第63話 峡谷内の現場Ⅰ

 ガルグードとリイナが一つの交流を作っていた時、件の妹ミリアは森ではなく、森の外にいた。


 それも地上ではない。暗い地下だ。


 では何故そんな所にいるかと言えば、話は今朝にまで遡る。



●●●



 ミリアはふわあ、という大きな欠伸をした。


 時間は朝にしては遅い時間帯で、場所は森の西外れ。今まで来た事が無い場所だ。


 目指す場所は森の西にある渓谷。


 そこに至るために数時間前には出発し、昼になる前には渓谷に到着している――というのが当初の計画だった。


 しかし、選抜されていたメンバーの魔人たちが、昨夜の騒ぎで就寝が遅かったために寝坊をする者が続出。結果として、計画は破綻した。ちなみにミリアもその一人である。


 戦闘教官を務めているジンタロウは怒ったが、自分たちの主であるサキトがまあいいかー、というまさかの緩い判断を下したため、罰などは無かったのが救いだ。


 ただし、その代わりという風に、自分たちは新しい体験をする事になった。


 それが、魔導飛行艦オキュレイスへの搭乗だった。自分たちが魔物だった頃に住んでいた町を強襲してきた帝国軍特殊部隊が持っていたものをサキトが改造したものであるが、如何せん未知の存在であり、その由来ゆえ忌避感は多少あった。


 だが、乗ってみるとこれが意外と悪くなく、揺れなども無いまま、足による移動では数時間かかる距離をあっという間に移動してしまうから驚きである。


「外から見てもすごかったですけど、中もすごかったですねー」


 ミリアの言葉に、先に降りた面々の中、ジンタロウが頷く。


「そうだな。久々に乗ったが、やはりこんなものが現実にあるとは」


「異世界転生してる身で言う事でもない気がするけど。

 ま、デザインも近未来感あるし、少し帝国の内情に興味湧くってのは確かだわー」


 と、後ろから声が聞こえた。


 振り向けば、何も無い空間からサキトが出てくる。


「念のため、光学迷彩は常時稼動させておく。周辺、人なんていないと思うけどヴォルスンドとは隣接してるから一応な」


「その方が良いだろうな。

 ――数時間は帰ってこれない可能性があるんだろう?」


 腕を組んだジンタロウの言葉に、ミリアは首を傾げてサキトに言った。


「そうなの? サキト様」



●●●



 ミリアに訊かれ、俺は首を縦に振った。


 道中、ジンタロウには簡潔に話したが、全体には未だ伝えていない。


「ああ。そこは俺も驚いてるんだけどな。昨日の夜、機工人形たちを先行させるってのはみんな覚えてるか?」


 問うのは眼前、今日の遠征に連れてきた面々だ。


 ジンタロウは昨夜の通り、そして今しがた発言したミリアがいる。


 他、フラウやフミリル、アサカと、魔人の少女たちが目立つ。理由としては今回が採掘作業というよりも調査がメインであり、力仕事というよりは


 そして、選抜された者たちは彼女たちだけではない。


「覚えていますぞ! サキト様!」


 暑苦しい声で返事が返ってきた。


 だから、俺は声の主を見る。

 

 青透明色のマッチョがいた。



●●●



 何故かポーズをとりながら返答した者が言葉を続けるのを、俺は聞いた。


「魔石なるものを採掘するため、西――つまりは竜の地の調査という必要性が出てきましたが、ミドガルズオルム様の提案で初動としてあそこに見える渓谷の調査をするということになり、ゼルシア様の力を得た、サキト様の機工人形が先行して調査するという事でしたな!」


「長文で説明ありがとうよ、マスオ」


 礼を言った先、青色マッチョのマスオがさらにポーズを変化して喜びを表現する。


 それを見ていたジンタロウが半目で言う。


「今でも思うが、その名前はどうなんだ」


「え? 見た目通りで解りやすくね? 『マッチョ・スライム・男』のマスオ」


 マスオは、スライムである。



●●●



 俺の眷属となったスライムは六体。マスオはそのうちの一体――と簡単な存在ではなかった。


 俺の元に集ったスライムは少々特殊で、六体の内、一体以外は意思を持つ魔物ではなかった。それでも六体ともこちらの麾下に入ったのは、六対が同じスライムから生まれた分体だったからだろう。


 こちらに加わる意思を示した一体に付き従うように全個体が俺の眷属となったのだ。


 だが、その時点で問題は解決しなかった。


 というのも、俺の眷属となった時点でも五体のスライムは意思を持つようにならなかったのである。


 スライムとて立派な魔物である。意思を持たなければこちらの考えに反して他者を襲う可能性もある。当時は近くにアルドスもあり、放置して置ける問題ではなかった。


 だから、どうしようという時、残りの一体、つまりは意思を持ったスライムが他の五体を


 どうなったか。言うまでも無く、結果が目の前でポーズを取っている。



●●●



「まあ、いいじゃん。スラ子と対、って感じで」


 スラ子とはマスオを混ぜ合わせたもう一体の方のスライムだ。俺の眷属である魔人となった今は、マスオと同様に人間体に擬態している事が多い。


「そうですなあ! 特に我らスライムは意識というものを持つ個体もほぼいません。つまりは名前などある訳も無し! それを頂けるという事だけで至上というもの!」


「……本人が納得してるならいいか。いや、いいのか……?」


「いいって。なんでただのスライム混ぜ合わせたらマッチョが出来上がるかは未だに謎だけど、俺もスライムの部下は初めてだしなあ。その過程でスキルも発現してるし、魔人連中の中でもマスオが一番興味深いのは確かだわ」


 未だ半数以上がスキルを持っていない――そもそも魔物の類がスキルを持つ事自体が不可思議なのだが――魔人たちの中でも、マスオの存在は極めて稀有と言えるだろう。


「ああ、マスオのは確か《流体金属》だったか。身体を硬質化できるっていう」


「ええ! 文字通りの鋼の肉体をご覧あれ!」


 皆が半目でマスオを見る中、俺は肩をすくめて言う。


「まー、洞窟の中で崩落があっても、マスオを防護ドームにすれば大丈夫だよなー」


「おお! お役に立てるのですな!?」


「いいのかそれで……。しかし今の発言、やはりのか?」


 いきなり話題がマッチョから本来のものに戻る。


「ああ、端折って言えば機工人形たちが見つけた。それもけっこう深いやつ。

 ――とりあえず詳しい事は現場に行ってからにしようか」



●●●



「たっかーい」


「どちらかと言うと『深い』だと思うですよ、ミリア」


 ミリアの感想に対して、フミリルが指摘する。


「あはは、でもどっちにしろ、すごいねこれ」


 フラウの言葉を聞きながら、俺はため息を漏らす。


「ミドのやつ、深い深いとは言ってたけどマジで一般人が落ちたら即死レベルのやつなのな」


「一般人じゃなくても駄目だと思うが、確かに渓谷と言うよりは峡谷の方が表現としては正しいかもしれんな」


 眼下、見下ろした底は目視でも五、六百メートルほどあるだろうか。


「ん、下の方、川が流れてるんですね。それもけっこう流れが速いです」


 同じく下を覗いてフラウが言った。


「え、そうなの? なんかもや? 霧? で、アサカはわかんないけど」


 アサカが目を細める。


「いつもの鍛錬の通り、眼を魔力で強化してみろ。この程度ならくっきり見えるぞ」


 ジンタロウが言うと、ああ、とアサカが納得して、再度下を見る。


「うわ、本当だ。あれ、落ちたらどんどん流れちゃうやつだ」


「うん、あたしとかは絶対やばいかなぁ。泳げないし……」


 フラウが恐る恐る言った。


「そもそもこの高さから落ちたら、かなりの魔力強化をしていないと水面にたたきつけられた衝撃で死ぬか、減速できずに川底にたたきつけられて死ぬと思いますぞ! あ、自分はスライムなので平気ですがな!」


「マスオはともかく、フラウたちは危険だな。今の練度では、たとえ魔力強化状態でも耐えられないだろう。その辺り、考慮はしてるんだろう? いや、そもそもその現場とやらが何処にあるのかも未だ説明はないわけだが」


 ジンタロウの言葉に、あーと声を出す。


「ここからだと陰になって見えないはずだ。ただ、そこまでの移動は楽できるようにしてる」


 言うと、俺は異空間倉庫からとある物を引っ張り出した。


「――石です?」


 フミリルが首を傾げる。


「そ、短距離移動魔法用の魔石だな」


 これは、この世界に来て初日に造ったツリーハウスに組み込んだものと同じ種類のものだ。


「機工人形の一体にもう片方を持たせてるから、これを使えば一瞬で行ける」


「便利だな……って、そういうのがあるんだったらフランケンとの行き来だって楽じゃないのか」


「言っただろ? 短距離用だって。術式も結構面倒で複数個用意するのだって大変だしな。だけどまあ、その苦労だけあって――」


 瞬間だ。


 視界が一気に暗くなる。


「――え?」


 ミリアが周囲を見渡して声を漏らす。


「ほら、着いたぞー。ここが現場だ」


 洞窟入り口に転移したのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る