第69話 下層

 中層よりも数十メートルも地下に位置する、下層。


 その入り口にサキトとバルオングは降り立った。


 縦に大きく裂けた大穴を岩壁を蹴りながら下降するという、もはや普通の者はできない降り方をしてきた二人は、そこに中層とは比べ物にならないほどの魔石があるのを見た。


 現場の方、端的に言葉にすれば、


「もはや転がっているっていう表現でも良いくらいあるな……」


 全てがすべて良質なものではないだろうが、これだけ有るとなると岩の中、表面に露出していない分はどれほどの量になることか。


 そして気になるものがある。


 水が湧いている――否、沸いているのだ。


 つまりは、


「熱い熱いと思ったらこれか……温泉があるとは」


 先程より感じていた熱は温水から出ていた水蒸気のせいだったようだ。


「これより下の方にも、外の大河の流れ、その一端が地脈を通って染み込んできているのか、それとも元々水豊かな場所であったか。どちらにしろ、かなり下層まで降りてきているのである。沸いているのは地熱の影響も大きいであろうな」


 地上からしてみれば、ここはかなり地下深い場所だ。もう少し下れば、マグマにぶつかる可能性も出てくる。その熱量は生物にとっては脅威であり、


(それはそれで使いようはあるけど、さすがにマグマとなると俺でも危ないな)


 対策できないわけではないが、厄介な代物だろう。だが、このような温泉など、そのエネルギーを上手く転用できれば、オキュレイスなどと同じく、俺たちの生活を豊かなものに出来る因子となる。


「この温泉も有効活用するか。魔石だらけのところにあるからか魔力が染みてる不思議な温泉だし、拠点で温泉あると毎日楽しいもんな」


「いつだったか、北国の寒い中で入った湯は中々であったな。

 ……しかし、拠点に、ということはこれを拠点まで転移させるのであるか? 近場とは言え、距離はあるが」


 確かに、森の拠点からここまで、直線距離だけでも数十キロ単位で離れているし、ここまで魔人たちでも厳しい降り方をしてきている。


 いずれきちんとした道を見つけるか作る必要があるのだが、そもそも温泉入りにこんな地の底まで降りたくない。


「転移魔法って、転移させる対象物の、なんというか……情報量みたいなもので転移距離が制限されるんだよ。生物はその情報量が多いから距離は短いけど、これは極端に言えばただの水だからな」


 ともすると、一つの転移魔法だけでかなりの距離を稼げる。加えてもう一つの制限も考慮しなくてよくなるのだ。


 実は転移魔法は身体への負担が大きい。一度だけならばまだいいが、連続して数回もすると肉体的にも精神的にも大きく疲弊する事がわかっている。俺が遠距離への移動の際も転移魔法の連続行使などを行わない理由はこれだ。


 以前、魔法自体をスキル:《工房にてクラフター》で改良しようとはした。しかし、何故か上手くいかないのである。


 そういった存在はいくつかあるが、やはり原因不明なことも多く、結論として、


ことわりか何か、そういうものがあるとすればそれにひっかかっているんだろうけど)


 実際にそれが何なのかは俺やゼルもわからない。この辺りは世界間転移などという大規模転移を実現させているオーディアとは明確な線引きがされていると思わされる苦い点だ。


 ただ、これらの距離や回数の制限はあくまで生物への影響の話だ。水や空気であれば、その影響は限りなく小さい。


「数個の魔石を媒介に連続転移させるプランもあるけど……ここならでかい魔石もありそうだ。一気に転移させられるかもなー。

 ま、すぐには出来ないけどな? 転移させる先の環境――つまりは森の環境整備が必要になるし」


 現状、生活排水は俺やゼルシアの魔法で一度浄化してから大河に繋がる川へと捨てている訳だが、温泉も含まれる成分によってはそのまま流すと環境に影響を及ぼす可能性もある。加えて、水量も増大するため、自分たちの森を護るためにも一考しなければならない。


「まあ、それはおいおいだ。とりあえず魔石を始めとした鉱物が近場で見つかったのは大きい。この地で生活を続けるなら、なおさらな」


「……ほう、話に聞いている程度ではあるが、なにやら周辺にはいくつかの大国に、北側には魔王が複数存在するとか」


 何でこの爺さん楽しそうなんだろうなー、と内心思いながら頷く。


「ああ。今は未だ接点は薄いけど、人間側――ヴォルスンド、オルディニア、ガイウルズと、ある程度の繋がりは出てきたし、あまり悠長にはしていられないと俺は思ってる」


 どの国も内情の多くは未だ未知と言っても過言ではない。


 そして、その大国の内、オルディニアについて、無視できない情報を亜人たち――ジョルトからもらっている。





「オルディニアが信奉する神の名は――――『オーディア』。

 ここで、本人……本神か? どっちでもいいけど、無関係って事はまず無いだろうな」





 睨んだ通りではあるが、まさか名前がそのまま出てくるとは思わなかった。


「オルディニアはジョルトたちの件もあるし、要警戒。ガイウルズ帝国も、まあ仲良くは出来ないだろうな」


 ガイウルズに関しては未だオキュレイスの捜索等が無い理由がわからないが、見つかればまず交戦理由が出来てしまう。


 そして他方、顔が知られている、オルディニア所属のヤーガンやギルドという存在は、どの程度オーディアとの繋がりがあるかは、見極めなければならない。


 残るは、


「一番近所のヴォルスンド。個人的には仲良くしたいが、国の方針が滅竜だからなあ……」


 ミドガルズオルム、サラマンダー、リンドヴルム、ジルニトラという魔竜が所属している俺たちに対し、どのようなアプローチをかけてくるか。まったく期待できないのが残念である。


 今は未だ、ここにそのような集団俺たちが居るという情報も各国は持っていないはずだが、活動次第では国と渡り合う必要が出てくる。


「最悪の場合は俺が前面に立って力押しになる訳だけど……そもそも俺はゼルと楽して生活したいわけだから、みんな等しくがんばっていこう精神でいきたいよな」


 あくまで理想だ。大方針ではあるが、楽したいから頑張る、というのは大事だ。


 実現するためにはやはり集団としての成長も必要なのだ。


「亜人の合流に、魔石や魔導機械の導入……色々イベント事を含めて、そろそろ大きく前進しようか」

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