第66話 最初の機工人形

 フミリルたちの眼前、サキトが言葉を作った。


「ごめんなフミリル、アサカ。この爺さん張り切り過ぎたみたいだわ」


「サキト様……?」


 老人の腕を放し、こちらに手をかざして回復魔法を行いながら、サキトが言った。


「というかバルオング爺さん、今回のこれ、あんたの負けな」


「なぬっ!? どういう事であるかサキト殿!」


 半目で言うサキトに対し、老人が抗議の声をあげる。その様子は敵対関係というよりはむしろ仲間のそれで、


「で、サキト。毎度言っている気がしてきたが本当にどういう事か説明しろよ」


 先程までサキトと同じく姿を隠していたジンタロウが横に立っている。


「うん。この爺さんは、ゼルの次に仲間になった爺さんなんだよ」


 えらく素直で簡単な説明が返ってきた。


 それ自体には既に慣れたのか、ジンタロウは問いを続ける。


「俺より前に協力者がいたって事か?」


 ジンタロウが言った言葉に、しかし、サキトは首を横に振った。


「あー、言い方悪かったな。、俺とゼルの仲間になってくれた爺さんだ」



●●●



 ジンタロウは再度の問いを投げた。


「つまり、その老人も勇者なのか」


 サキトの今までの話にはバルオングという老人の話は一切無かった。しかし、数度の転生を彼と共に果たすには少なくとも勇者という存在でなければ不可能なはずだが……。


「いや、勇者じゃないよ。ただ、普通の人間でもない」


 どういう事だ、と思う。というよりサキトと話しているとそれしか思い浮かばない訳だが、こちらの隣、フミリルを膝に乗せたままアサカが手を挙げて言った。


「それ、アサカの攻撃が普通に防がれた事と関係あるんですか?」


 先程、アサカは刃を片腕で防がれている。いくら魔力強化していたとは言え、防具も無しにサキト製の武器を防ぐのは常人では為し得ない。


「そうだな。まあ、隠す事でもないし言っちゃうけど。

 ……この爺さんはさ、俺の最初の機工人形なんだよ」


「最初の……機工人形?」


 ジンタロウはフミリル、アサカと声を揃えて言った。


「だが、最初に仲間になった人だとお前が先ほど言ったのだろうが。それでは矛盾するじゃないか」


「……いいや、しないよ」


 否定が返ってくる。意味が解らない。


 だが、フミリルが息を飲んだ。自分とは違い、彼女は意味がわかったようで、それを恐る恐る口にする。


「――それは……最初は人間で……後にサキト様が機工人形にしたと、そういうことです?」


「……その通りだ。この爺さんは、爺さん本人の身体を使って作られてる機工人形なんだ」



●●●



「――お前っ! それは……! それはもはや生命の尊厳を無視した行いだぞ!」


 ジンタロウが声を荒げて言った。


 あるいは、サキトが帝国軍人を殺している時から、その辺りの感覚は無いのかもしれないと思っていたが。


「いいのであるよ、大盾の青年。こうしてくれと頼んだのは我輩の方からであり、サキト殿にはその事で随分困らせた程だ」


 バルオングが苦笑しながらそう言った。本人がそう言っては、外野の人間は何も言えない。ただ、今後付き合っていく中で、きちんと知っておきたい部分はある。


「――納得できる説明、あるんだろうな?」


「納得できるかどうかはわからないし、話せる事と言えば事実だけしかないけどなぁ」



●●●



「昔、俺もゼルもまだまだ弱くて、魔物相手にも手こずる時代があったんだけど」


「……想像できないです」


「うん、できない」


「ああ、できんな。嘘を言ってないだろうな?」


「面倒だから無視するけど、まあそんな時に出会ったのがバルオング爺さんだった」


「当時、我輩も妻を病で亡くし、子どもたちはそれぞれの道を歩んでいたため、一人で放浪の旅をしていたのであるが……、力はあるが、その振るい方がいまいちぎこちない若者を見つけ、放ってはおけなかったのであるよ」


「どっちかってと新しい孫見つけたみたいな対応されたが、まあこっちとしてはありがたかった。なんせ、爺さんは当時から強くてな。戦い方とかも教えてもらったもんだった」


 オーディアから貰った力は当時でも強かった。が、その正しい振るい方など、少し前まで高校生をしていた少年にわかるはずがなかった。


 純粋な戦闘の立ち回りから野外での生活の仕方まで、あらゆる事を俺はバルオングから学んだのだ。


「しかしながら我輩、基本は拳の戦なもので、剣について道を示せなかったのは今でも悔やむところではあるが……」


「まあ、そこは独学でどうにかできたし、後に『補正』もあったからいいだろ。

 ――しかし、だ。いくら強くてもバルオング爺さんだって人間だ。しかも勇者とか言う特異なものでもない。傷を受ければ死に繋がる」


「……です」


 フミリルが当然だという風に頷く。これは傷の度合いによっては勇者レベルでも免れないものだ。


「で、魔王軍との戦いの連続だ、当然負傷はする。それが極まったのが、ちょうど、魔王軍幹部の一人との戦闘の時だ。事が起こった」


「うむ。乱撃王ベーオスルドだったな。奴め、倒れたと我輩たちに思わせ、隙を突いて自らの命を使った大魔法を使ってきおった。その時には既に何人か他の仲間も居たため、サキト殿たちはそちらの回復に手を取られ、対応が遅れたのだ」


「……どうなったんだ?」


「対応できる人間は我輩だけだった。ゆえに、持ちうる護りの力で皆を庇った訳であるが……」


「代償として爺さんも半身が吹き飛んでいたんだ。当時の俺やゼルの回復が間に合わない程の致命傷だった」


「さすがに死を覚悟した我輩であるが、ふとサキト殿が機工人形なるものを開発していた事を思い出したのだ。我輩、恥ずかしながら死ぬのは嫌であったし、可能性があるのであればと口にした」


「まあ今の機工人形の技術が確立したのはその後の魔王時代だけど、あいつらのプロトタイプというか、元の技術を使ったサイボーグ化な。

 ……あとはまあ、流れだよ。爺さんが頼んできて俺は正直渋った。けど、爺さんの魂の霧散とか考えると時間は無かったし、結局俺は爺さんを最初の機工人形にしたって訳さ。終わり、質問あるか?」


「…………」


 ジンタロウ、アサカ、フミリルに問うが、答えは返ってこない。


「俺だって正直やりたくはなかった。爺さんを人間から違うものにしたんだからな」


 ふと、俺は本音を口にした。


「ミドもスキルにしちゃってるし、あんま説得力は無いけどな。あいつの場合は面白がってそうするように要求してきた訳だけど」


「魔竜殿も我輩たちとは比べ物にならんほどの時を過ごしていますからな、人とは物事の捉え方が大きく違うものであるかと」


「そんなものか」


 ジンタロウが大きくため息を吐いて言った。


「納得したか?」


「……わからん。俺はお前ほど物事の経験もしていなければ、『負けた側』だ。価値観だって異なるだろう」


 ジンタロウの言葉に俺はすぐに何かを言おうとして、やめた。


 魔王に負けたことの無い俺が、何かを言ってもそれは意味の無い言葉にしかならない。


(『負け』だけなら俺だって何回も味わってはいるんだけどな。爺さんの件だって俺が当時からしっかりしていれば防げた事だった)


 様々な後悔はしている。しているからこそ、今後はそのような事がない為に、己が最善だと思った事をする。たとえ、それがどのような行いでもだ。


 だから、言う事があるとすれば、


「いつも言ってはいるけど、好きにしろよ。俺はジンタロウにあくまで『協力』してくれって言ってるだけだし」


 なにしろ、ジンタロウは既に大人で、勇者経験者だ。自分で自分の行動は決められるだろう。


「それだ。それがわからん。お前なら俺に強制する事だってできるだろう」


「いやー……それは……」


 俺は思わず言葉を濁す。


「何だ、言えない事があるのか」


「そういう訳じゃないけど……いや、オーディアに敵対関係取るような人材は貴重だし」


 そもそも俺は他人を強制的にどうにかする事をあまり好まない。戦闘などは仕方がないにして、普通の生活では他者と良好な関係を築きたいのが本音なのだ。


 ただ、これをそのまま言うと何か恥ずかしいので、適当な理由を言っておく。


「まあ、なんだっていいだろ。ジンタロウは魔人たちの面倒見もいいからとかそんな理由で」


「……はっ、なんだそれ」


 ジンタロウが苦笑する。


「あー、ついでに言っておくけど、仮にお前たちが死んでも強制的に爺さんと同じようにするってのは絶対しないから安心してもいいぞ。そんな事するぐらいだったら、そもそもお前らが命を落とす状況にはしないからな」


「当たり前だ。

 ……悪かったな、さっきは」


 ジンタロウが頭を軽く下げてくる。

 

「いいって。ゼルにも言ってたけど、今の俺は中間――勇者でも魔王でもない魔人だ。どっちかに属性が偏るのはあんまり良くない」


 ゆえに、必要なのだ。


 補正役――――俺が愚かな行為をして、愚者へと堕ちるのを防ぐ者が。


「勇者が善で、魔王が悪――っていうのがただの人間のステレオタイプなのはみんな解ってるだろうから、これはあくまで例えの話だけどな」


 アサカとフミリルが首を縦に振る。


「でも、そういう辺りが今後、この場所に居を構えるってなら、おそらくそれが重要になってくると思う」


 色々、考えている事はある。人間の土地と魔物の土地に挟まれた地で、今後の立ち回りを考えなければ、俺はともかく、他の者に危険が及ぶ。それに、未だ一番の厄介ネタであるオーディアの動向もこちらはわからないままだ。


 何事にも対応できるように万全の期す事が良い。


「…………」


 それはジンタロウもわかっているのだろう。特に何も言わない。


(――と……)


「…………」


 話が一段落して、沈黙が生まれた。会話していて、いきなり話題が消えるアレだ。


 さて、どうしたものかと思った時だ。


 アサカが沈黙を破る。


 彼女は左手を挙げ、


「あ、ちょっと質問あるんですけど良いですか? そのお爺さんの身体の事とは別で」


「何だ?」


「さっきお爺さんを止めてた時に、お爺さんの負けってサキト様言いましたけど何でですか? どう見てもアサカたちの方が負けだと思うんですけど」


「あー、それな。レギュレーション違反だよ、爺さんの」


「レギュ……?」


「つまり反則負け。最初、爺さんからお前らの具合がどんな感じか確認しておきたいって言われた時、機工人形としての技とか魔法とか使わない約束してたんだよ。

 それを見事にフラウの攻撃避ける時点で破ったからな。本当はそこで止めるべきだったんだけど、まあ良い戦闘機会になりそうだったから様子見した」


「いやあ、久しぶりに若人を相手にしてついはしゃいでしまいましてな。あのリザードマンの少女など、我が妻にそっくりであり……」


「嘘つけ、あんたの婆さんの肖像画見たことあるけど、気の強い系の感じでぜんぜん違うじゃないかよ」


「というか奥さんのそっくりさん相手に本気出して殴りにいくのはどうなんだ」


 確かにその通りだ、と相槌を入れた時、さらに新たな挙手がくる。


 挙げたのはアサカの膝の上、フミリルで、彼女は首を傾げて言った。


「あのー、今思い出しましたが、フラウたちは大丈夫です?」


「……あ」


 フミリル以外の全員が声を漏らした。

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