第62話 湖畔の狼青年と金髪少女

 太陽の位置が高い。


 時刻は既に昼前。


 静かな湖畔の町が場所、その外れに多数の人影があった。


 魔人たち、それに加えて数人の亜人たちだ。


 彼らは昨夜、盗賊に襲われたこの町で犠牲になった者たちの遺体を土に埋める作業をしていた。


 早朝から、昨夜見つけられなかった遺体の捜索を始め、一時間もしないうちに完了。今は墓作りの半ばというところだ。


 そんな作業をしている魔人たちの一人、ガーウルフの青年、ガルグードだ。


 人間のように二足歩行でありながら狼の頭を持つ彼は、己が担当する作業が一段落した事を認識した。


 ガルグードを含め、魔人の男性陣は遺体を埋める穴堀を担当していた。


「そろそろ昼時だ。皆、一段落ついたら休憩を取ろう!」


 少し離れた位置でジョルトが言った。


 自分たちは墓を作るという習慣が無かったため、サキトの判断でこの場はジョルトの指揮の下で動くという事になっていた。


 ガルグードが周囲を見渡すと、他の面子も作業をほぼ終わりかけているため、先に休憩をとっても大丈夫だと思う。


「ふう……なかなか重労働だな」


 湖畔の草が生えている所に移動し、座り込みながらそのように呟いた時だ。


「――あの、お疲れ様です」


 後ろで女の声がした。


 振り向くと、そこには亜人の少女が立っている。


 金の長い髪を持つ少女。


(確か……リイナと言ったか)


 昨夜、彼女がそう呼ばれていたのを思い出す。


「……何かあったのか?」


 彼女を含め、保護した亜人たちは一部の若い男性陣を除いて、森の中で休んでいるはずだ。


「あっ、えっと……そろそろお昼なので……」


 と、そのように言うリイナの手には、少し大きな包みがある。中から香ばしい匂いがする。つまりは、


「ああ、飯を持ってきてくれたのか。助かる」


 一度腰を下ろしてしまうと立ち上がるのが億劫なのは、人間も魔人も変わらないのである。


 だが、ガルグードはリイナが動かない事に気付いた。


 というよりは何かに迷っているようで、どうしたと問おうとして思い至る。


 彼女からしたら自分は異形だ。こちらに合流する意思があっても、今まで人間として生活していたのだ。魔物であった自分にいきなり近づけと言われても難しいだろう。


「すまない、配慮が足りなかった。そこに置いてくれれば取りにいく」


「あ……いえ、そんな」


 否定されるが、しかしそれが一番だろうと思っていると、ふと、リイナが目を閉じて息を吸った。


 そして、何を思ったのかそのままこちらに近寄ると、すとんと隣に座り込んだ。


「お、おい……?」


 手を伸ばせば届く距離に接近されて、逆にこちらが動揺する。


 そんなこちらの状態を知ってか知らずか、控えめな声が聞こえる。


「――お弁当、ご一緒してもいいですか?」


 リイナの意図がまったく読めないガルグードは、しかしここで否定する訳にもいかず、首を縦に振るしかない。


 そんなガルグードの様子に、リイナはほっとしたのか包みを解き始めた。


「――って、いや待つんだ」


「はい? やっぱりだめでしょうか?」


「そうではない。それは別にかまわない」


 だが、気になっている事がある。


「怖くはないのか? 自分で言うのもなんだが、君にとって私は異形だろう」


「そ、そんな事は……!」


 慌てて否定するリイナの顔を、ガルグードはじっと見つめた。


「……すみません。正直な事を言うとちょっとどきどきはしてます」


「ならば、無理にこんな事はせずとも……」


 言うが、リイナは首を横に振った。


「いいえ、私はサキト様やみなさんに助けてもらって、そして居場所を与えてもらえてるんです。そんな方たちに怖いなんていう感情は失礼だと思います」


 きっぱりと言ったリイナに、ガルグードは少々驚く。


 見た目だけの判断だが、年齢はミリアなどに近いはずだ。その割にはしっかりしていると思いつつ、そのミリアも昨夜は自分の考えを表に出していたなと妹の成長を感じる。


「それに怖いっていう事ではないんです。その……失礼かもしれないですが、やっぱり見慣れないので……」


 ああ、とガルグードは納得した。これは自分が人間に対して抱いていたものと似ていると。


 恐怖心というよりは、どう接していいかわからないという事だ。


「そうか。いや、気にしないでくれ。本音を言えば、私もミリアで慣れているとは言え、人の顔は親しい者以外は区別できない……っと、今は私も魔だったな」


 昨夜、主にそのように宣言された。元々ガーウルフは人間の間では狼人間と言われているようなので、違和感はあまり無い。


「ふふ、お気遣いありがとうございます――あ、お弁当、冷めない内にどうぞ」


 手渡された物は、残っていた昨晩の肉を白く柔らかい何かで挟んだ料理だ。


「肉をパンで挟んだ物です。ゼルシア様はサンドイッチと呼んでました。私たちは違う風に呼んでましたので、お国によって違うんでしょうね」


 主であるサキトたちはそもそも別世界からの来訪者なので、国どころではないな、と思いつつ、リイナの話を聞く。


「サキト様とゼルシア様がフランケンという街で買ってきたパンを使ってますから美味しいと思いますよ」


「このパンというのは、今まで見たことが無いのだが、どのように食えばいいのだろうか」


「あ、えと……こうです」


 リイナはそう言うとそのままそれにかぶりついた。


 なるほど、そのようにして食べるのか、と自分もそれに倣い、食いつくとパンというのもまた肉と合い、美味だ。


「……ふむ、美味い」


「良かったです。あとこちら、ゼルシア様が作ったスープもどうぞ」


「ああ、ありがとう」


 先程のやり取りでこちらとの距離が多少なりとも縮まったようで、こちらへの警戒心は感じられない。


 こちらとしてもこの数分のやり取りで見る分には悪い娘ではないと思える。


(これならばミリアたちともうまくやっていけるだろう)


 もう一口でサンドイッチをたいらげ、受け取った容器に入っているスープを飲む。


 周囲、見渡してみれば自分と同じように休憩を取り始め、亜人との交流を図っている者たちも多い。


 良い事だ、と思いつつ、ガルグードはふと考える。


 両親から託された、最愛の妹は今頃どうしているだろうかと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る