第61話 文明開化を始めようⅤ

「それこそ未だアルドスが健在だった頃の話だ」


 闇がさらに深まっていく中、ジョルトの声を俺は聞いていた。


「ヴォルスンドは竜族との長い長い戦いをしているという背景上、戦には強くてな。戦術もそうだが、武装の面でもドワーフ族の協力を得ているゆえ、王都や北の前線の兵士は練度と武装両方の面で一級と聞いている」


「ドワーフがいるのか?」


「ああ、彼らもまた私たちと同じ亜人に分類される者たちだ」


 ドワーフは外見に関して言えば、ゴブリンたちよりも少し大きい程度だが、知能が高く、手先の器用さからものづくりを得意とする者たちらしい。


 ドワーフ自体は、俺も最初の勇者時代に会っている。アルノードとは別の、予備の武器や防具など作ってもらったものだが、その存在はこの世界にもいるらしい。


「そもそもこの世界で『亜人』って何を基準に決めているんだ?」


「……正直言って私には解らん。エルフやドワーフなど、異なる身体的特徴がありながら人間に近い種族をそう呼んでいる――と私は考えているが、しかし淫魔族や吸血鬼など人の姿をしながら魔物と断定されている種もいる」


「人間に対して明らかな脅威か否か、そういう面もあるだろう」


 ジンタロウの補足にジョルトが頷く。


「かもしれんな」


(そうなってくると魔人と亜人はかなり近い存在とも言える、か)


「――話をヴォルスンドとドワーフに戻そう」


「ああ、ごめん。頼むわ」


「過去、ドワーフ族は元々ヴォルスンドと竜族の土地の間に住んでいた。しかし、その土地を竜族に奪われていてな。難民となった彼らを受け入れたのがヴォルスンドだったらしい。

 ……エルフ族の分派であるアルドスに対して友好的だったのもそういった背景があったからであろうと、私は推測している」


 亜人という存在が害悪ではないと周知されているとして、エルフとドワーフではエルフの方が見た目も人間に近く、親近感は湧く。その部分でアルドスを忌避する理由は無いだろう。


「そこで問題になるのがドワーフが住んでいた土地だ」


 人差し指を立てたジョルトが続ける。


「結論から言ってドワーフは良質な鉱石資源が採れるがゆえにその土地に住んでいたらしい」


「他人を頼らず自給自足で物をつくり、場合によってはそれらを売ることで利益を得る――人間ほどコミュニティの幅が広くないドワーフにとってはそれが一番手っ取り早く安上がりだろうな」


「ああ。だが、生息域を広げる竜族に追いやられ、今がある訳だ。実際、件の土地に隣接しているヴォルスンド北部では今でも採掘が盛んに行われている」


「確かにフランケンでも鉄などを用いた武装は標準な物として扱われていましたね」


 少し前から俺の横を離れ、料理が載った皿を手に戻ってきたゼルシアがこちらに一礼して、同じ位置に座りながら言った。


「ギルドの方でも採掘のクエストは見た記憶があります」


「ドワーフたちが住んでいた土地は、正確に言えばヴォルスンドの北西にあたるから、魔石がこの近辺にあるという確証は無いのがこの話の問題ではあるが……」


 そこまで言われたら、ジョルトが何を言いたいのかは解る。


「まーでも、それしかないかなー」


 ジョルトの話に、俺は肯定の意を示した。


「ヴォルスンドで購入するっていう線は改めて考えてもやっぱり無い。市場に出回ってる物は俺が求める最低要件を満たしてないからな」


 アルカナムは当然だが、生活に使う機械でもそれなりの魔力は使う。それは、製作した、またはするであろう俺が一番解っている。


 仮に質について目を瞑ったとしても、今度は魔石一つ当たりに含まれる魔力量の話が出てくる。他を当てに出来ないというのが実情だ。


「……ジョルト、グレイスホーンって知ってる?」


 そこで俺はふと、とある事を思い出し、ジョルトに言葉を投げた。


「グレイスホーン? ああ、知ってるとも。森林に住まうエルフでも知っているぐらいの強力な地竜らしいな」


「……うん? 今何か文言がおかしくなかったか?」


 俺とジンタロウが口を揃えて言った。周囲、ゼルシアを始め、魔人たちや未だ起きている亜人たちも首を傾げている。


 そんな俺たちの様子をみたジョルトは、自らと他の齟齬に気付いたようで、


「すまん。知ってはいるが、伝聞だけで私は実際に見たことが無いんだ。なにしろ、普段は山奥のさらに地下深い洞窟に住まうとされ、何かの手違いで人里に現れた場合、そこにあるものはその巨体ですべて踏み潰されるという。そんなものを現実に見ていたら、私は今ここには居ないだろう」

 

「……俺が前に見たグレイスホーンは体長四メートルぐらいのやつなんだけど」


 確かにあの体躯は脅威ではあるだろうが、そこまでだったろうか。


「ああ、それは幼体のグレイスホーンだろう。成熟するとそこの竜たちと同じぐらいになるらしい」


「……まじかー」


 あれで幼体だとすると、なるほどCランクなんていう規模には収まらないだろう。あの装甲と鋭角は、飛竜のそれとは違った系統の厄介さを併せ持っている。そこに巨大さが加わるとすれば、確かに災害と言っていいレベルだ。


 ただ、今はその存在が可能性を示す証拠となりえる。


「実はちょっと前にフランケンがそのグレイスホーンの子どもに襲われたことがあるんだよ」


「何だと!?」


 元フランケンの住人としては気が気ではない報告だろうが、手で落ち着けと制止する。


「大丈夫、街に被害が出る前に俺が追い返したから」


「そ、そうか……」


「それで、そのグレイスホーンは竜たちの領域に近い山岳部からやってきたらしい」


 ということは、


「ここからまっすぐ西に行けば、グレイスホーンが主食にしているような鉱石があるって事だ」


 鉱石があるからと言って魔石があるとは限らないが、当てもなく探すよりはずっといい。


「では、魔石探しについてはここから西方を探索する、という事でいいのか?」


 ジンタロウの確認の声に頷く。


「ああ。とは言っても、そうなるとまた新たな問題が出てくるんだけどなー」


「竜族の支配域において、どのように探索を進めるか、ですね?」


 ゼルシアの言うとおりであり、この選択をした場合、最初にぶち当たる問題だ。現在、ここから西は言わずもがな竜族の支配権となっている。


 ミドガルズオルムは何らかの方法で無事に奥地まで侵入した上で三体の竜を連れ帰るなどという荒業をしているが、


『――ああ、我は近寄ってきたのをただ喰って進んだだけゆえ、あまり参考にするな、王よ』


「だと思ったよ」


 こちらの意図を読んだ上で先に答えを返してきたミドガルズオルムに対し、肩をすくめて言った。


「人員は陸上系魔人で固める。よっぽどの魔力が集まる場所じゃない限り、地上に魔石がある事はほとんど無いだろうから、地下に潜って探す事になる」


「なら手始めに深い洞窟を探す感じになるか? そこまでならば竜も追ってはこれないだろ」


「飛竜はな? グレイスホーンを始め、地竜ってのもいるのは忘れちゃいけない。あとは魔石が表出してるような洞窟があるかって事だなー。本格的な採掘が可能でも後々の事を考えるとあんまり奥まで行くと具合が悪い」


 魔石を運搬する際、経験が無い俺らの場合、最初はどうしても非効率的な手段を取るはめになるだろう。そこから試行錯誤という形になるだろうが、危険地帯のど真ん中ですることではないのは確かだ。


(転送魔法も生き物を長距離転送させるとなると、それなりの触媒が必要だし……)


 魔石を得るために魔石が必要になるという負の連鎖に陥るので、これは最初の選択肢には入れられない。


 と、その時、ミドガルズオルムが言う。


『それならば王よ。西方――竜の支配域の手前にある、あの渓谷を調べてみてはどうだ』


「渓谷……? ああ、そういえば、お前が周辺ぐるっと探した時に見つけたって言ってたやつか」


 この世界に来てすぐにミドガルズオルムが探索で見つけた渓谷だ。この大森林の西方に位置し、かなり深い渓谷であると聞いてはいるが、実際に見に行ってはいない場所の一つだった。


「そういえばそんな場所があると少しだけ聞いたな」


 大森林を出なければ気にしなくていい場所ではあるが、そういった場所がある事はジンタロウや魔人たちにも念のため共有済みだ。


『あの場所であれば竜を敵にする可能性はかなり低くなる。上空からの検分ではあるが、人間が手を加えた形跡も無い。もしかしたら横穴などがあるかもしれんぞ?』


「んー、そうだな……。確かに、いつかは見に行こうと思ってた場所だし、この際駄目で元々そこを探してみるか。ただ、行ってから探すのも効率悪いな。機工人形に先行してもらうか」


 数十体もあれば十分だろう。


「ゼル、後で少し手伝ってくれ。深い渓谷となると飛んで探した方が早そうだから、初日みたいに機工人形たちに翼を与えてくれると助かる」


「かしこまりました」


「――それじゃあ、総括だ。

 俺たちは生活環境を良くするために機械を導入する。それで、それらを動かすために魔石が要るから、魔石探しをするけど、とりあえずは今言った通り、近場の渓谷から。駄目だったらまた考えよう」


「了解した」


 俺の言葉に、ジンタロウをはじめ、面々が肯定の声を返してくる。


 これで明日以降の俺たちがやるべき事はある程度は決まった。そこで、今夜最後に言うべき事を言う。


「……んじゃ、そろそろお開きにしようかー。あんまり遅くまで起きてると明日以降支障が出るからなー。ほら、未だ寝ていない子どもたちも早く寝に行けー?」


 亜人たちに言うと皆、そそくさと既に寝ている子どもたちがいる小屋に向かう準備をする。素直でいい子たちだと思う。


「魔人組も片付け始めろよー?」


 同じように動き始める魔人たちを見ながら、俺は壇上から飛び降りた。



●●●



「ジョルト」


「ん? どうした青年」


 魔人たちに交じり、片づけを手伝っているジョルトに、俺は声をかけた。


「うん。明日な、魔人たちを何人か貸すから」


 言うが、ジョルトは要領を得ない顔のままだ。確かに言葉足らずだと思うので言い直す事にした。


「アルドス、というより、あそこにある遺体の事。聞いた話じゃ、ある程度は集めたみたいだけど漏れもあるだろうし、集めた分もそのままにしておくわけにはいかないだろ? 衛生的にも、心情的にもさ」


「それは……確かにそうだ」


 人間に限った話ではないが、死体をそのままにしておけば環境悪化により、流行病などが起こる。


「それに墓だって作りたいだろ? だから、パワーあるやつ貸すって訳」


「すまない、助かる」


 謝る事でも無いって、と返し、ついでに言っておく。


「あと、子どもたちを連れて行くかはジョルトが判断してくれ」


「……」


「今日は当人たちが連れ去られるっていうごたごたもあったし、体力の限界だから自分の事で精一杯のやつばかりだろうけど、明日以降は多分そういうところで余裕が出てくるのも出てくる。

 となると、今度は現実を受け入れないといけなくなる」


「……ああ」


 家族を失った、という現実は大きな傷だ。誰もがそれを受け入れることが出来るほど強くないのは俺でもわかる事だ。


「大丈夫な子だっているだろうけど、大半はまず現実を受け入れられるかはわからない。そんな時、無理に見知った人の遺体を見る必要はないからな」


「そう、だな……」


 これはジョルトも同じではあるが、彼は亜人たちを率いていた責任者で大人だ。どうしたって現実を受け入れてもらわなければならないし、既に彼自身、胸中ではそうしているだろう。


「明日、俺とジンタロウは行った通り、魔石探しに行くから留守にするけど、ゼルは森に居てもらうから。あとは同行者に魔力通信に長けた者も追加しておく、もしアルドスで何かあってもすぐに対応は出来るようにね」


 周辺の賊があれだけとは限らないし、魔物が出現する可能性だってある。戦力は残しておく方がいいだろう。幸い、俺とゼルシアは特別な用意が無くとも、常に魔力通信が出来る。こちらに異常があれば、すぐに帰還を選択する事ができるのだ。


「じゃ、手伝いはいいからあんたももう休め。ポーション飲んだところで若返りの影響は身体にあるかもしれないし、明日から忙しいんだからな」


「お言葉に甘えてそうさせてもらおうか。

 ……何から何まですまないな、青年」


 深々と頭を下げたジョルトに、俺は手を振った。


「やめやめ、半分自己満足の人助けだし。それに、最初に助けに行こうと決めたのはジンタロウと魔人たちだ。言うならあいつらに言ってくれ」


 言うと、ジョルトは頷き、それ以上は何も言わずに亜人たちが集まる方へと向かう。


 それを見送りながら、俺はジョルトには聞こえない――独り言を呟く。


「――もう半分は俺らの今後の為にやってる訳だしな、上手くいくか、そもそも必要があるかはわからないけど」


 それだけ言って、俺は皆の元に戻った。

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