第65話 洞窟内の迎撃者たち
フミリルは瞬時の判断をした。
戦闘体勢をとった上で、武装の展開と相手の位置確認だ。
聞いた事の無い声だ。そして、この場所において、それが聞こえる事はこちらの危機を意味する。
「――ほほ、この娘は中々筋が良い。日々の鍛錬を真面目にこなしているのがわかる。反応速度も中々」
「!?」
知らぬ老人が、こちらの頭に手を置いていた。
いつの間にか眼前に位置を取られているのだ。
瞬間の速度だ。
どうやって、と思ったその時。
「だが、まだまだである」
視界が横転した。
●●●
「フミリル!」
ジンタロウは、フミリルが突然現れた謎の老人に吹き飛ばされたのを見た。
(何らかの魔法か!?)
否、違う。移動の方はわからないが、フミリルを吹き飛ばしたのは単なる体術だ。つまり、ただ投げ飛ばした。魔力強化をしているだろうが、それ以上に無駄な動きが無い。
「――っち!」
なにしろ、
(俺ですら、動きを追えなかった!)
ここで出てくるのが魔物ではなく、人間の、しかも老人であるのは想定外だが、力に年齢は関係ない。
そしてあの動きだけであの老人がどれほどの実力者かは推測できる。
早急に対応すべきだ。
ゆえに、己の武装を引き抜く――のを止められた。
「サキト!?」
彼はこちらの手を抑え、首を横に振る。
「ジンタロウ、ちょい待ち」
●●●
「起きてヴィンセント!」
フラウはフミリルが吹き飛ばされると同時、地を蹴って後方に跳びながらヴィンセント・ゼロを起動した。
『――スリープモード解除。全システムチェック……オールグリーン』
未だヴィンセント・ゼロからの言葉の意味は半分しか理解できていないが、即時の戦闘が可能な事は解っている。
上方の岩壁、広く足場となっている部分に着地し、ヴィンセント・ゼロの機構選択を素早く行う。
「目標をセット! モードはスナ――!?」
「ふうむ、強力な武器のようだ」
離したはずの距離が既に縮められていた。
「――
既にこちらへの接近を許してしまった。スナイパーでは距離で分が悪く、ブラスターでは環境が悪い。
向こうがこちらに来るならば、質ではなく、量による攻撃の方が適している。
「――!」
引き金を引いた。
スナイパーとブラスターでは不可能な連射が起こった。銃内部に備えられたマガジンから魔弾がフルオートで射出される。
老人はこちらに対し、跳躍による接近をしている最中だ。
(避けるのは無理なはず――!)
「ほほう! これまた
避けられた。
老人が空中で突然の下降を行ったのだ。
どうやって、という疑問は出なかった。
なにしろ、フラウの
(お爺さんが両手の掌を背中側に向けて――!?)
その後、老人の手から何かが噴出し、彼の軌道が変わった。
予想外の対応だ。
だが、向こうの行動を遮った上に、現状の敵は着地状態だ。幸いにして、こちらのヴィンセント・ゼロはロックを敵から外していない。
このまま第二射で動きを止める。
「では、せっかくなのでこのまま行くか」
言葉と共に、老人が行動を再開した。
「え?」
先の回避と同じ原理を用いた、こちらに向かっての超加速だった。
●●●
ヴィンセント・ゼロがフラウの魔力から魔弾を生成してマガジンにストックし、フラウが引き金を引くよりも先に、老人が彼女の元に至る。
「――訳にはいかないでしょ!」
何者かが、フラウと老人の間に割って入った。
「ミリア!」
「防ぐよー!」
ミリアが老人に手を向ける。
スキル:《遮る者》。透明な壁がミリアたちと老人の間に生成される。
ミリアはアルドスにおいてこれを足場として利用したが、今回は違う。純粋な防御としての利用。
老人は既にこちらの目と鼻の先だが、逆に言えば壁への激突コースは避けられないのだ。先程見せた軌道変更も今からではさすがに間に合わない。
ゆえに、ミリアは叫ぶ。
「ぶつかっちゃえー!」
では、老人の方はと言えば、
「――うーん、邪魔であるな」
右の拳を握り、前に突き出したのだ。
この老人、割るつもりだ。
だが、壁の生成はスキルが発現してから幾度も鍛錬をしているし、強度にも自信がある。それに、
「昨日食べたお肉分、たくさん魔力込めたんだから割れないよ!」
言った瞬間、拳が壁に激突した。
壁が、粉々になった。
「……え?」
「ちょっ、ミリア!?」
「待って、うそうそうそ!?」
驚愕の表情を浮かべるフラウとミリアは、動けない。
「終いである」
老人の両手が、フラウとミリアの首を狙う。
ミリアの壁を粉砕できるほどの力を持っているのだ。
首ぐらい簡単にへし折られる。
やばい、とミリアが思った時だった。
「ぬうう! させませんぞぉ! マッスルタイム!」
突如横から現れたマスオが、老人の両腕を掴んだ。
●●●
「ほう!? これは奇怪な! これほど筋肉質なスライムは初見である!」
「……大体の人はそうだと思うですよ」
「フミリル!?」
戦場に復帰したフミリルが二本の短刀を逆手に持ち、老人に接近していた。
先程、投げ飛ばされ一瞬気を失ったが、サビアとネビアの助けで岩壁に激突する事は無かった。彼らは本来戦闘系ではないので、今は離れてもらっている。
それからの今だ。現状において、こちらが取る行動は一つだ。
(――この老人を仕留める)
脅威は既に知れている。そして、無力化できるなどという甘い考えも既に無い。
また、ここまででサキトとジンタロウの援護が無い。
何故、とも思うが、彼らの性格を考えるとこれ自体が試練という可能性もあるのだ。
正直、助けが欲しいとは思う。
しかしジンタロウの方はともかく、サキトは魔物たちを救うなど情に厚いと思えば、割と冷徹で実利主義な部分も見え隠れする。それはわかっているし、自分たちもそれを承知で彼の下についた。そこに、後悔はないし、覚悟も既にある。
助けが無いのは、ここは自分たちだけでどうにかしろという彼からのメッセージだと判断する。
だから、
「全力でいきます――」
接近の途中で《
「ぬ!? 消えた!?」
さすがにフミリルの姿が消えたのは驚いたようだ。
スキルによる隠密は魔力的にも効果が働く。この老人であれば、魔力の部分でもこちらを捉える可能性が高い、本来であれば。
だが、今は両腕をマスオに掴まれ、ミリアとフラウがすぐ傍に居る。
そして、こちらの逆サイド。別の影がある。
アサカだ。
接近するその身は無手ではない。
大鎌。
一閃により、相手を刈り取る凶刃を備え、他にも機構があるらしいが、未だ試作状態であるのと、アサカが大鎌状態を完全に扱え切れていないため、その辺りは周囲に明かされていない。
だが、その大鎌だけでも、生物には十二分の脅威を与える。
それを振りかざしながら、アサカが老人の身体を捉えにかかる。同時に、
「フーちゃん!」
アサカの呼びかけに、ミリアと位置を交換したフラウがヴィンセント・ゼロを構える。
これで、自分とアサカ、そしてフラウの同時攻撃ができる。
対して、攻撃対象の老人は、
「――ぬっ!?」
「逃がしませんぞ!」
マスオの掴みを振り解こうとする老人を、しかしマスオは放さない。
「マスオさん、ちょっと身体の中心開けて!」
フラウがヴィンセント・ゼロ スナイパーモードをマスオの背中に突きつけてとんでもない事を言った。
「はいどうぞ!」
マスオが言って、本当に胴体の中心に穴を開ける。それを見た老人が眉をひそめるが、その反応が普通ですね、と姿を隠して移動しながら思う。
マスオの身体はスキルで硬化できるが、そもそもにおいて、彼はスライムである。身体を変化させる事など、息をするのと同じぐらい簡単なのだ。柔と剛。この青色マッチョは割と臨機応変な戦闘ができるのだ。
これで構図は整った。
『全員、同時攻撃。今です!』
声でこちらの位置を把握されないように、フミリルは魔力通信で仲間に合図を送る。
終わりだ。否、終わりにする。
●●●
『――今です!』
フミリルの声を合図に、アサカは老人への加速を行った。
こちらの得物は大鎌だ。正直、同時攻撃には向いていない。なにしろ、攻撃範囲が広いので、
(フミっちは斜め後ろから行くって言ってたし、マスオんは――まあいいや。どっちにしろ、『横』はだめだね)
ならば『縦』しかない。単純だが、この刃ならば縦割りができる。
そして今はマスオが老人を拘束している。確実に割る事ができるはずだ。
「それじゃあ、サヨナラ――!」
言って、大鎌を振り上げた。
その瞬間だ。
「ふん!」
「……おや?」
マスオの体が宙に浮いた。
持ち上げられたのだ。
そして、
「ぬおおおおおお!?」
マスオがそのまま地面に叩きつけられた。
「きゃあ!?」
その衝撃でマスオのすぐ後ろに居たフラウとミリアが後方に吹き飛ぶ。
「この!」
身体強化で衝撃波を相殺し、アサカは鎌を振り下ろした。
●●●
フミリルはアサカが大鎌を振り下ろすタイミングから僅かに時間差を開けて、短刀を前に押し込んでいた。
本当の意味での同時では、己が巻き込まれる可能性があるからだ。
アサカの大鎌は、武器種自体が一般的ではという事もあるが、そもそもサキト製の武具だ。仮に同じ形の物を他の者が作っても、質が雲泥の差が出るはずだ。
だから、彼の武器を持つ者は刃の扱いには慎重だった。なにせ、下手に触れればそれだけで皮膚が裂ける。魔力による身体強化をしていても、だ。
それなのに、
「――――受け……止めた?」
大鎌を左の腕で防いでいた。そこに、なにかしらの防具は見当たらない。
加えて、己の刃も右手の指で挟まれている。
「何が、――っ!?」
訳がわからない間にフミリルが老人に掴まれ、アサカの方に投げ飛ばされた。
「――つぅ! フミっち、大丈夫!?」
問われ、咳き込みながらもアサカに注意を促す。
「げほっ! ボクはいいです! それより来ますですよ!」
マスオの拘束から解かれた老人がこちらに近づいてきている。
(フラウもミリアもマスオも即時復帰は無理――どうするです!?)
次の手が浮かばない。わからない。
ではここで終わるか。
それは嫌だと、そう思った時だ。
「そこまでだ」
サキトが老人の腕を掴み、動きを止めていた。
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