。初歩的な勉学は子供たちも身に付けているはずだ」


「なら、まずは亜人組に魔人組の先生をしてもらおうか」


 サキトが人差し指を挙げて提案する。


「一応、教師役の知識が間違ってないかを判断する監督役は俺たちでやるけど、基本は亜人組に任せる感じでさ」


「他人に教えることで自分の知識を再確認させるってやつか」


「そういうこと。同時に負担にならない程度に新しい知識や少し難しい知識を俺たちが教えていくのもいいかもな」


 構図としては指導役→亜人組→魔人組という流れだろうか。


 そのようにすれば、教育の一連の流れが出来上がる。反面、中間に位置する亜人組の負担が大きいのが問題だ。


(そこは俺たち指導役の判断が重要になってくるか……。難しいだろうが確かに意義はある事だ)


「そうなるとやっぱり今の戦闘、生産、建築の三分類だと解り難いよな。魔人と亜人両方を対象に、もう少し細分化した組織体系を作る必要も出てくるかー」


「ああ。戦闘系だけでも直接戦闘と支援、直接戦闘でも前衛やら何やらに分かれるぐらいだ。指導している側としては、その辺りも早々に手を付けてもらいたいものだな」


 自分たちの負担にもなる部分だ。はっきり言うに越したことはない。


 しかし、改めて自分たちの状況を見てみると、


 「俺達は既に質の良い鉱石、そして魔石を自分達が使う以上に掘り起こすことも可能な状態だ。フランケンの状況だけでは判断できないが、仮に商いが発生した時、それらは自分達の大きな武器となるだろうな」


 さらにサキトの改良や施設の充実で季節を選ばない農作物の出荷もいずれは可能になってくる。


 そのように考えると、思っていたよりもサキトの案は現実味を帯びてくる。


「しばらくは町を目指すことになるけどな。そもそもこのデリケートな地域に国が興るのを周辺国、そして魔王たちが静観してくれるかっていうと怪しいところだし。

 ただし、やっぱり拠点に名前がないと不便だからアルカ・ディアスはここの名前として使っていこうと思ってるけど」


「言うなれば、『人魔共栄統存地 アルカ・ディアス』か……。良いんじゃないか? 自分たちの拠点に名があれば、あいつらの士気も上がるだろうよ」


「そうだな、子どもたちにも後で伝えておこう。

 …………本当に感謝するよ、青年。もちろんジンタロウ殿もな」


 いきなりの感謝がジョルトから来た。



●●●



「何だよおっさん、突然」


 ジンタロウが困惑したように応じた。


 俺も同じように首を傾げる。


「いや、なに……。アルドスが襲われ、大人たちは私を除き、皆逝ってしまっただろう? 正直なところ、どうすれば良いかわからなかったんだ」


 それは、あの当時、という事だろう。


「だが今は青年たちの下で変わらぬ――否、前よりも活き活きとしている子どもたちを思うと、ふと言葉が漏れた」


 告げられた言葉に俺は肩を竦めた。


「そういう感謝の言葉はあの夜にもらってるって。だいたい、俺らと一緒になった事で余計な敵を作る事になったんだ。後々後悔するかもしれないんだ」


 言うが、横のジンタロウが笑った。


「いざとなったらお前が守るんだろう?」


「何だよジンタロウ。今までだったら、俺が今言ったみたいにネガティブな事言ってたじゃないか」


 ジンタロウはどちらかと言えば、亜人組の合流には否定的だった気がする。


「もう一緒になった上に、十数日とは言え一緒に暮らした仲間だ。だったら過去を否定するより、より良い未来をってな。

 ……まあ、それでも、今でも俺の当初の目的は変わってないが」


 オーディアに会う、というジンタロウの望み。彼はそこであの女神に何かを問いたいらしいが、その詳細についてくわしくは聞いてはいない。


(……ま、なんとなく想像してはいるけど……)


 あの女神、碌な存在ではないというのが俺の中での見解ゆえ、ジンタロウがどう思っているかは解らないが、たぶん同じような見方をしていると思う。


 だが、未来志向を持つことは良い事だ。俺もゼルシアとのより良いいちゃつき生活を目指して奮闘しているからだ。過程で女神を討つだけで、普通だ普通。


「何でもいいよ。とにかく、これからもよろしく頼むわ」


 言って、笑った時だった。


「――――サキト様、緊急事態です」


 突然の声が真上からあった。


 ゼルシアだ。両翼を羽ばたかせ、彼女は俺たちの前に舞い降りた。


 彼女は生産系に割り当てられた人員と共に、獣から取った皮や毛を加工する方法を話し合っていたはずだが、


「…………何があった?」


 俺は即座に状況確認を取る。ゼルシアが魔力通信ではなく、直接俺のもとに来るという事は、それだけの何かが発生したという事が理解しているからだ。


 ゼルシアは落ち着きつつも、しかし、その声音は警戒の色を持っていた。


「魔力反応です。距離はかなり遠いのですが、南西の方、異質な反応を感じました」


 それは、俺よりも感応に優れているゼルシアだからわかる事。


「――――それとは別に、その手前、おそらくフランケン東の街道からも反応が。先日のフランケン出立の際、私がサキト様の付近から感じたものと酷似しています」

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