第67話 バルオング爺さん

「忘れてたなんて酷いですよー!?」


  先程の会話が聞こえていたのだろう。少し離れた位置から声が発せられた。


 フラウ、そして隣に居るミリアだ。


 彼女たちはマスオが叩きつけられた衝撃を受けていたはずだが、大丈夫だろうか、とジンタロウたちは彼女たちに近づく。


 そして、一見してみたところ、フラウとミリアには傷らしいものは見当たらない。ただし、その代わり、


「うへぇ、ぬるぬるのべとべと……」


 ミリアが自分たちの惨状を口にした。


 彼女たちは青色の粘着質の液体にまみれていた。


 マスオだ。


 バルオングに叩きつけられた際に身体が飛び散ってしまったらしく、その身体=体液が彼の後ろに居た二人の少女にぶちまけられたのだ。


「……マスオは、大丈夫なのか?」


 こうなってくると心配なのはマスオだ。


 今になっても彼の声が聞こえない。そもそも普通の人間や魔物と異なり、スライムは何をに生きているのかわからないので、無事かどうかもわからない。


「大丈夫だろ、スライムだし。多分、叩きつけられた時の衝撃で意識が飛んで身体が飛び散ったっていう顛末だと思うけど…、フラウたちが巻き込まれた時の衝撃も緩和したみたいだし、結果的には役割を果たしたって訳だ」


「うぅ、確かに痛くは無かったですけど、服の中まで入り込んで変な感じですよーこれ」


 フラウが涙目で自分の衣服の中からスライムを掻き出す。


 それを眺めていたサキトが、手を顎に当てて数秒してから、両手を動かし何かの魔方陣を発動させる。


 そのままの流れで両の親指と人差し指で枠のようなものを作った彼は、うんと頷いて、


「パシャリと。

 ……うーん、この画だけで一発稼げそうだな」


「やめい」


 ジンタロウがスライムまみれのフラウたちが写った魔法陣を手刀で割ると、対するサキトは次の行動として、


「えー。んー、じゃあジンタロウ。昨日貸したアルカナムちょい出してくれ」


「あ? これか?」


 と、端末を出すと有無を言わずにサキトが奪い取る。そのまま、端末を弄っているのをみていると、いきなりカシャッと音がして嫌な予感がする。


「はい返す」


「うぉ」


 何かアルカナムが放り投げられて返ってくる。昨夜渡された時もそうだが、こんな扱いするようなものではないだろうと思いながら、端末を見ると、大きな変化が確認できた。それは、


「ほれ、背景を『スライムまみれな狼系と爬虫類系の美少女たち』にしておいたから。ジンタロウだってお供は必要だろうし、丁度いいだろ?」


「嬉しくねえ!」


 確かに彼女たちは美少女という枠組みであるとは思うが、あくまで認識としては魔人であり、こちらの守備範囲の外だ。


「ほんとかー? 実は狙ってたりしない?」


「さっきの謝罪はやっぱ取り消す!」


「なんだよー、良かれと思ってだぞー」


 それはそれでどうだと思う。


「お供って何のことですか?」


 アサカがやり取りを聞いていたのだろう。


「何でもない!」


「えー? なんかよくわからないですけど怪しいー」


 この辺り、魔人になってから人間の勉強をよくしているフミリルも含めて、魔人連中が何の事かわかってない様子なのはこちらとしては助かる状況だ。


(……説明もしたくないし、した上で半目を向けられるのも勘弁だからな……!)


「――なんだい、音が止んだと思ったらなんだか騒がしい事になってるねえ」


 現場に、退避していたサビアとネビアが戻ってきた。


 二人はサキトたちとバルオングが共に居る事に首を傾げ、


「サキト様、申し訳ありませんが現状について教えて頂いてもよろしいですか?」


 サビアが一礼しながら言ってきた。


 対して、サキトが頷きを以って応じる。


「ああ、そうだな。爺さんの改めての紹介も含めて簡潔に説明する。と、その前にみんな、悪いけどマスオの身体一箇所に集めてくれるか? 回復させるにしても身体面積が大きい方が復活も早いだろ」



●●●



「ぬん! 筋・肉・復・活!」


 大声と共に復帰したマスオを苦笑で見てから、俺は視線を全員に移す。


「これで全員揃ったな。

 あ、マスオは飛び散った身体の方、完全に集めとけよ。スライムだったら確か分離した身体も集合するように操作できるだろ? 

 大部分は俺らで集めたけど、細かいのとかフラウたちの服の中のやつとかはそのまんまだし、あと俺らの手がスライムでぬるぬるでアレだから」


 言うと、マスオが両手を合わせて頷いた。


「おお、これは大変失礼を! では早速! 集まれ我が肉体!」


「――うひゃっ!?」


 おそらく、マスオの体液が移動を開始したのだろう。フラウとミリアが反応するが、そこはもう我慢してもらうしかない。


 多少申し訳ないと思いながらも、先程ジンタロウやフミリル、アサカに説明した事を再度繰り返す。


「……しかし、今まで爺さんは何処に居たんだ? 正直、この爺さんが居たら大分楽だったと思うが」


 これは当然の疑問だろう。バルオングが居れば出来た事も多いだろうし、戦闘面においても、並の勇者程度相手にならないと思う。


「確かに爺さんが居たら今までも楽だったんだけど……療養してもらってたんだよ、俺の異空間倉庫の中で。療養というよりは改修だけど」


 言葉通り、バルオングには俺の異空間倉庫の中で、しばらくの間、稼動状態を休止してもらい、その間にメンテナンスを施していた。


「さっき言った通り、爺さんを機工人形のプロトタイプ、サイボーグとして改造したのは最初の勇者時代な訳だけど……、技術も身体の構成に使った魔石も基本的な部分は、最近までずっと当時のままだったんだよ。

 ジンタロウはわかると思うけど、普通、機械ってのは整備と――できれば改修をしていくもんだ、常時稼動ならなおさらな」


 結果として、長い年月を経たバルオングの身体パーツは限界寸前だった。もちろん、都度整備は怠っていた訳ではないが、経年劣化というものはある。


「最後の魔王時代なんかは他の魔王討伐や人間側との敵対なんかで基本は戦いばっかりで休みもあんまり無かったし、その後もすぐオーディアとの対面だったからなぁ」


「うーむ、しかしサキト殿が言っている女神オーディアやらは我輩まだ一度も目にしたことが無く。できればその美貌だけでも目に入れておきたかったのであるが」


 バルオングの言に、ジンタロウが呆れた声で言う。


「……この爺さん、色好み系か?」


「――のは建前で、本音は戦ってみたかったってやつだよ。バルオング爺さん、割と戦闘狂な面があるから」


「あぁ、それは今回で解ったよ」


「いやいや、我輩、目指すのは渋い老紳士であって、決してそのような……」


 本人が言うが、この短時間での付き合いしかない周囲の者たちが肩をすくめてしかいない状況を見て、俺は笑った。


「まー、その気があるかは別にして、確かにオーディアとの戦いの時も居てくれたら助かったのは本音だった。けど、場合によってはそこで可能性もあったからさ」


 全てが機械ならばまだいい。また作り直せばいいからだ。だが、試作機工人形つまりはサイボーグとして人間の身体を素体にしているバルオングはそれでは致命的だ。


「だから、俺の方でドクターストップよろしく大きく改修をかけようって事になってさ。それが終わったのが昨日だったんだ」


 タイミングとしてはフランケンからの帰りだった。昨夜の盗賊の一件、状況によってはバルオングにも手を借りる可能性はあったが、駆けつけた時には既に粗方が終わっていた為、その機会は無かった。


「で、今回の話だ。

 機工人形をここに派遣するにあたって、環境調査っていう結構複雑な任務だと指揮官が必要になる訳なんだけど」


 機工人形はあくまで簡単な命令しか実行できない。もちろん、それらを順序良く組み合わせてある程度複雑な行動をさせることも可能だが、それも命令を逐一出せるならの話だ。


 現状、機工人形たちを大規模行動させることができるのは、俺やゼルシアを除けば、バルオングか、フランケンのヤーガンたちとの連絡兼監視役として派遣した『機工人形たちの上位シリーズ』にあたる存在たちだけだ。


 この辺りはジンタロウやジョルトはもちろん、魔人たちにもできるようになっていってもらいたいが、彼らは己の力を上げている段階だ。そこに機工人形たちの指揮まで組み込むのは酷というものだろう。


「爺さんにはリハビリも兼ねてこっちに来てもらった訳だけど、朝の時点で爺さんから色々頼まれてなー」


「サキト殿の今の部下たちがどれほどのものか気になったのでな。なにせ人型以外の魔物の出でありながら人の姿を取り、しかもスキルまでをも持つという。興味を持つなという方が酷であるよ」


 口端を上げて言うバルオングを横目で見る。


「結果、反則負けしてんじゃねーか。まあ、早々に止めなかった俺も悪いんだけどさ」


 しかし、ただ傍観するためだけに止めなかった訳ではない。


 ゆえに、魔人たちに問う。


「――さっきの短い戦闘の中で、各々自分の課題は見つかったか?」

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