第59話 文明開化を始めようⅢ

「住は……これ以上どうするつもりだ? 魔人たちの住居は既に完成しつつあるし……俺の家はまだ小屋だが」


「それ言ったら俺とゼルの家も未だにツリーハウスの小屋だけど」


 この世界に来た日に作ったものだ。ただ、場所が皆が活動する広場付近から離れている事や雨が少ない事からハンモックでそのまま外で寝る事が多かったため、ほぼ使っていない。


「この場合は魔人組より、亜人組な。魔人たちは見てると、割と簡易な造りの家を各々作ってたりするけど、次はそうもいかないだろ?」


 問う先はジョルトだ。


 彼は腕を組んで頷き、


「……そうだな。この一帯、北部ほど気候が厳しい訳ではないが、夜間冷え込む事などもある。子どもたちの体調を鑑みるなら、しっかりとした住居が欲しいところだ。少なくとも、今までアルドスで過ごした簡易建築のものよりは」


「今後、建築系の技量をあげることも考えるとそういうステップアップは必要だしなー」


 簡単なものばかり続けていては、その上の段階には上がれない。これはどの分野にも言える事である。もちろん、基本は大事ではあるのだが、それだけではいけないという事だ。


「デザインとか構造とかは、俺も前に住んでた魔王城とか覚えてるからある程度は手伝うし、まずは挑戦って感じで」


「普通聞かない言葉が聞こえたが、しかし心強いな。だが、大丈夫なのか?」


「何が?」


「人手の話だ。子どもたちは四十人強は居る。もちろん私や男子は出来うる限りの協力はするが、きちんとした建築をするとなると、魔人諸君だけでは厳しいのではないか?」


 ジョルトが問うのも当たり前だ。魔人の人数配分は戦闘系が最多で、建築系にまわっているのは少数だ。


 正直、うちは基本的な人員は足りないのだ、何をするにしても。


 ただ、それで『人手』が足りないかと言われれば、否だ。


「一応人手は足りると思うよー。

 ……ほら、噂をすれば帰ってきた」


 視線の先、確かに『それら』は帰ってきていた。


「――人形?」


 鉄の身体でできた、ゴブリンたちより小さな人形。


 機工人形だ。


「ん? 何処かに行かせていたのか?」


 機工人形について、詳細を知っているジンタロウが声をあげた。


「うん。さっき、盗賊のアジトのとこでジンタロウたちを先に帰らせたろ?」


 先刻、ジンタロウを含めた魔人組をサラマンダーたちの背に乗せ、先行してこちらに帰らせた。その後、オキュレイスに亜人組全員が乗り終えてから俺を含めて全員帰路についた訳だが、


「さすがにさ、あそこに放置できないよな、盗賊」


「……あ」


 みんな、すっかり忘れていたという風な声を出したのを見て苦笑する。


「まあー、放置しても直接的には問題無かったんだけどさ。あそこから俺たちに復讐しに来るなら、今度は俺が直接対応するし」


 だが、


「こっちじゃなくて他の村とかを襲われても困るよな。無駄な被害が増える訳だし」


「それはそうだ」


「ん。だから、全員縛り上げて棄ててきてもらったんだわ、適当な場所に。そいつらの処分も然るべき人に任せたし」


「……誰だよ?」


「んー、なんというか……脅迫相手? 肩書き次第では上司だけど」


「???」


 訳のわからないという顔をする者たちを別に、俺は、そろそろ動き始めたかなー、と思いながら話を進めるのだった。



●●●



「……あれ? 支部長? お帰りになられたのではなかったんですか?」


 日が移り変わろうとしている夜の空の下、未だ至るところが喧騒を続ける街、フランケンにおいて――否、ヴォルスンドという国の中において唯一存在するギルド支部に入ったヤーガンは、受付にいた夜間当番のスタッフに声をかけられた。


 ギルドは二十四時間常に開いており、数種類のシフトで人員が途切れないようにしているのだ。


「うん、ちょっと急用を思い出してね」


 実はヤーガンは既に本日の業務を終え、先程まで帰宅の道を辿っていた。それなのに、支部まで戻ってきたのには理由があった。


「ビオラさん、まだ居る?」


 確か今日の予定表の上では、彼女はまだ勤務時間であったはずだ。


「あ、はい。最後に日中の仕事を纏めた報告書を提出すると言って、先程、支部長室へ」


「あー、なるほど。ありがとうね」


 言って、そのまま自らに与えられた部屋へと向かう。


 気配を消して部屋の前まで移動すると、確かに自室からは人の気配を感じる。


「――仕事熱心だねえ、ビオラさん」


「きゃあ!? ……って、支部長!?」


 ビオラとしては、いきなりの登場に驚いたのだろう。


「僕、個人的なものは全部持ち帰ってるから漁っても何も出てこないと思うよ?」


「普通に、仕事の、後始末を、していただけです! 人を泥棒みたいに言わないでください!」


 ふくれっ面の彼女に、ごめんごめんと返す。


 ただ、それとは別に言う事はある。


「でも、やっぱり支部長室ここに入り浸るのはあんまりおすすめしないよー?」


「どうしてですか?」


「変に噂されちゃうでしょ。僕はいいけどビオラさん若いし、嫌でしょ? 人ってどうしてもそういう話、したがる傾向あるし」


「――べつに……」


「ん? ごめん、ビオラさん。何か言った? よく聞こえなかったんだけど……」


「なんでもありません! というか、どうしてこちらに?」


「ああ、ごめん。けっこう緊急の案件があるんだった」


 言って、ヤーガンは右手を上げた。


 その瞬間だ。ヤーガンの頭の上に、いきなり鳥が現れたのだ。


「――え、鳥……? どこから……」


「ずっと僕の頭の上に乗ってたよ。でも、この子――って言っていいのかはわからないけど、この鳥、姿を隠す事ができるみたいだね、魔法で」


「……!?」


「びっくりするよね。姿を隠す光魔法なんて、そんな簡単なものじゃないのにさ」


「ギルド内……いえ、オルディニア内でも、少なくとも私は会った事はありません」


「あ、僕は一応使えるよ? 短時間だけど」


 補足の言葉を入れると、ビオラが目を細めて、


「……それ、悪い事に使ってはいませんよね?」


「いやいや、僕はそういうの捕まえる方だからね?」


 とは言え、と話を戻す。


「この鳥を見て、他に気付く事あると思うけど、どう?」


「本物では……ないですよね。

 ――あれ、鉄の身体……ということは!」


 ビオラも、『これ』が何なのか気付いたようだ。


「そう。これ、サキトくんの機工人形だよ。前に見せてもらったのは人型だったけど、こんなのもできるんだねえ。

 ――で、この鳥が持ってきたのが、これ」


 言って、ヤーガンは先刻、この鳥から受け取った手紙を、今度はビオラに手渡した。


 それを受け取り、一読したビオラは、眉をひそめて、口を開いた。


「これは……依頼、ですか?」


「まあ、そう取ってもいい内容かな。僕としてはどちらかと言えば、面倒事を押し付けられた気がするけどね。『縛り上げた盗賊一味が邪魔なんで、そっちでどうにかしてください』って、前後状況がよくわからないし」


「……あの二人が本日夕方に出国したのは、関門に配置している者から報告は届いてましたが、そこから何かがあったという事でしょうか」


「そこまでは僕もわからないよ。推察しようにも判断材料がなさ過ぎるし」


 これは本音だ。先の一文と、大雑把ではあるが目印などが描かれた簡易な地図が同封されているだけで、本当にそれだけだ。


(――明日と関係があるかと言われたら、おそらく否だろうねえ)


 こちらもこちらで面倒ではあると自分は思っているが、それをここで口に出す事は無い。なにしろ、こちらの『案件』について知っているのは、自分だけでビオラ含めギルドの人間は知らない情報だ。


「とりあえず、この状況下でわざわざ嘘をついてくる意味も無いし、本当に盗賊をどうにかしてほしいんだろうね。だったら引き受けるしかない。放置して面倒事に発展するのは、僕としても御免だしね。こんな時間だけど、人手を集めるしかないよ」


 ひとまずの指示だ。ただ、これとは別に言える事がある。それは、


「――ビオラさん。ほんと、僕たち、かなり厄介な人物と縁を持っちゃったかもしれないよ?」



●●●



「――亜人のみんなはまだ小さい子も多いから、部屋はともかく、建物としては出来るだけまとめておきたいんだよな」


「集合住宅という事か」


 こちらの提案に対して、簡潔なまとめをするジンタロウの言葉を肯定しながら、俺は《絵描き人ドローイング》で図示による説明を続ける。


「うん。土地自体は余りあるから縦じゃなくて横に拡張していく長屋形式で良い訳だし、子ども相手だとそっちの方が面倒見易いだろ」


「そうですね、階層が異なる場合、異常などが起こっても意外と解らない事も多々あります。『幼児』という枠の方もいらっしゃいますし、単純に考えて、無駄に危険を増やすのは得策ではありませんね」


 ゼルシアの言うとおりだ。子どもを主体に見て、家の中というのは案外危険な場所が多い。そこにわざわざ危険を追加するというのも、どうかと思う。建築作業工程から見ても、やはり平屋の方が良いだろう。


「一応、明日から建築系のみんなは亜人用の家を建てる作業に入ってほしい。まだ亜人合流は確定じゃないけど、作ったっていう経験は入るし、無駄にはならないからなー」


「了解です!」


 建築系の魔人たちが各々応答の声をあげる。


 まだ『他人』の域ではあるが、魔人たちが亜人たちのためにやる気を出すのは良い傾向だ。


「……そんなところか?」


 ジンタロウにそのように問われた。今後の方針はそんなところか、とそういう事だろう。


 だから、俺は答えた。首を横に振り、


「否、まだある」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る