第60話 文明開化を始めようⅣ

「今までの話はどちらかと言えばこれまでの整理とこれからの方針だぜ?」


 サキトに言われ、ジンタロウは少し前の彼の発言を思い出す。


「……生活水準を引き上げる、だったか。それが今までの話に当たるんじゃないのか」


「当たらなくもないけど、俺としてはもうちょっと上を目指したいんだよ」


 例えば、とサキトが横を見た。そちらの方向にあるのは、生産系と、最近は建築系も手伝いをしている畑だ。


「今、畑の方は基礎が出来てて、とりあえずの種まきとかしてるけど、じゃあ今後季節が変わったらどうなる?」


「それは……駄目になるだろう。まだ俺もこの世界については知らない事の方が多いが、聞いた話ではこの辺りは温度変化なども大きいと聞く」


「だけど、それじゃ困るだろ」


「困るって……。そりゃあ困るが、仕方がないだろう」


 そうだ。仕方がない。季節外の植物を植えても育たないのは自然の摂理だ。


 だが、ともジンタロウは思った。この男はそういう当たり前を難なく避けるタイプだと。


 だから、問うてみる。


「なんだ、品種改良もやろうってのか?」


「え? そんなもん一朝一夕じゃできないし、やらないわ」


 ジョルトが真顔になった。先程、野生種を家畜化しようとか言い出したやつの言う事ではないが、サキトはそういうやつなのでもう慣れだなこれ、とジンタロウは謎の納得を内心で得る。


「なら、お前は何をしようって言うんだ?」


 壇上に座ったサキトに対し、見上げる形で問う。


 すると、彼は顎に手を当て、んー、と答えを作ってきた。


「例えば、そうだな……一年中、季節気候に影響されないで作物を育てられたら便利だよな?」


 サキトの言葉に、ジンタロウは言葉の意味を考えた。


(品種改良じゃない――――育て方の方という事か……?)


 こちらの横、ジョルトが眉をひそめて、言葉を作る。


「気候に左右されない作物自体はいくつかあるだろうが、それを見つけるという事か?」


(……否、それだと『生活水準を引き上げる』なんて言葉は使わないだろう)


 では何だ、という自分の顔を見たのだろう。サキトが口端を上げて言ってくる。


「なんだよ、ジンタロウ。思いつかないのか? よく考えれば、別に特別な事をやろうって訳じゃないんだけど」


「そうは言うが、お前の言う事は基本規格外で基準が違うからな」


「いやいや、『これ』に関しては


「何……?」


 思い出す、というワード。これは、既に自分が『それ』についての知識があるという事だ。


 しかし、農業についての己の知識はほぼ素人のようなものだ。前の前の世界――つまりは地球において、祖父母の家に手伝いに行った事ぐらいしか無いからだ。


(――ん? 待てよ……)


 一つある、作物側ではなく、環境を整える事で年中作物を育てられる方法が。


「――ビニールハウスか」


「当たり当たり。室内栽培だったら、気候にはあまり影響されなくて済むよな」


「確かに言うとおりだが、それとて簡単ではないだろう」


 本格的な室内での栽培は、自分の中の知識で言えば、いわゆるビニールハウスでの栽培とガラス張り等の温室栽培に分かれる。建設費用など、事前準備がかかるのは後者だろうが、大変なのはそこに留まらない。なにしろ、建てたら終わりではないからだ。


 環境を整備して作物の栽培を開始したら、今度はその環境を維持し続ける必要が出てくる。それを地球では、暖房等の空調設備で調節していた訳だが、ここは異世界である。


「エアコンも無い状況でどうするつもりだ?」


「無いなら作ればいいだろ」


 何を言っているんだという風な顔をされたので、空いた酒の容器を投げつけたくなったが、我慢する。


 だが、どういう事か。


「機械技術自体は既に俺の自身で何とかできるし、この世界で機械が存在するという事実は帝国の技術オキュレイスが示してる。しかも丁度俺が持ち合わせていなかった部分な。

 ――ほれ」


 声と共に、サキトがいつの間にか手に持っていた『それ』を放ってきた。


「うおっ!?」


 いきなりの動作に慌てて対応する。


「壊すなよ?」


「ならいきなり投げるな。それで、これは何だ? 小型端末のようにも見えるが」


 サキトに対して掲げるこの端末は、見覚えが無いものだ。だが、この手触りには覚えがあった。


「……プラスチックか!」


「うん。とは言っても、俺の記憶を頼りに《工房にてクラフター》でそれっぽく再現しただけだから中身は微妙に違うと思うけど、魔法加工してるからかなりの衝撃にも耐えられる代物なのは保障する」


 確かにプラスチックを作成するのは、正規の手順だといくつもの工程を経る必要がある。


 オキュレイスのデータがあるとしても、ここまで精巧なものを作るには、サキトのスキルが無ければ不可能だろう。


「それでまあ、それの説明だけど――端末っていうのは当たりだな。あくまで試作だけど、それを使って魔人たちが簡単に魔法を使えるようにしようと思ってるんだよ」


 これには、魔人たちもざわめいた。


 内の一人であるアサカが挙手し、問いを投げる。


「サキト様ー! それって魔法がぜんぜん使えないアサカとかでも、って事ですか!?」


「そうだぞー。まあ、癖はあるから練習は必要だけど、その『アルカナム』は基本誰でも使用可能な状態にはするつもりだ」


 サキトの言う事が本当であれば、画期的だ。現状、魔法に関しての問題は、サキトたち、自分、そしてこの世界の元々の住人である魔人たちの魔法体系が異なり、魔法の使い方を教えようとしてもどうにも上手くいかなかったり、後々に何かしらの支障をきたす可能性がある事だった。


 だが、そのあたりを楽にカバーできるとなれば、大きく戦力向上が期待できる。現状において、『武術』という面で能力が低い者たちでも簡単に自衛ができるようにもなる。


「アルカナム、か。しかし、それなら俺ではなく、魔法が使えない――それこそアサカなどに渡せばいいんじゃないか?」


 言うが、サキトは即座の否定をしてきた。


「言ったろ、まだ試作だって。今朝できたばかりだし」


 ならば何故、自分に渡したのか。答えはわかる。


「要はテストしろという事か」


「そういう事。おいおいアルカナムの詳しい説明はするけど、今はそれを含めた機械技術について簡単な補足をさせてもらうわ」


「ああ、頼む」


「――今現在、俺が想定している技術は大別して二種類ある」


「二種類?」


 二本の指を立てたサキトに訊き返した。


「そう、一つは物理科学――俺とジンタロウが知っている地球のそれに近い原理で動く機械。一般家庭にあるやつとか」


「……つまりは電気で動くやつという事か」


「んー、まあとりあえずの認識はそれでいいんじゃないかな。

 で、もう一つが魔法科学。名前の通り、魔力を軸に置いた技術体系を基にした機械で、俺の研究してるものやオキュレイス――つまりはガイウルズ帝国の技術もこっちに該当される」


 言葉を続けていたサキトは、横に手を伸ばした。次の瞬間、発光と共に彼の手にあったのは、機工人形だった。確かにあれも機械という事になるのだろう。


「今回、俺が今後の生活に導入しようと考えているのは後者。魔法科学の方だ。

 言っちゃえば、魔力を燃料にして動く機械。理屈とかその辺りは詳しく説明すると長くなるし、魔力の属性云々の話も関わってくるからそれはまた今度講義を開くとして」


 一拍おいて、サキトが続ける。


「現状の課題が燃料、つまりは魔力供給をどうするか、なんだ」


「使用者が魔力を消費して作動させる仕様では駄目なのか?」


「基本はそうだけど、魔力が尽きた時のバックアップ用とかは必要だろ? あと、エアコンとか生活補助系の機械には付きっきりっていうのは不便だし」


「まあ……そうだな」


「そもそもこういう機械に使う魔力って個人の魔力よりもっと自然発生的な魔力の方が都合がいいんだ。だから、本題だ。今後、魔石を確保する手段が欲しいんだよな」


「魔石……? ああ、魔力を多分に含む鉱石の事か」


 自分が前に居た世界では確か、魔法石と呼ばれていたのを思い出す。


 自然の魔力を吸い蓄えた鉱石の事で、魔法使用の補助材として使われていたはずだ。この辺りは多少の違いはあれど、大まかな枠組みとしては他の世界とも一緒なのだろう。

 

 しかし、その特性ゆえに需要が高く、市場に出回る物は粗悪品でも高価な物が多かったイメージがある。


「購入……という選択肢は無さそうだな」


「無いなー。フランケンでも少し見たけど、実用レベルの物なんて無かったし。あと、できれば自前で用意できる手段が欲しい。採掘場とか知らない?」


 問われるが、答えは否だ。


「俺は採掘みたいな力仕事ならいいが、何処にある、なんて事は知らんぞ。この世界の情報はお前同様疎いしな」


「だよなー」


 そこは今日までフランケンで情報収集していたサキトたちのほうが詳しいのではないかとも思うが、わざわざ自分に訊いてくるという事は、有用な情報は得られなかったのだろう。


 では魔人たちはどうだろうかと思った時だ。


「すまない、少しいいか青年」


 それまで蚊帳の外だったジョルトが声をあげた。


「どうした?」


「一つ、魔石について心当たりがある。断言できるものでもないが」

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